第3話「救済の部隊」
ゲリラ部隊との戦闘の翌日、ジュインは自室のベットの上で目を覚ました。
頬には涙の流れた跡が残っている。マスターに慰められた後、気絶するように寝てしまったようだ。
よろよろ起き上がり、服を着替えて外に出る。
すると、外には久々に見た顔がいた。
「……ジュインか、久しぶりだな」
赤毛の髪に、ピンとした狼のような耳が生えた鋭い目付きの少女がボソッと呟く。なんとも無愛想で近寄りがたい雰囲気である。
――彼女はマグノリア、ジュインと同じダアト人で931小隊の突撃兵だ。
狼の耳や尾が発現した彼女は、かつて人間から差別を受けたせいで心に傷がつき、ダアト人以外とはほとんど話さない。
彼女のように差別を受けたダアト人は数えきれないほどいる、ジュインもそのひとりだ。
かつてジュインの尾骶部には、長く綺麗な馬の尻尾があった。
しかし一年ちょっと前のことだ。
ある日、ダアト人を奇怪に思う人間に拘束され殴られ、蹴られ、罵詈雑言を浴びせられ……
――激しい暴力の末、ジュインの誇りは切り取られた。
その痛みはどれほどのものだったのだろうか。
実際それがトラウマになり、助けてもらったマスター以外の人間と話すのは少し怖い。
今でも何度もフラッシュバックが起きては幻肢痛と共に人々に押さえつけられ、無いはずのものを切られる幻覚を見る。
931小隊はそんな不遇な過去を持つダアト人も受け入れている。
「マグ、大丈夫だった……? 怪我……してないよね?」
辺りにほとんど聞こえぬほどの小声でジュインが尋ねた。やはり昨日のショックが響いているのだろうか。
「なんともない、そっちこそ大丈夫か? 顔色が悪いぞ、それに耳も……萎れてる」
マグノリアが少し気遣って返す。他人にも自分にも厳しい彼女だが、実は非常に仲間想いだ。
「大丈夫……大丈夫だよ……うん……」
明らかに元気の無い声で答える、やはりショックが抜けてない。
「……無理だけはするな、心身壊れれば……やつらに捨てられるかもしれないぞ」
厳しい顔でジュインに忠告する、マグノリアはインターセプトを完全には信用していないらしい。
「指揮官はパトロール中、ゲイルとアイリスも少ししたら基地に戻るらしい。今日は騒がしくないし、少し休んだらどうだ?」
それでも、やはりジュインを心配してくれてるようだ。
「ありがとうマグ……そうするわ」
ジュインはゆっくりと食堂に行き、侘しい朝食を取った。
――大切な仲間を、私は守りきれるのだろうか?
頭のなかにそんな考えを宿しながら黙々とレーションを食べた。
朝食を終えるとジュインは武器庫の片隅で相棒のAK-202を分解し、清掃し始めた。
5.56mm弾を使用する、AK-101の短縮版AK-102を近代化改修したアサルトライフル。
頑丈なAKシリーズの構造を受け継いでるため、部品が満足に手に入らないエデン地区でも非常に役に立つ。
ジュインは慣れた手つきで部品を分解し、錆を取って潤滑油を塗っていた。
戦場で戦っている最中に、動作不良が起きるのがとてつもなく怖い、だから彼女は自身の身を守るために念入りに清掃を行う。
「バレルよし、ガスピストンよし、トリガーよし……」
1つ1つ問題が無いか確認する、そして部品を組み直すと、マガジンに空薬莢を装填して銃に込める。
チャージングハンドルを前後にガチャガチャ動かし、排莢を確認する。
丁寧に整備したおかげかスムーズに空薬莢が空を舞う。
「……チャンバー、エキストラクターよし、整備終わり……!」
しっかりと確認して安心したジュインが銃をガンラックに立て掛ける。
すると突然……
「随分熱心だね、ジュイン」
後ろから誰かの声がした。
「きゃぁっ! って……ゲイル……!」
あまりに集中してたため、驚いて耳がビクッと震え、叫んでしまった。
