第15話「堕ちた天使」
――フクロウは、闇に紛れて震えていた。
窓を締め切った部屋の角で、ゲイルが翼で、自分を包んでじっとしていた。あの咀嚼音と、少年の瞳が、頭から離れない。
「……こんな」
「こんな街、守る意味なんてあるのか……?」
「今まで、やってきたことは……なんだったんだ……?」
理想と現実の差に、押し潰されそうな気がした。ゲイルがインターセプトに入隊した理由、それは他でもない、「この街を平和にしたかったから」だ。
産まれてまもなく両親を亡くしたゲイルは、エデン地区の外れにある居住区の親切な老人に引き取られた。
そのおじいさんは、まるでゲイルを我が子のように愛情を込めて育ててくれた。
彼はよく本を買っては、彼女に読み書きを教えた。元々教師だった彼は、教育こそが平和の道だからと信じていたからだ。
だからよく、ゲイルにこう言っていた。
「新しいことを学んで、考えて、自分の心を豊かにしなさい。そうすれば、きっと未来は明るくなるはずだよ」
ゲイルはその言葉を、常に信じてきた。知識を身に付ければ、いつか平和に役立つかも。そう思っていた。
そしてその後、彼女がダアト病にかかり、フクロウのような翼が生えた時も、おじいさんは。
「まるで天使みたいだ……!」
と言い、蔑むこともせずに愛し続けてくれた。周りにもダアト人の人々が多く、ゲイルを受け入れてくれた。
しかし……度重なる市街地の戦闘などから人々の差別意識が強まり、家を追われるダアト人が出てきた頃。ゲイルはある決意を決めた。
「インターセプトに入って、人々を守りたい」
おじいさんはその言葉を聞いた時、一瞬躊躇ったが最終的に彼女の意思を尊重した。
「元気でな、困っている人々を助けてやるんだぞ……!」
……彼女の背中を見送った後、彼は街中の銃撃戦に巻き込まれて亡くなった。
でもゲイルは、彼の言葉を信じて、インターセプトに入隊し、狙撃銃を構えて悪を撃ち抜いた。涙を流す市民を助け続けた。
すべてはエデン地区の平和のために……
――でも
それは本当に意味があったのか?
今も人々は涙を流して飢え、暴力、貧困に怯えて暮らしている。現に、あの少年はどんな壮絶な人生だったのだろうか。
「……いくら私が頑張ったって……意味ないじゃないか……」
「誰も救えやしないじゃないか……!」
「未来なんて変えられないじゃないか!」
――悔しい、悔しくて悔しくてたまらない。
翼を、むしってやろうと思った。けど、ふとアイリスを慰めたあの日のことが浮かんだ。
そんなことしたら、彼女に言った言葉が嘘になってしまう。自分を傷つける馬鹿者だと言われてしまう。
「……ひぃっ……ぐずっ……もういやだ! こんな世界……!」
「どうすればいいんだよ……生きてたって……変えようがないじゃないか……世の中は……」
ポロポロと涙が、羽を濡らした。声を押し殺して、聞こえぬように。自分で鳥籠に閉じ籠った。
――でも、鳥籠の出口を指し示しめす者たちがいた。
「ゲイルさん!」
「……っ」
「アイリス……みんな……?」
指揮官に言われて向かったアイリス、ジュイン、マグノリアがゲイルの部屋に入ってきた。
「ゲイル、あなた……ずっと、感情を溜め込んでたんじゃないの?」
「ぐずっ……本当、私は……恥ずかしいよ……こんなとこ、みんなに見られて……」
「どうか、笑ってくれ。こんな弱虫を……」
壊れた笑顔を作って、涙で濡れた顔を無理に明るくみせた。みんなに頼りにされてたのに、これじゃ もう……信じてもらえないだろう。そう思ったからだ。
――だが
「笑う……? 冗談じゃねぇ!」
「っ……!?」
マグノリアがゲイルを一喝する、真剣な眼差しだった。今、マグノリアは本気で、そして仲間のために怒っている。
「大切な仲間が泣いてるのに、笑うやつがいるかよ!」
「その通りですよゲイルさん! 涙を流すことは、決して弱いことなんかじゃありません!」
アイリスも、真剣な表情でマグノリアに続いた。
「ゲイル、泣いてもいいんだよ。みんなで苦しみを分けましょう? それで……私は大分救われたから……」
なんて幸せなんだろう。こんな風に、励ましの声を掛けてくれる仲間がいるなんて。自分のことを気にかけてくれる人がいるなんて……
「ぅぅ……みんな……ありがとう……本当に……ありがとう」
ヒビの入った心に、優しい声が染みる。それは心の奥深くまで届いて、隙間を埋め固めた。
背中をさすってもらう手の温もりが、心地よかった。
外ではマスターが、こっそり様子を伺っていた。3人がうまくやってくれたことにほっとしているようだ。
しばらくすると、ゲイルがみんなと共に部屋から出てきた。
「……マスター、すまない……少し取り乱していたよ。でも、落ち着いたよ……みんなのおかげでね」
「よかった……心配したよ」
「もう大丈夫さ……! さ、みんな訓練場に行こう。もっと練習しなくちゃ……」
「あまり張り詰めすぎるなよ」
「わかってるよ!」
みんなは訓練場へと向かった。まさか、こんな短時間で立ち直るとは思わなかった。本当にすごい精神力だ。
すると後ろから足音がした。
「指揮官君」
「アンジェラさん、どうしたんですか?」
「むっ……いい加減その敬語やめてくれないか? 昔みたいにタメ口の方が気が楽なのだけれど」
「……少なくともここにいるときはこうしたいんですよ、バレたくないですし」
「へぇ……それで……ゲイルは大丈夫なの? 病んでしまったって噂を聞いて心配してたんだけど……」
「みんなのおかげで立ち直りましたよ、元気に訓練場に行ってますし」
「それはよかった。あ、すまない。目的が反れてしまった。実は君に伝言を頼まれたんだよ」
「誰にですか?」
「管理局のサイラス副局長だ」
「彼が……?」
「ああ、なんでも話したいことがあるみたいで、管理局の方まで来てほしいとのことだ」
「一体何事なんだ……?」
「わからない、だが重要なことらしい……管理局に行くのは引けるかもしれないが、偽名で通してるのだろう? 捕まりやしないさ」
「まぁ昔からの仲ですし」
「ということで頼んだよ、私はこれから任務に向かう」
「任務?」
「ゲリラの拠点制圧だよ、なんでも武器などを1ヵ所に集め初めているらしい」
「それは危険そうですね……気をつけてください」
「君も用心してくれよ」
「……奴らがまた動き出してるみたいだしね」
「奴ら……?」
「……『カルペディエム』だよ」
「なんだって!? それは本当なんですか!?」
「……あくまでも噂だ、だがゲリラの勢いが日に日に強くなってる。可能性としてはあり得なくない」
「今回の任務も、それを調べるためだ」
「なるほど……」
すると奥からひとりの青年が歩いてくる。
「アンジェラ指揮官、出撃準備完了しました。いつでも行けます」
「了解だウォレン。ではまた」
アンジェラは彼と共に足早にその場を去り、装甲車へと乗り込んだ。
「……何が始まろうとしてるんだ」
「でも……まずは情報を知るしかないか」
――マスターも準備を整えて、管理局へ向かった。