第19話「終わりなき光」
地下の迷宮に迷い混んだマスターとジュイン、2人はアサルトライフルを構えながら通路を突き進んでいた。
通路の横には、ガラスで仕切られた実験室が左右に並んでいた。部屋の中には手術台や血のついた器具など、何に使うか知りたくないものが並んでいた。明らかに“人”を対象とした実験施設だ。
きっと、ろくでもない実験でもしていたのだろう。エデン地区で行方不明の子供が多いのも納得がいった。
「……どこまで続いてるんだ……まさかここまで大規模な地下施設とは思わなかった。よほど資金や力があるんだろうな」
「きっと、裏の世界では有名な組織なんでしょうね……いくつもの犯罪組織と繋がってそうです」
「……あの禁断の果実というウイルスを生物兵器と称して、別組織に売りさばいていたということか?」
「だが、理由が気になるな。現状ダアト人になるというだけで、致命的な症状はないはずだ。それなのになぜ……」
疑問が残りながらも、ひたすら奥へ奥へ進み続けた。しばらくすると、大きな空間が現れた。
奥には、玉座のような椅子と、その上には教団のシンボルと思われる3つの光の筋が書かれた旗が壁に張り付けられていた。
「ここは……なんだ……?」
2人が辺りを見回していると、どこからか拍手が聞こえてきた。
「……よくぞ来てくれた、『エクリプス』と『ルシファー』……」
「っ……!? 何者だ!」
2人が銃を構える。現れたのはヤギのような仮面で目を隠した怪しい男と、フードを深く被った少女であった。
「我が名はドゥクス。『導く者』とでも、覚えておいてくれればいい。誇り高きアイン・ソフ・オウルの教祖だよ」
「ルシファー、君がここに来たと知った時は来た時は肝が冷えたが……まさに塞翁が馬、我々が望む人物を連れてきてくれた……エクリプスという名のね」
「エクリプス……? ジュインのことか?」
「ジュイン……そうか、その子はジュインと言うのか。素敵な名前だ……まさに我々の守護者にふさわしい」
ジュインはライフルを構えながら耳を絞り、ドゥクスを睨み付けた。
「私を……何だと思ってるの!?」
ドゥクスは落ち着いた様子で答える。
「君は、選ばれた存在だよ。戦場を駆け巡るインターセプトのダアト人の少女兵……騎兵の如き姿にどんな者も足を止めることができないと……」
「まさに進化した人類の象徴だ……『Eclipse first, the rest nowhere.』(唯一抜きん出て並ぶ者なし)この言葉がよく似合う。君の力があれば、我々の信仰を助け、世界の秩序を保つことができるはずだ」
「何を馬鹿なことを……! 貴方たちがやっていることは、非人道的な無差別テロです! 差別を誘発し……人々の心をを分断した罪は計り知れない!」
ジュインが心の底から大きな本音をぶつける。妹クルムと過ごした日々を引き裂いた元凶……許せなかった。
「答えろ! 禁断の果実とはなんだ! なぜお前たちはそれを無差別散布したんだ!」
マスターも、銃の引き金に指をかけて叫んだ。しかし、ドゥクスは怯まなかった。
彼は静かに歩きながら語り出す。仮面の奥の目は、狂気に染まった信念で光っていた。
「フフッ……いいだろう。本来は話す必要などないのだけれど……ここまで来た褒美だ、真実を話そう」
ドゥクスは怪しげな微笑みを見せ、話を始めた。
「まずは、禁断の果実について教えてあげようか……」
2人は緊張した様子で彼の話を聞いた。
「禁断の果実とは、元々ある国の軍で極秘開発されていた『FFウイルス』と呼ばれる生物兵器のことさ。FFはForbidden Fruit(禁断の果実)の略だ、たがら我々はそのまま禁断の果実と呼んでいるのだよ」
「このウイルスは感染した人に別の動物の特徴を出現させ、様々な力を得ることができるのは周知だと思うが……実は本来FFウイルスにはこのような特性はなかったらしい」
「本来は核や有害物質などで汚染された地域を生身の兵士たちが行動できるようにするために開発されていたようだが……第三次世界大戦の激化による混乱で開発中止に追い込まれたんだ、一部の試作品を遺して」
「それを、我々が見つけ、数十年の時を経て復活させたのだよ。そしたら……実験の途中で素晴らしい物が出来上がった。動物の特徴が出るという面白い性質のウイルスがね!」
「我々はこれを『進化』と名付けた。そして思ったのだよ、世界に残された人類が皆進化すれば、世界から争いはなくなるのではないかと……!」
「だから我々は、あらゆる組織に生物兵器として渡し、人々に救済を与えたのだ!」
「ふざけるのも大概にしろ!」
マスターが激情する。これほどまでに身勝手な理由だったのかと、怒りが収まらない。
「ダアト病のせいで、どれ程多くの人々が蔑まれ、命を絶ったと思っているんだ! 貴様がやったことは、崩壊した世界にさらなる混沌と憎みを生んだだけだ!」
「生物は、進化しなければ生き残れない。我々は、世界中にウイルスを拡散し“新しい秩序”をもたらしたのだ」
「それに……犠牲無きものに、意味など無い。差別され、亡くなった哀れな命は、新世界への礎となるのだ!」
「そんなことで真の平和が訪れるものか! 肌の色、言語、産まれた国が違うことですら殺し合う生き物が人間だぞ!」
「それは心配ない、そのような癌は我々が責任を持って管理し、駆逐するからね……」
「さて、お話はこれまでだ。エクリプスは我々に必要だが……ルシファー君、君は必要ない。だが特別にチャンスをあげよう……我々の仲間になれば、命は助けてやる」
「イカれてる、誰がお前のようなやつの仲間になるか!」
「マスターの言う通りです! 貴方たちは、私を操り人形のように弄ぶつもりなんでしょ!」
2人は屈しない姿勢を取り続けた。
「……そうか、それは残念だ」
「……ならこうするしかあるまいな」
ドゥクスが手を振る。すると横から教壇の信者と思われる人物が銃を構え、マスターを狙う。ジュインがすぐに気がつくも、回避する余裕はなかった。
「っ!? マスター! 危な……」
(プスッ……!)
「……ぃ!? ぅ……」
「ジュイン!?」
ジュインは麻酔銃を撃たれ、昏倒してしまった。
「よくも! 許さない!」
マスターはジュインを撃った信者を撃とうとするも、別の信者が別の方向からやってくる。
「っ!? しまっ……」
(バリバリバリッ!)
「うがぁぁぁ!」
対応しきれず、マスターはテイザー銃を撃ち込まれた。激しい痛みが身体中を駆け巡り、倒れこんでしまう。
「抵抗しなければよかったのだが……残念だよ」
「ぐっ……うぅ……この……」
「はっ……!?」
(ドゴッ!)
「……」
立ち上がろうとする甲斐虚しく、銃を持った信者に銃床で殴られ、目の前が徐々に暗くなる。
視界が暗転していく中、マスターの手が無意識にジュインの指先を求めて伸びる。
――しかし、それはすぐに断ち切られた。
「……連れていけ。エクリプスには祝福を、ルシファーは……牢に入れておけ。あの組織が彼に用があるようだ」
ドゥクスが信者に指示すると、2人は抱えられて連れていかれた。
――運命の分かれ道が、着実に近付いていた。




