第17話「今日の花を摘む者」
――翌日、気持ちを落ち着かせたアンジェラとウォレンは他の隊員に挨拶をした。
「第01遊撃小隊から来たアンジェラ・ハーツだ。副指揮官として、君たちに精一杯尽くすことを誓おう」
「……工兵のウォレン・グレイザーです……オレ、絶対……皆さんを守ります……どうか、よろしくお願いします……」
「みんな、これから仲良くしてやってくれ」
「大丈夫かな……遊撃小隊のメンバー、壊滅したって……」
ジュインが2人を心配していた。仲間が死んですぐだというのに、別部隊に即編入されるのは、あんまりではないのだろうか。
「みんな、私たちのことはあまり心配しないでくれ。私たちは……もう既に覚悟を決めているからな」
「……よろしくお願いします」
――軽く挨拶を済ませた一行だったが、のんびりしている暇はなかった。
「そしてもう一つ。急なのだが……極秘任務が入った。あのカルペディエムと関連組織の偵察潜入任務だ」
「メンバーは……私ともう1人、最小限の人数に絞る」
「……ジュインだろ?」
マグノリアが透かしたような目で問いかけた。
「え……?」
「……御名答、今回の偵察任務で、総合的に向いているのは彼女だと思うんだ」
「……だから、私はジュインを推薦する」
「残りの隊員はバックアップに回ってくれ、以上だ」
マスターはそう告げて、装備を整え始めた。ジュインも戸惑いながら、武器を確認し始めた。
「マスター、本当に私なんかでいいんですか? きっと、ゲイルやマグの方が力になるんじゃ……」
想定外の指名に驚きを隠せないのか、ジュインはマスターに問いかけた。
「ジュイン、君は強襲偵察兵だろう? 君の足と耳がきっと役立つさ」
「それに、カルペディエムを叩き潰すんだ。君の過去のモヤを晴らす時なんじゃないか?」
「私……そんな……復讐なんて……」
「まあいい、とにかく出撃だ」
「っと……その前に……」
マスターは武器庫に走って行ったかと思えば、大きなライフルを担いで出てきた。
「マスター、これ……何ですか?」
「HR-63、携帯型レールガンさ。アンドロイド兵が出てきてもこいつなら撃ち抜けるはずだから、持っていこうかと」
「……だいぶかさばるけどね」
「勝手に持っていっていいんですか?」
「アンジェラから好きに使えと少し前に言われた、誰も文句は言わないさ」
「よし……行こう」
「わかりました……!」
――霞んだ空、2人は静かに目的地へと向かった。
着いたのは、東エデン地区の外れにある大規模工場地域だった。ここにカルペディエムのエデン地区本部があるようだ。
「ここから見えるだけで……数十人は警備兵がいます。これは難しい潜入になりそうですね……」
「……『上』から行くか」
「はい……! ……上?」
「……!? 上ってどういうことですか!?」
「そのままの意味だ、屋根に登って内部に入る」
「ええ……!? そんなの上手くいくんですか?」
「意外と行けるものだぞ?見た感じ工場棟の方から上れそうだ。そこから司令部まで乗り込んで偵察するぞ」
「信じますよ……!」
警備の薄い工場棟の点検用梯子から屋根に登り、建物を伝って司令部を目指した。途中途中外にいる警備兵にバレぬよう、音を出さないで慎重に屋根を踏みしめた。
「……天井裏に続く部屋の窓が空いてる、チャンスだな」
「意外となんとかなりましたね……!」
2人は屋根を飛び移って、部屋の窓から本丸に侵入した。
「会議室の近くまで行けば、君の耳で会話を盗聴できるはずだ、慎重に動こう」
「了解……!」
2人は物音を立てないように慎重に屋根裏を進み始める。
どうやらここも元々工場棟のようで、壁を仕切ってカルペディエムの支部拠点として使っているようだ。その証拠に、屋根裏の足場は鉄製のメッシュが敷き詰められていて、下が覗き見える。
「……あれじゃないか?会議室は」
「ほんとだ……何人か幹部のような兵士が集まってますね」
「会話を聞いてくれ、ジュイン」
「任せてください!」
ジュインは大きな耳をピトっと床の金網に当て、会話を聞き取ろうとする。鋭い聴覚のあるマール族だから成せる技だ。
集中して耳を澄ますと、声が聞こえてきた。
「おい、ゲリラどもへの武器供給は進んでるか?」
「はい、すでにインターセプトの部隊を苦戦させるほどの戦力を有しているかと」
「なるほど……なら襲撃も近いうちにできるな」
「それと、例の生物兵器は奴らから受け取ったか?」
「はい、いくつか。しかしあのカルト教団を信じていいのですか?数年前の時も提供されましたが、効果なんてありませんでしたが……」
「効果があろうがなかろうが、威嚇には十分だ。それに、やつらとは武器提供の仲だけだし、我々の目的を阻害することもなかろう」
「それもそうですね、我々は人々に救いを施すのみですから」
話を聞いていたジュインは戦慄した。自身の家族を引き裂いたテロ組織が、再び動き始めていることに。
「ジュイン……どうだ?」
「……マスター、これは……とんでもないことになってますよ……!」
ジュインはマスターに聞いた情報を伝達した。聞いていくにつれて、マスターの表情も途端に険しくなる。
「なんだと……!? これは……急いでアインソフオウルも調査しないと……!」
「マスター、生物兵器って……一体どんなものなんですか?」
「まだ確定はしていないが……もしかしたら、ダアト病の鍵になるものかもしれない」
「え……? 嘘……ですよね……?」
「……これは極秘だが、ダアト病は人工的に引き起こされた可能性が高い。その生物兵器が何か関係してるかもしれないんだ」
「そんな……! 私も……それのせいで……?」
「……真実を確かめに行こう、そのままアインソフオウルへ乗り込むぞ」
「はい……!」
「でもその前に、できるだけ武器を破壊してから行こう。もし侵攻が起きた時のためにカルペディエムを少しでも弱体化しなくちゃ」
「武器庫に忍び込むんですか?」
「……いや、武器庫の周りに時限信管の爆薬を設置して逃げる。私たちが去った後にそうすればリスクも抑えられるはずだからね」
「わかりました!」
2人は屋根裏から抜け出し、また屋根を伝って武器庫の上に乗った。
「ここは警備が厳しいからな……本当は内部にも仕掛けたいけど仕方ない、屋根だけに仕掛けて武器を下敷きにしてもいくつか使えなくなるはず」
マスターとジュインは手分けして爆薬を屋根に仕掛けた。信管のタイマーは逃げるのに十分な10分に設定した。
「よし……早く逃げよう!」
「はい!」
2人は警備兵の監視が無くなった瞬間に、最初登った工場棟の方から逃げ出した。誰にも見つからない、パーフェクトステルスであった。
「アイン・ソフ・オウルの拠点もそう遠くない、直ぐに行こう! そして……情報を持ち帰る」
「頑張りましょう、マスター!」
――2人に衝撃的な真実と運命が近付いてることは、知る由もなかった。