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序章

 空が白みだし、城の尖塔が浮かび上がる。掲げられた旗が揺らめき、朝の訪れとともに動き出しら鳥たちが、旗に戯れるように羽ばたいていく。闇色で覆われていた大地にも柔らかな光が届きだし、みるみるうちに緑豊かなその全貌が現れる。広大な草原と森の向こうに山々が連なる。四方を山脈で覆われている為、自然の砦がかの王国を守っているようなものであった。それ故、ここガーディアナ王国は’神の箱庭’と周辺国から呼ばれていた。

 その箱庭の中心に、王城はあった。


 窓枠に座り長い脚を無造作に投げ出しながら、エンファルコード=ガーディアは夜が明けていくのを眺めていた。遠く山脈の間からまぶしい光が溢れだす瞬間、エンファルコードは目を細め、視線を城下に移した。砦前ではすでに市の準備が始められている。小さな人影がまだ明けきっていない空の下、忙しなく動いている。

 普段あまり目にしない光景を真新しく感じ、エンファルコードはその儚くも力強い生命力溢れた民たちを好ましく見下ろしていた。

 そっと窓を開け放てば、新緑の香りが夜の湿った空気とともに風に乗って運ばれてくる。


 こんなにも心地よい夜明けだというのに、何故胸騒ぎがするのか? 彼は困惑しながら立ち上がると窓枠を握りしめた。少し身を乗り出せば、城内でも下男下女がすでに仕事を始めているのだろう、気配が静かな朝の空気を震わせている。

  

 「過敏になってるのか?」

 自問するように呟けば、より一層胸がざわつく。しかし、その問いとは異なる意味合いで胸がざわついていることに、彼はなんとなく気づいていた。

 疲れているのだろうと、ありきたりで何度も使い古した答えを導き出し、エンファルコードは窓辺から離れ長椅子に倒れこんだ。横になると足だけがはみ出すが、「王太子たるもの」と小言を零す存在が今は不在なのだから、とそのまま足を組んだ。

 眠いはずなのに、神経のどこかがやけに刺激されている。その所為で眠りが訪れてくれないことを、この一晩中で体感していた。

 なんなんだ? やっぱり、あの報告が気になっているのか?

 この王国の存亡に関わるとまでは言えないが、不穏分子が湧くことすらなかったこの地で、それは少なからず好ましくない状況である。

 

 ガーディアナ王国は庶民には自由を与え、貴族には厳しい戒律を定めた国でもあった。

 ’国が豊かであること、それは一部の人間だけを豊かにするものであってはいけない’それがこの王国の建国の基礎となっている。王は民のためにこの国を守る。それを貴族にも徹底しているのだ。

 

 この王国では、何よりも階級を示す紋章が絶対視されるのはその為だ。

 自らの紋章に誇りとプライドをかけて生きている。

 この肥沃なガーディアナ王国の美しい四季を象った紋章には、様々な制約と権利が与えられるのだ。

 

 しかし、長年かけて培われてきたその制度も、少しずつ綻びが見えてきていた。

 

 エンファルコードは眉を顰め、天井を仰ぎ見た。

 まさか、己の代でこの王国を危機に陥れるわけにはいかない。


 王太子という責務を彼は熟知していた。この国の未来を託されるという大きな責務。

 

 今日の公務もそのうちの一つだ。そうわかっているのだから、少しは眠っておいたほうがいい。今日は隣国の大使との面会がある。大使の面会には、何故か裏の意味もあるようで、隣国の第二皇女も同席するという。夜には盛大な晩餐会も催される。

 エンファルコードは自分が何を期待されているのかわかっていたし、それを無難にスル―しなくてはいけないことも承知していた。だからこそ、寝不足でイライラしたり疲れた表情など見せてはいけないのだ。

 

 大きく息を吐き出すと、コトリと小さな音が扉の向こう側から聞こえた。夜が明けたことで起きているという気配を消す配慮を欠いてしまったらしい。夜が明けるまでは、なるべく侍女に気を使わせないように気配を消していたのだ。

 しかし、扉の向こうからかけられた言葉は、侍女の声ではなかった。

 

 「王子、起きていらっしゃいますか?」

 「・・・ああ。入ってかまわない。イルザス近衛隊長。」


 組んでいた足を伸ばし、ゆっくりと起き上がりながら声掛けると、早朝だというのにきっちりと隊服を着込んだ男が扉を開けた。後ろに慌てたような侍女の姿が見える。エンファルコードは立ち上がると自ら扉の方へ赴き、早朝の来客に身支度を整える暇もなかった年配の侍女に向かって微笑んだ。

 「大丈夫だからディーナ。ヒーリアと話があるから、人払いを頼むよ?」

 王子の微笑みに、すでに仕えて10年余りになるディーナであったが、ほぅとため息が漏れた。この王子はどれだけその微笑みに威力があるかわかっているだ、と知っているにも関わらずである。ディーナは「かしこまりました。」と一礼すると、扉を閉めてまた一礼した。


 エンファルコードは気配が遠ざかるのを確認して、それからテーブルの前で直立する黒髪の貴公子に視線を移した。

 「・・・何かあった? お前が直々に来るなんて」

 ヒーリアの前を横切り再び長椅子に座ると、エンファルコードは向かいの椅子に座るように近衛隊長に視線で促した。ヒーリアはそれを首を振って受け流し「東の森に潜んでいると報告が入った」と感情のこもらない声で告げる。しかし、エンファルコードには、そのブラウンの瞳がどこか楽しそうに細められるのがわかった。生まれた時から共に過ごしてきたこの幼馴染みに、エンファルコードは自身も同じように目を細めているのを自覚しながら「それは、捕まえにいかなくちゃね?」と至極真面目な声で答える。


 「・・・久しぶりに狩りをしたいね? ヒーリア。」

 「ファージャ狩りにはもう一人必要だと思うが?」

 「仕方ないよね。昨晩遅くまで仕事してたみたいだけれど、シシリアを連れて行こうか?」

 「・・・エコは鬼だね。それでは、シシリアを叩き起こしてこよう。」


 二人の青年は互いの瞳の中に、確かに楽しんでいる証を見つけ、微笑みを交わし合った。

 

 

 

 

 

  

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