第11話「医師の叫び」
――アイリスは業務が終わった後も、顔を暗くしていた。
無念と悔しさで心がいっぱいだった。ドクターとマスターが励ましの声を掛けても、顔は晴れない。
「救えなかった……」
「何も……できなかった……」
ずっと、自分を責めていた。あの時、自分が何かしてもあの子の命を救うことはできなかったはずだ。それはわかってる、痛いくらいわかってる。
――でも悔しかった、救いたかった、苦しみながら死んだあの子を。
「これは、この子の治療を早く進められなかった私の責任だ……アイリス、君のせいじゃない」
「ドクターのいう通りだ。君は最期まであの子の側にいただろう?きっと、安心して逝けたはずだ」
「……」
アイリスはただ、黙り込んでいた。野戦病院から撤収し、輸送車に乗った後も、彼女の目は虚ろだった。
「アイリス、元気出しなよ? 静かな君なんてらしくないよ」
「……」
ゲイルが声を掛けても、返事はなかった。
ああ、なんて役立たずなんだろう。ドクターに拾われたあの日から、絶対に人を助けるって決めたのに。
――少女の命すら救えないなんて
アイリスは基地に帰還した後、夕食も取らずに部屋へ戻った。
固いベットに突っ伏して、呼吸を止める。
数分もすると、苦しくなって耐えられなくなり、一気に息を吸って呼吸を荒くした。
息が止まった人の気持ちを考えると、申し訳なくてたまらない。本当は自分が息をするのですら、躊躇いたくなる。
「……みんな、辛いのに……苦しんでるのに……」
「なんで私は楽をしてるの……?」
「人を救うのが仕事なのに、それすら出来ない私ってなんなの?」
「――私のいる意味って、何……?」
「……」
「……この役立たず!」
鋭い爪を自分の皮膚に思い切り突き立て、引っ掻く。始めにじわりと鈍い痛みが走り、血が滲んでいく。その後、ズキズキとした痛みが腕に走った。
「こんなので……許されない……」
「みんな救って欲しいって! 願ってるのにっ!」
自我を失い、ひたすら自分を痛めつける。身体なんてどうでもいい、人を救えなかった罰にはちょうどいいはずだ。
――そう思ってたのに
「っ……!?」
「アイリス! 何してるんだ! やめろ!」
ゲイルが突然部屋に入り、アイリスの腕をがっしり掴む。どうやら異変を感じ取って様子を見に来たようだ。血でまみれた彼女を、ゲイルは一喝した。
「なんで自分を痛めつけるんだ! そんなことで、死んで行った人たちが喜ぶか! ふざけるのも大概にしろ!」
「ひっ……!?」
普段温厚な性格のゲイルが、とてつもない剣幕で叫んだからか、思わず体が縮んでしまう。
バサバサと翼を動かし、まるで威嚇するかのように大きく開いていた。
「……自分を大切にしない人が、他人を大切にできると思うか?そんなわけないだろう? アイリス、君は自分に厳しすぎる」
「君の治療で、喜んでくれた市民の笑顔を忘れたのか?」
「っ……それは……」
「アイリス、悩みは分かち合うべきだ。そして、みんなで解決しよう」
「ゲイルさん……」
「ほら、医務室に行くよ。もう遅いから医師の方はいないだろうけど、簡単な手当てなら私でもできる」
ゲイルは血塗れのアイリスを、医務室へ連れて行った。
「ほら、消毒するから我慢して」
「うっ……っ……」
先ほどまでは大して痛く感じなかったのに、時間が経って傷口に針を突き刺されてるかのように痛む。
消毒液が染みて顔が歪むが、ゲイルは丁寧に傷口を消毒して、包帯を巻いてあげた。
「ほら、これで大丈夫だ」
「ありがとう……ございます……ゲイルさん……」
「……」
――バサッ……!
「ひゃっ!?」
「ほら、ぎゅーっ!」
突然ゲイルがアイリスを抱きしめ、大きな翼でくるんだ。それはまるで、天使の抱擁のようだった。柔らかい羽毛が肌をくすぶる。とってもふかふかで、暖かい。
「ゲイルさん……!? 一体どうして…………?」
「え?君がいっつもやってるじゃないか。ジュインとかマグにさ」
「こうすると、心が落ち着くんだよね?」
「そ、それは……タッチングで幸せホルモンのオキシトシンの分泌を促すことができるって聞いたから……」
「落ち着くのは、そういう科学的なことよりも温もりが安心を与えてるんじゃないか?」
「温もり……」
「そう、温もり……だからさ、落ち着くまでこうしてていいかい?」
「……」
しばらくの間、2人はハグを続けた。アイリスは顔を真っ赤にしてゲイルの羽に包まれ、彼女の体温を感じていた。
アイリスは心底思い知らされた、つらい時、励ましてくれる仲間がどれだけ大切か。どれだけ立ち直れそうにないことがあっても、仲間がいれば、前に進めそうな気がした。
そうしてハグが終わり、2人は医務室を後にした。ゲイルはそのまま自室に戻ろうとしたが、アイリスが彼女の裾をギュッと掴んだ。
「あの……ゲイルさん……今日は一緒に寝てくれませんか?」
「その……ひとりじゃ寂しくて……」
「えぇ?そんなこと言ったって……この前のジュインとマスターみたいに誰かに見られたらどうするんだい」
「……ダメですか?」
アイリスの顔がシュンと暗くなってしまった。
「ああもう!そんな顔しないでおくれよ!……仕方ないなぁ……」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
アイリスはゲイルの後について部屋へ向かった。
「ほら……早く入って」
部屋に着き、ゲイルがベットに入ると、彼女は布団を軽く持ち上げてアイリスに入るように勧めた。
もぞもぞとアイリスは隙間に入り込む。
「ふぁ~っ……暖かい……」
ゲイルの翼に顔をうずめて深呼吸する。たちまち顔が緩み、安心しきっていた。
「もう……あんまり翼を強く掴まないでおくれよ、羽が抜けちゃうじゃないか」
「あっ……すみません……」
「ふふっ……そんなに翼の感触が好きなのかい?」
「はい、とってもふわふわで……ずっと触っていたいです……!」
「飛ぶ時以外は邪魔だと思ってたけど、褒められると案外……いいものだね」
「……ゲイルさん」
「どうした?」
「私……ずっと勘違いしてました」
「昔は……ドクターみたいに、私も沢山の人をひとりで救おうと思ってました」
「でも……今思えばドクターもひとりで治療していた訳じゃありませんでした。患者さんをお世話する看護師の方がいて、薬を調合する薬剤師さんもいて……リハビリは理学療法士さんがやってましたね」
「……本当に大切なのは、仲間と共に試練に取り組むことなのかもしれませんね……!」
「……そうだねアイリス、人間はひとりじゃ大したことはできない。けど、仲間と力を合わせたからこそあれだけ発展できたんだろうね」
「平和への糸口も、考えを分かち合うことなのかな……」
「きっと、いつか、このエデンも市民が平和に暮らせるような時が来ますよ……! そのために、私たちが戦ってるんですから」
「……そうなればいいね、いつか……」
「少し話すぎたな……もう寝ようアイリス、明日も頑張らなくちゃ」
「そうですね……おやすみなさい、ゲイルさん」
「おやすみ、アイリス……」
「……」
ゲイルは、アイリスが寝冷えしないように翼で包みこんで目を閉じた。
――先の見えない未来を、2人は互いに支え合いながら進もうと誓った。