後ろにいたのは長いブラウンの髪をしたマグノリアと同じ年くらいの少女。背中にはフクロウに似た大きな翼が生えており、まるで天使のような姿だ。
彼女がゲイル、931小隊のスナイパーである。
彼女もまたダアト人、しかしジュインとマグノリアとは少し違う。
実はダアト種にはいくつかの種族がある。
《マール族》――犬、猫、馬などの哺乳類の特徴を持つダアト人種族。耳や尻尾などが生えており、最も人数が多い。ジュインやマグノリアはマール族である。
《ベヌウ族》――鳥類の特徴を持つダアト人種族。翼を持ち、空を飛ぶこともできる。ゲイルがこれにあたる。
《テティス族》――海洋生物の特徴を持つダアト人種族。タコの触手やサメの尾を持つ者などがおり、水中での活動が得意である。
《ウァジェド族》――爬虫類の特徴を持つダアト人種族。人によっては生物から出る赤外線を見ることができる者もいる。
どうしてこのように別れるのかは現状、不明である。
「ハハッ! ごめんごめん、驚かせてしまったね。にしても、しっかり銃の整備をしてるなんて君は真面目だね」
柔らかい笑顔でゲイルが話す。
歳は1つしか離れていないのに、どこか知的で包容感があるのはなぜだろうか。
ゲイルはジュインやマグノリアとは違い、人間から不当な扱いは受けなかった。どうも彼女がいた場所はダアト人が多くいたから市民と馴染んでいたようだ。
「こうやって手入れしないと落ち着かないの、いざというときに動かなくなるのがとても怖くて……」
戦場では少しのトラブルが命取りになることを、ジュインはよく知っている。
「確かにそうかもね。そういえばジュイン、最近嫌なことはなかったかい?」
ゲイルがふと尋ねる。
「少しだけ……」
小声で呟く、嫌なことを思い出したのか耳も少し垂れてしまう。
「……すまない! 何か嫌なこと思い出してしまったかい?」
「いや、大丈夫……落ち着いた、から……」
やはり元気がなさそうだ。
――すると。
「ジュインさん! 久しぶりです!」
元気な声が武器庫の入り口から響いた。
美しい金髪に、明るい笑顔が映える少女。
姿を見るに、ダアト人ではない普通の人間のようだ。
この子はアイリス、931小隊では珍しい純粋な人間の少女だ。部隊最年少の16歳でありながら、医学知識が豊富で、部隊では衛生兵として活躍している。
「ジュインさん、どうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」
アイリスが優しく問いかける。
衛生兵として、部隊の仲間の体調や精神状態の管理をするのも彼女の役目だ。
「昨日……ちょっと怖いことがあっただけ……大丈夫だよ……」
ジュインは無理に笑ってごまかす、仲間に迷惑はかけまいという想いが悲しげに伝わってくる。
――すると。
「ギューッ!」
「ひゃっ!?」
アイリスは突然ジュィンを優しく抱き締めた。人間が怖い彼女だが、仲間であるマスターやアイリスは大丈夫なのか、嫌がる素振りは見えないが驚きを隠せていない。
「ちょ……ちょっと、アイリス……?」
暖かい体温が肌に伝わり、ジュインはたちまち顔を赤くしてしまう。
「辛いことがあったら、溜め込んじゃダメですよ? 誰かに相談すれば悩みも吹き飛びますから!」
「だから……元気出してください!」
輝かしい笑顔がジュインを照らす、仲間の思いもよらぬ行動に、気持ちが少し軽くなった気がした。
「アイリス……ありがとう、元気になったわ」
「えへへ……何かあったら頼ってくださいね! 私たち仲間なんですから!」
「アイリスはいつも元気だね、見てるこっちまで明るくなるよ」
ゲイルがジュインとアイリスの姿を見て微笑む。
――マスターと仲間たちがいるなら、この救いの無い世界もなんとか生きていける気がした。