第5話「中央エデン地区遭遇戦」
街のパトロールを終え、そろそろ基地へ帰ろうと、マスターは帰路を歩いていた。
すると、目の前に見慣れた顔が現れる。
「マスター! 探しましたよ!」
ジュインと他の931小隊のみんなが駆け寄る。
「ったく……西地区の治安維持任務で離れてた隊員がようやく帰って来たっていうのに、指揮官は呑気におさんほかよ」
マグノリアが鋭い視線でマスターを睨み付ける。
「こらマグ、そんなこと言わない。マスターは休みでも市民を気にかけてパトロールしてくれてるんだよ?」
ゲイルがマグノリアをなだめる。
「マスターさん、おひさしぶりです! 元気にしてましたか?」
アイリスがにこやかな笑顔で迎える。
「ああ、なんともなかったよ。みんな無事で何よりだ」
口元を隠すバンダナが微かに動く、マスターは、感情をあまり表には出さない。
バンダナで顔がよく見えないからなおさらだ。
マスターは自分のことについて、周りに明かすことは決してしなかった。
素顔や名前すらも明かさないため、彼の本当のことを知っている人は一部の上官や旧友のみだ。
尋ねてみても「そんなこと、どうでもいいだろ」と言って教えてくれない。
自身の存在や過去について、あまり知られたくないようだ。
「にしても……やはり街は荒れてますね、エデン地区なんて名ばかりですね……」
ジュインが崩れかけた建物を見て呟く。
「……管理局の行政が行き届いてないみたいだな。それなのに、税金は上がっていくからこうなるのも無理はない。一体管理局は何をしているんだ?」
――エデン地区管理局、エデン地区の行政を司る機関である。マスターたちインターセプトも管理局の傘下だ。
上層部の腐敗からか、日に日に増える圧税、ダアド人の差別の放置、インターセプトの費用削減などが多発しひどい有様である。
そのため、市民やインターセプトの隊員からは忌み嫌われている。
「今月は弾薬すら供給数が減ってた……この街を守ってるのは私たちなのに、こんなのでどう戦えばいいってんだよ! 管理局め……私たちをなんだと思ってんだよ!」
「落ち着きなってマグ」
「ああ? どうせ奴らは私たちダアド人をこき使って、いらなくなったらすぐ捨てるんだろ? 私はもう騙されないぞ!」
興奮気味のマグノリアをゲイルが咎める。よほど人間が嫌いなのか、はたまた物資の削減に腹を立ててるのかは分からなかった。
――でも怒りを抑えきれない気持ちはよく理解できた。
インターセプトの兵力は、わずか500名ほどの隊員で構成されている。
その中で戦闘部隊と支援部隊、指揮部隊などを割り振る……交代制ではあるものの隊員たちの負担は大きい。
それに、隊員のほとんどが10代から20代の少年少女たちである。特に、行き場のない戦災孤児を衣食住を保証する代わりに入隊させることも珍しくない。
結果、心がまだ発達しきってない若い兵士たちの多くが、PTSDやうつ病などの精神疾患を抱えている。
ジュインのように、苦しむ人たちがたくさんいるのだ。
「盗賊にゲリラ……最近、襲撃が多いですからね。こちらの負荷も増えますが、何より市民の皆さんも不安だと思います……」
アイリスが周りの様子を伺いながら話す。
「確かに、この前も……」
ドカァァァン!
――ゲイルの言葉を遮るように、爆発音が響き渡った。付近にいた市民たちは叫び声を上げて逃げ惑う。
「またゲリラの襲撃だ……今度は中央区まで侵攻してきてる……!」
マスターが緊迫した表情を見せる。
「戦闘準備だ! 襲撃者を撃退するぞ……!」
マスターが指揮を取り、隊員たちに指示を出した。
「マグノリアは前線で敵を撹乱してくれ。君の気迫で敵を恐れさせるんだ」
「よし……気晴らしと行くか!」
「ゲイルは後方からの援護射撃を。高台に登って状況を見ながら狙撃してくれ」
「了解! 狙撃は任せてくれマスター!」
「アイリスは負傷者の治療と市民の避難誘導をしてくれ。死人をひとりでも減らすんだ」
「わかりました!」
「ジュイン、君は……」
「……ジュイン?」
――ふとジュインに目をやると、ジュインは頭を抱えて蹲っていた。
「いや……! ああ……また……誰か死んじゃう!」
体は震え、目からは涙がこぼれていた。
どうやら爆発音によりPTSDのフラッシュバックが起きたみたいだ。
「ジュイン落ち着け……!大丈夫だ、みんながついてる」
ジュインの肩を強く揺さぶって正気へ戻す。ここでもたついていれば、それこそ本当に死んでしまう。
「はっ……! マスター……? ぐすっ……すみません……」
「今度こそ仲間を守ってくれ、ジュイン……」
「……はい、大丈夫……今度こそ……守ってみせます……!」
なんとか気持ちを落ち着かせて、ジュインは銃撃戦の中へ飛び込んだ。
「くたばれゴロツキが!」
マグノリアがショットガンでゲリラ兵を吹き飛ばしていく。
血の気の多い彼女に、近距戦で敵う者はいないだろう。
「ハハッ! どうしたどうしたぁ! もう終わりか?」
「っ!?しまっ……!」
マグノリアが突然現れたゲリラに背後を取られてしまう。聴覚のおかげで気づけたが敵は銃を構えており、反撃は間に合いそうにない。
――覚悟したその時。
「はぁぁぁ!」
――ゴシャア!
