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Glory Road(グローリーロード)~再生の楽園~  作者: Curious Sky
第1章「エデン地区編」
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第13話「本当の自分」

 マグノリアは、基地の外れからエデンの街並みを見ていた。

 

 崩れかけた建物、ありあわせのもので作られたバラック小屋……目線はスラムに固まっていた。


 「……私は」


 「私は、何者なんだ……?」

 

 大きな矛盾が、マグノリアの心に巣食っていた。


 私はダアト人だ、あの忌々しい人間どもとは違う。狼の耳と尻尾、夜道でもばっちり見える鋭い視覚まである。


 ――いや待て、それ以外は、何が違う?

 

 それ以外、ただの人間と変わらないじゃないか。ああ、なんて馬鹿なんだろう。そもそもの考えが間違っていた。

 

 ダアド病に感染するまでの記憶を、消し飛ばしたツケが回ってきた瞬間だった。


 ――だって彼女も、元は「人間」なのだから。


 「私は……人間……?」


 「いや違う……! 私は……私は……ダアド人……」


 「ダアド人……だよな……?」


 「待て、そもそもダアト人ってどんな存在だ……?」


 自分が何者なのか、見失いかけていた。あれだけ嫌悪していた人間が私の元の姿だったことを、受け入れたくなかった。


 そもそも、ダアト人という呼び方もおかしいのではないか?


 ダアト病に感染した、ただの人間なのに。さながら別の生き物のように言われるのはなぜだろう。


 あの囚われた子供たちを傷つけたのも、救い出したのも人間だという事実。


 人間を信じていいのか、ダメなのか、もうなにもかもわからなくなってしまった。これからどうしていけばいいのだろう。


「……」


「――ここにいたのか、マグノリア」


「ッ……!?」


 突然の声に、彼女の体が固まった。


「マスター……?」


 頭の中が真っ白になる。

 いつも「指揮官」と呼んでいるのに、なんで「マスター」と言ってしまったのだろう。


 マスターも少し驚いた様子だったが、落ち着いてマグノリアに話し始めた。


「基地中探して見当たらなくて、どこに行ったんだと焦ったよ。勝手にいなくなっちゃダメじゃないか」


「……悪いかよ」


 ぶっきらぼうに、そう呟いた。

 マスターに、人間に、まだ素直になれなかった。


「一体どうしたんだ? ずっと落ち込んで……あの光景が怖かった?」


「……なんでもねぇよ」

 

 マグノリアはそのまま、マスターの横を通りすぎて戻ろうとした。


 ――が、マスターがそれを阻む。

 

「マグノリア。君、悩んでいることがあるんだろう?」


「悩み事なんかあるわけねぇだろ……! いいからどけよ!」


「……嫌だ」

 

 鋭い目でマスターを睨み付け、どうにかこの場から離れようとするも、彼は道を譲ってくれなかった。


「いいかい? みんな、心が壊れてからじゃもう遅いんだ」


「君はあまり、周りに私情を出さないけど、いつもしないことをするってことは無意識に助けを求めてるんじゃないのか?」


「ジュインも、アイリスも、だいぶ心に来ていたみたいだよ。ゲイルも……きっと何か苦しんでるかもしれないし、本音を吐くのは決して弱いことじゃない」


「だから……話してくれないか? 君の悩みを、少しでも受け止めてあげた……」


「うっせぇんだよ!」


「っ……!?」


 マグノリアがマスターの声を遮るように、声を荒げた。


「いちいち頼んでもないことばっかりしてきやがって! 目障りなんだよ!」

 

「いつからお前は私の仲間と思い込んでた? 私はお前なんか1ミリも信用してなかった!」


「ただ部隊にいるためと、ダアト人に乱暴しないから仕方なく居てやったんだ!」


 今まで抑え込んでいた激情を、すべてマスターにぶつけた。マスターの目は、寂しそうだった。


「……こんな所、もういられるか!」


 マグノリアはマスターを突き飛ばして、走り抜けて行った。


「マグノリア! 待ってくれ!」


 彼女はマスターの制止に耳も貸さず、どんどん離れていった。だが、マスターは諦めなかった。彼女に何を言われようが、見捨てておけなかった。


 ――マスターは立ち上がって、必死に後を追った。

 

 ダアト人と人間では体力差が激しい、狼の彼女であればなおさらだった。速度はジュインに劣るも、瞬間的に時速50kmを出すことができる。到底、人が追い付けるわけない。


 それでも、無我夢中で追い続けた。姿が見えなくなっても、足跡を頼りにまるで猟犬の如く追い続けた。


 気がつけば、中央エデン地区のスラムに足を踏み入れていた。エデンの悪いところをすべて詰め込んだような、最悪の場所。


 貧困者が密集してバラックを形成し、身を寄せあって暮らしている。暴力、窃盗、殺人……治安は特に最悪で、一般人は絶対に近付かない場所。


 マグノリアが心配だった。細い路地を、マスターは必死に探していた。


 ――その頃、マグノリアは……


「はぁはぁ……」


「……戻ってきちまったな、ゴミクズの集まりに」


 昔、マグノリアが暮らしていたスラム。彼女にとってここは自分の庭のような場所だった。


 ふと、思い出が甦った。仲間と一緒に盗んだ物を分け与えて、飢えをしのいでいた日々が。


「マグ! 今日もパンが手に入ったよ!」


「姉貴、拳銃弾もあるよ。自衛に必要でしょ?」


「お前ら……いつもありがとな」


「礼なんていいって、私たちは家族だろ?」


「……そうだな」

 

