1話 あなたを想うために
魔法世界アタラクシア。
この世界には人類種、妖精種、竜血種、天上種が人間として共存している。
ポラリス・クライノートはエテルノ王国王都シレンシオ市に暮らす、人類種で一七歳の高校二年生だ。俗に言う『華の女子高生』というものである。
ポラリスの住まうクライノート邸は豪華な屋敷だった。
白とライトグレーを基調とした瀟洒な外観、広大な芝生の庭。パーティーを開けるくらいに立派な広間に、ホームシアターにサンルーム。高級住宅街でも見劣らない。
もっともポラリスはそういった場所への出入りを両親から禁じられていた。掃除もいっさいAIロボットにやらせている。
何でもポラリスは使用人にも満たない出来損ないだから、らしい。
なので狭く薄暗い自室のみを与えられていた。部屋には無駄に大きな窓があって、薄っぺらいカーテンがかかっている。
食事は朝と晩に総合栄養食だという固く味気ないパンを一個、それと水のみ。食べられるものがあるだけましだとポラリスは思っている。
体は痩せぎすだ。手脚は冬の枯れ枝のように細い。銀色の長い髪は生きていくために必要最低限の手入れしかできておらず、すっかり灰色に色褪せてしまっている。真紅の瞳はかろうじて退廃的なにぶい光を宿し、肌は青白い。
まるで月のように儚げな光を放つ少女だ。
ポラリスの母イヴォン・クライノートは、一見さっぱりして見える女性だ。何でもオンラインでビジネスに成功しているらしい。
かといって人格も立派というわけではなかった。対外的にはそう見せかけているのかもしれないが、ポラリスには事あるごとに暴力を振るい、怒鳴りつけた。イヴォンのつんざくような怒鳴り声はまるでガラスをひっかいたようで、耳をふさぎたくなるがそれすら許されない有り様だ。
まごう事なき虐待だ。
でも父ベネデッドは娘に対して清々しいほどの無関心を決め込んでいる。その関心のなさはまるで透明人間に接するかのようだ。そもそも大企業の幹部をしている父はほとんど家には居つかない。
なのでポラリスの中では、いてもいなくても同じ人間になっていた。
唯一の味方であった兄は、一年前の春に家を出てしまっている。今まで兄が食べ物を分けてくれたり勉強を見てくれたりしたから生き延びられたようなものだったのに。
もはや家の中でポラリスが安心して呼吸できる場所はなかった。
こんな両親でも、大学の学費は出すし自分で生活費を稼ぐなら一人暮らしをしてもいいと言ってくれた。だから自由を安全な場所に行くことを夢見て必死に受験に向けてがんばっていた。
――うまくいかない。
――私の人生、何にもうまくいかない。
死んだらどんなに楽になれるのだろうと、ポラリスは常に思う。全身を薄黒い希死念慮のヴェールで覆われて、身動きをすることも苦しくなることがある。
でも、死ねない。なんとか生きている。どうして死ねないのかの理由はわからない。
『ポラリス、大丈夫なの?』
端末に厳しく使用制限が施されたスマートフォンには、友人たちからの心配のメッセージが毎日のように届いている。なんとか笑顔のスタンプだけ返信した。
おそらく友人たちも、ポラリスの家での境遇がどんなものなのか察しがついているのだろう。何せポラリスは毎日通う高校で昼食を食べていない。見かねた友人が分けてくれる時もあるけれど。
友達は大切だ。無用な発言をして心配をかけたくない。
それに助けを求めれば、巻き込んでしまうことにもなる。ポラリスはイヴォンの怒鳴り声を友人たちに聞かせたくはなかった。
ポラリスの部屋には何もない。がらんどうな部屋はポラリスの心境を表しているようだ。
床に転がって眠るからベッドもないし、段ボールに数少ない衣類を詰めてその上で勉強するからクローゼットも机の類もない。
教科書とワークブック以外の書籍もないように見えるが、一冊だけポラリスが大事にしている本があった。
子ども向けの、簡単なお菓子のレシピ集だ。文字より写真やイラストのほうが多いかもしれない。一七歳のポラリスが所持するものではないかもしれない。だがこの本はポラリスにとってかけがえのない大切な本だった。
ポラリスはレシピ集をぎゅっと抱きしめた。
「 さん。私、生きています」
蚊よりか細い声で誰かの名を呼んで……そのうちに眠ってしまった。
きっとポラリスはその誰かを想うために生きていた。
兄や友人たちの力もあるが、ポラリスが今日まで生きてこられた理由は今は離ればなれになっている『彼』がいてくれたことが大きい。
これは彼女と彼が癒やされるための恋物語だ。
よろしければ評価、ブックマーク等どうぞ(◕ᴗ◕✿)
1話をお読みいただきありがとうございました!




