第1話「寂れた楽園」
――灰に染まったような、どこか息苦しさを覚える空に、かすかに陽が差し始めた朝。
かつての戦争で焦土と化した地球の片隅、「エデン地区」と呼ばれる場所に、その日も一日が始まろうとしていた。
ターフテントと粗末なバラック、古びたプレハブ小屋で構成された簡易基地の中、ひとつ、人影がゆっくりと現れる。
エデン地区――かつては「人類が安心して暮らせる楽園のひとつ」とまで謳われた場所だ。
だが今や、そこにあるのは貧困と暴力、そして差別だけ。理想はすでに過去のものとなり、残るのは、生存を賭けた戦いだけである。
この混沌とした街の治安を、なんとか保とうとしているのが、「インターセプト」と呼ばれる治安維持部隊。そのひとつの拠点が、今目覚めたこの基地である。
小屋の扉を押し開け、青年が一人、外に出てきた。
黒髪を風に靡かせ、紺色のバンダナで口元を覆い隠し、濃い緑のジャンバーに黒のタクティカルベストを着込んだ姿は、正規軍というよりもどこか荒野の傭兵のようだ。
彼の名は、マスター。インターセプトの機動部隊――通称「931小隊」の指揮官だ。
彼の本名を知る者は、ほとんどいない。
「マスター、おはようございます」
バラックの陰から現れた少女が、柔らかな声で彼に声をかける。
長いブラウンの髪をなびかせ、黒を基調に緑のアクセントが入ったウィンドブレーカーを羽織る彼女の姿は、どこか野性味を感じさせた。
だが、最も目を引くのはその頭――大きく動く、馬のような耳。
少女の名はジュイン。931小隊のエースであり、マスターのもっとも信頼する戦力のひとりだ。
彼女のような、人間以外の特徴――動物的な変異を身につけた存在は「ダアト人(ダアト種)」と呼ばれる。
元は普通の人間だった者たちが、「ダアト病」と呼ばれる未知の病により変異した姿。
その性質から進化とも評されることがあるが、現実には“奇形”として扱われ、忌避と差別の対象となっていた。
ジュインもまた、例外ではない。
今日もまた、彼女は差別と向き合いながら、この地獄のような街で「生きるための戦い」に身を投じていく。
――そうして朝の身支度を整えた2人は食堂で朝食を食べ始めた。
「そういえば、他のみんなはまだ帰ってこないんですか?」
ジュインがマスターに呟くように訪ねる、他のみんなとは、ジュイン以外の931小隊のメンバーのことだ。
「あの3人は……まだ西地区内の治安維持任務に就いてるよ、もう少しすれば帰ってくるはずだ」
「そうですか……無事だといいのですが」
やはり仲間がいないのは心細いのだろう、ジュインの耳は少し元気がなく萎れていた。
朝食のせいでもあるのだろうか、メニューは期限が近いレーションに少しばかりの果物と野菜。
土壌汚染のために作物を育てる土地が不足し、主食の小麦や米は値を上げるばかり、だからこうして美味しくない飯を食わねばならなかったのだ。
それに、今日はゆったりしている暇はなかった。
「931小隊! 応答せよ!」
「こちら931小隊指揮官、何があった?」
「東地区にゲリラ部隊の襲撃だ! きっと石油精製プラントを狙ってるに違いない……すぐに出撃してくれ!」
味方兵士の緊迫した声が、マスターの無線から聞こえた。
二人はすぐに銃などの装備を整える。
このエデン地区には鉄などの鉱石資源の他、貴重な油田まで存在する。
そのためここの資源を狙う不届き者がいくつか存在するのだ。
ジュインは塗装が所々剥げたAK-202を、マスターは古びたM4A1を手に取る。
「こちら931小隊戦闘指揮官、出撃準備完了。戦闘区域に急行する!」
マスターが無線を取って返答する。
「ジュイン、行こう」
「了解です……!」
2人は急いで戦場へ駆け出した。戦場まで、そう遠い距離ではない。
「ジュイン!先に行って前線部隊を支援してくれ!私は後方の部隊を連れて向かう!」
「わかりました!」
ジュインは足で地面を思いっきり蹴り、まるで競走馬のような俊足で前線へ向かった。
パカッ、パカッと軽快な音が地面に響く。
ジュインの足裏は、爪が変異して薄い蹄のようなものに覆われている。これもダアト病によるものだ。この蹄のおかげで裸足でも難なく走ることができる。
もっぱら、足を汚さないために専用の靴を履くのでそのようなことは少ないが。
そして1番の特徴が超人的な脚力である。
最高時速は約70km、短距離なら車にも追いつける。
あっという間に去っていくジュインの背中を見送りながら、マスターも友軍の兵員輸送車を呼び止めて後を追った。
――こうして二人は、地獄への門をくぐり抜けた。
こんにちは、CuriousSkyです。今回は初作品の「Glory Road~再生の楽園~」をご閲覧いただき、本当にありがとうございます。
執筆初心者で文法もわからないので読んでて表現がおかしい部分などもありますが、どうか暖かい目で気楽に読んでください。
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