第18話「仕組まれた進化」
カルペディエムの本拠地を偵察し、破壊工作を行ったジュインとマスターは続けてアイン・ソフ・オウルのアジトへ乗り込んだ。
場所は同じく東エデン地区の端、アジトと思われる教団施設はきちんとした作りの建物であった。崩れた建物だらけのエデン地区では珍しい。
「……ここだな、噂だと地下に秘密の空間がある……らしい」
「きれいな建物ですね、珍しい」
「信者からの献金で立てたとか……クリーンな金とは断言できないけど」
「どうやって忍び込みます?」
「見た限り見張りは……いないな。慎重に窓のあたりから入って、地下を探そう」
「わかりました」
2人は静かに窓の鍵を壊して中に入った。中も綺麗な内装で、奥の方には祭壇のようなものが見える。
すぐに隠し通路が無いかいたるところを探索し始めた。しかし――
「どうだ? 何かありそうか?」
「いえ……特に怪しい所は……」
くまなく探すも、これと言う怪しい箇所も無く、ただの礼拝堂のようにしか見えない。情報は誤っていたのだろうか。
「うーん……ん?」
「どうしたんですか? マスター」
「ここ、若干色が違う……?」
マスターが祭壇の裏を指し示す。確かに、少し色が濃い箇所があるように見える。
「祭壇の裏って……そんなフィクションのようなことあります?」
「でもこれ以外おかしな所は見当たらないし……物は試しだ」
マスターは祭壇の裏の壁を押した。
――すると。
(ゴゴゴゴゴ……)
「うわっ! あ……開いた……!?」
「ビンゴだな、よくこんなもの作るものだ」
壁が動き地下へ通じる階段が現れた。まるで映画のような仕掛けにジュインは唖然としている。
「……行こう」
暗い階段をゆっくりと進む。ジュインはマスターの後ろにピタッとくっつきながら、フラッシュライトで道を照らして行く。
しばらく進むと、待ち受けていたのは近代的なラボのような空間だった。周りには、最新の研究設備が大量に置かれている。どう考えてもエデン地区で手に入る代物ではない。
「なんですかここ……研究所……?」
「一体ここで何をしていたんだ? 人の気配はないが……まったく人がいなかった雰囲気はないな」
2人は近くにあった資料やモニター、データベースなどをくまなく調査し始めた。マスターはある資料を手に取る。
「……『禁断の果実』に関するレポート……? なんだこれは……」
謎の言葉に困惑しながら資料を黙々と確認する。
「現在、禁断の果実の状態は安定しており、既に多数の感染事例と変異症状を確認……しかし、汚染物質耐性は確認できず、更なる検証が必要……?」
「エデン地区以外にも、他組織の広範囲散布により世界規模での感染拡大を確認……世界人口の2割が感染している模様……!?」
資料を読み進める間に、完全にマスターは完全に理解した。
――この「禁断の果実」というものこそが、ダアト病の醜悪根源であるウイルスであることを。
「こいつらのせいで……差別が起こったのか……! ふざけやがって……!」
マスターは激情を露にした。ジュインは珍しい彼の感情の解放に思わず耳をピンと立てて驚いた。
彼はさらに資料を読み進めて行く。
その時だった。あるリストが、彼の注意を引いた。
それは、エデン地区のダアト病感染患者の一部をまとめたリストだった。
エデン地区でもダアト人は数百人はいるため、さすがに全員は乗っていなかったが、それでもかなりの人数が記述されていた。
――その内のひとつの名前が、彼の意識を殴った。
「……!?」
「は……?」
「……嘘だ」
突然体が震え出し、紙を持つ手が小刻みに揺れて紙が擦れる。マスターの突然の動揺にジュインが心配する。
「マスター……? どうしたんですか……?」
「……嘘だ嘘だ嘘だ!」
「……ひっ!?」
彼の視線は「ミーティア」という名前に固定されていた。彼の過去が、忘れたかった過去が、吹き出してくる。
名前の横には「シャードニウム粒子吸入性症候群」(SIPS)により死亡、遺体は汚染耐性検証用サンプルとして回収」と書かれていた。
「マスター……この人……知ってるんですか?」
「……」
マスターは口を開かなかった。ただ、見たこともないような暗い顔で資料を見つめていた。
崩れそうな精神をなんとか保って、彼は資料をカバンに詰めた。
「急ぐぞジュイン……! 本部に帰還してすぐ報告だ!」
――その時だった。
(ガダンッ!)
「きゃっ!?」
「なんだ!?」
突然何かが降りる音がした。急いで出口へ向かうと、階段に通じる道がシャッターで閉鎖されている。
「なんなんだこれ……! どうしていきなり……!?」
「マスター! 私が開けます!」
「はぁっ! っぅぅ……!?」
ジュインはシャッターに向かって全力で蹴りを入れた。しかし、傷ひとつ付かずに弾き返されてしまう。
「うぅ……ダメです……! 頑丈すぎて壊せません!」
「閉じ込められた……!?」
緊急事態にパニックになりかけたが、なんとか気持ちを落ち着かせて周りを見た。あるのはさらに奥へ通じる通路だけだった。
「……もう進むしかない、気をつけて行こう」
「はい……!」
2人は恐る恐る奥へ進んだ。不安と混乱に支配されぬよう、気を保つしかなかった。
――そして、2人はこの先で知ることになる。
すべての真実を。