間一髪のところでジュインが突撃し、力強い蹴りを入れる。敵兵が宙を舞うほどの威力に、マグノリアは思わず啞然とする。
ジュインの目は普段の物憂げな弱弱しい瞳ではなく、鋭い狩人の目をしていた。
「怪我はない? マグ」
「ああ……ありがとよ……」
しかし一息つく間もなく、ゲリラ兵が突撃してくる。
「もう大丈夫だジュイン! お前は指揮官のサポートでもしてな!」
「了解……! 無理はしないでね!」
「おうよ! 血が疼くぜ……!」
マグノリアはショットガンをしまい、背中から片手剣を取り出した。
この世界では銃を製造できる場所が限られているため、突撃兵はよくアーク放電を利用した剣であるアークブレードやナイフなどといった近接武器を多用する。
銃相手に刃物は厳しいと思われるが、高性能防弾プレートや強化外骨格を装備すれば数発程度なら耐えれるため、近距離ならリロードが必要ない近接武器が猛威を振るう。近接武器のみを装備する白兵で構成された部隊もいるほどだ。
「さぁ……来い! 真っ二つにしてやるよ!」
マグノリアが敵の注意を引き付けている間、ゲイルは自身の翼で飛び上がり建物の上から狙撃銃を構える。
「マグが暴れてるおかげで場が混乱してる、一人一人確実に倒すとするか」
慎重にトリガーを引き、敵兵の体を狙って射撃する。敵はどこから撃たれたかもわからずに地に伏せた。
「オッケー! こっちは大丈夫そうだ……」
その頃、アイリスは駆けつけたインターセプトの別部隊と共に市民の避難と負傷者救助を手伝っていた。
「大丈夫ですか!? 絶対助けますから!」
戦闘により傷ついた味方兵士を応急処置して後方へ待避させる。腹部の出血を止めるために止血帯を締めて鎮痛剤を投与する。
そして治療した兵士を後方部隊へ引き渡す。
「後はお願いします!」
「お嬢さんありがとう! 気をつけてな!」
装甲救急車に乗せて運ばれる兵士を見送り、救助を続けた。
「絶対……全員助ける……!」
別のインターセプトの部隊も次々と到着し、完全に優勢になり、敵兵を掃討する。
全員の奮戦によりゲリラ部隊は撤退を開始した。
「マスター! 敵部隊が退却していきます!」
「よし……よくやったジュイン! なんとかなったな……」
マスターは無線を取って隊員に連絡する。
「みんな、敵主力部隊は撤退した! 状況終了だ!」
状況終了という言葉を聞いて931小隊全員が集合する。
「ふぅ……スッとしたぜ、退屈しのぎにはなったな」
「大分ピンチだったけどね、マグ」
「う……うるせえ! あれはたまたまジュインが……」
「ふふっ、やっぱりゲイルさんと仲がいいんですね!マグノリアさん!」
「あぁ?どこがだよ!」
みんなはガヤガヤと会話をし、戦闘から生き延びたことを確認する。
「マスター……怪我はありませんか?」
「大丈夫だよジュイン、君も無事でよかった」
「私……怖かったですけど、今度はちゃんと守れました……!」
931小隊は勝ち取った勝利を、少しの間噛み締めていた。
――しかし
(死者は……数人か、やはり犠牲者が出てしまったな……)
――マスターは安心した隊員たちを横目に、道端に転がる仲間のと市民の遺体を、暗い目で見つめていた。