Side story「ひと時の休息」
――ジュインは数少ない、貴重な休日を、新しくできた休憩室で過ごしていた。
ここまで静かな日は本当に久しぶりだ。いつも街中では散発的に銃声が鳴り響き、人々の叫びが聞こえるはずなのに、今日はそれすら聞こえない。
常に侵略者の迎撃や街中の治安維持に追われ、ろくに休めない日々が続いていたジュインにとって非常に嬉しい日であった。
ポケットから一本、人参を取り出してかじる。ボリボリと歯ごたえの良い音がした。少し水分が抜けてみずみずしさに欠けるが、それでも甘さは十分だった。
生の人参を食べるなどあまり美味しくなさそうだが、ダアド病に感染し、変異した者は、どうも味覚などが多少変化することがあるらしい。
ジュインの場合、甘味がより鋭く感じられるようになり、このようなシナシナの野菜も果物のように甘く感じる。
あまり人前で貪ると「お前は馬か?」なんて言われそうな気がするので普段は控えてはいるのだが、今日ばかりは思う存分食べようと思った。
特に、甘い物は物資不足でめっきり見ることがなくなったから、人参でもいいおやつになる。
「バリ……ボリ……」
でも人参一本ではどうも少し物足りない気がした。
ちょうど昼だったから、味気ないレーションでも食べようか、そう思っていたのだが。
「ジュイン、お腹空いてるのか?」
マスターがやってきた。こころなしか、マスターも嬉しそうな様子だった。
「マスター……! ええ……そうなんです、お昼時なのでつい……」
「私が何か作るよ」
「いいんですか?」
「ああ、ちょうど食材が手に入ったからね」
マスターはそう言いい、休憩室を出て屋外の調理設備を借り、何かを調理しだした。
軽快な音と共に野菜を切って、鍋に放り込む。その様子を見て、ジュインは心を踊らせた。
しばらく煮込んでできたのは、野菜が沢山入ったスープだった。
「どうぞ、召し上がれ」
ジュインはスープをゆっくりと口に運び、噛み締めるように味わう。少ししょっぱいけど、人参やキャベツなどの野菜の甘味と旨みが、口いっぱいに広がる。思わず笑みがこぼれた。
「とっても美味しいです!」
この料理は、ジュインにとって思い出の味だ。マスターと出会ってすぐの頃、このスープをごちそうしてもらったことがあった。
それ以来、こうしてたまに作ってもらうスープが、ジュインのご馳走だった。
「喜んでもらえてよかったよ。沢山あるからおかわりもいいよ」
――すると部屋に足音が聞こえた、扉の方を見ると、931小隊のみんなが部屋に入ってきた。
「おいおい、ジュインだけ何か食べてるじゃないか!ずるいぞ!」
「あっ……マグごめんなさい……」
「みんなも一緒に食べよう、全員分あるから安心して」
「マスターが作ってくれたなんてうれしいね、せっかくだしいただこうか!」
「すごくいい匂いです!」
マグノリア、ゲイル、アイリスの分も取り分けて、みんなでスープを味わった。
「おいしい! 体が暖まるよ!」
「まぁ……悪くないな、少ししょっぱいが」
「野菜が沢山入ってて嬉しいです! レーションだけだと栄養が片寄っちゃいますからね!」
みんなでワイワイ騒ぎながら、スープを味わう。――辛い現実の中に、ほんの小さなの希望が差し込んだ瞬間だった。