 一匹狼ではなかった記憶が、確かにあった。苦しかったけど、あの時は嬉しかった。仲間との友情を肌に感じ晴れて。


 ――その思い出を掻き消すように、足音が響く。


「おいお前、何俺らのテリトリーに入ってんだよ?」


「コイツ……ダアト人だそ!」


「汚らわしい犬が……俺らの町をうろつくんじゃねぇ!」


 突然現れたギャングに、殴られてしまった。鈍い痛みが頬を突き刺す。


「テメェ……何しやがる!」


 マグノリアは髪の毛を逆立て、ギャングたちに反撃した。鬱憤を晴らすように、殴ってきたギャングを殴り返すと大乱闘に発展した。


「痛ってぇ!? このバケモンが!」


「クソッ……この! 放せ! ……っう!」


 マグノリアは孤軍奮闘するも、明らかにギャングの数か多く、徐々に袋叩きにされ始めた。


「オラッ! このバケモノが! くたばりやがれ!」


「負け犬が俺らに楯突くじゃねぇよ!」


 腕を押さえつけられ、複数人に殴られる。必死に踠いても無駄だった。


 アザにまみれ、口から血が吹き出る。痛い。

 ああ、これじゃ昔と同じじゃないか。今度は逃げられない、殴り殺される。


「ぅぁ……っ……う……」


「……た……す……けて……」


 いつもの彼女からは想像できないほど、弱々しく助けを求めた。涙がポロポロ止まらない、なんて哀れなんだろう。


 ひとりじゃ生きていけないって、あれほど理解してたのに。

 必死に寄り添おうとしてくれた仲間がいたのに。


 ――自分から、突き放してしまったなんて。


 すべて諦め、死を待つばかりだった。後悔が吹き出す。


 マスターともっと仲良くできてれば……

 

 仲間たちと真っ向から話せていたら……


 ――もっと、違う未来があったかもしれない。

 

 後悔先に立たずとは、こういうことだったのか。


「っ……ぁ……や……いや……しにたく……ない……」


「フッ……これで仕舞いだな……」


「死ね!」


 ――ナイフを振り上げ、切りつける寸前


「……お前たち、何をしてる」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


「ああ?誰だお前――」


 ――バンッ!


 突然現れた男は返事の代わりに拳銃を突きつけ、ギャングに鉛玉を食わせた。

 

 取り巻きたちが突然の出来事に驚愕する。


 「あ……アニキ!?」


 「この野郎……よくも……! 地獄に送ってやる!」


 複数人で飛びかかるギャングたち、しかし男は冷静に近くのひとりを投げ飛ばし、持っていたナイフを奪って突き刺す。


 またひとりを拳銃で撃ち抜き、残りのひとりに蹴りを食らわせ、地に伏せさせた。


「ひっ……! わ、悪かった!」


「謝る! 謝るから許してくれ! 命だけは……」


「……悪いが、『ルシファー』を怒らせたやつを生かして帰ったヤツはいないんだ。それに俺は……優しい人間じゃない」


「嘘だろ……!? まさか……お前……例の堕天使……!」


「……じゃあ、消えてくれ」


「や……やめ……!」


 ――パァン!


 ギャングの体が、紅に染まった。

 目の前に現れた堕天使は、マグノリアに歩み寄った。


「アンタは……」


「マスター……なのか……?」


「……大丈夫か? マグノリア」


「なんで……ここまで来た……?」


「……仲間を放っておく指揮官なんて、あり得ないだろ」


「……やっぱりアンタ馬鹿だよ」


 マグノリアが、涙を滴らせながらマスターに軽く微笑んだ。マスターは、初めて彼女の笑顔を見た。心の底から、安心しているように見えた。


「っ……じゃあ……帰らねぇと……っ!?」


 マグノリアは起き上がろうとするも、全身ボロボロで立つことすらできない。


「ハハ……ひでぇ様だな……情けねぇや」


「……」


 マスターはその姿を見て、かつてのジュインをその目に映した。


 ――すると


「うわっ!? ちょ……お前……何して……!」


 マスターがマグノリアを横抱きすると、彼女は驚いて目を見開いた。暖かい彼の温もりが、肌から優しく伝わってくる。


「……ぅぅ…バカ野郎……お前……ホントに……バカだよ……」


「こんなに……気にかけるなんて……本当に……」


「っ……うぁぁぁん!ひっぃ……!ぅぅ……」


糸が切れたように、マグノリアは彼の腕の中で泣きじゃくった。いつもの荒れた狼とは思えぬ弱々しさで、彼の愛情に縋った。


 ――今までの彼女は、感情を圧し殺して作られたものだったのだろうか。マスターは彼女の本心に触れられ、ホッとした。


 優しく頭を撫でてやる、フワフワの狼の耳が良い肌触りだった。マグノリアは一瞬体を縮めたが、その後は目を細めてなすままにされていた。


 ――暗い、暗い、スラムの路地を、光の差す方へ抜けていった。

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