第9話「伝達者(メッセンジャー)」
「どうしたものか……」
マスターは基地内の武器庫で頭を抱えていた。
目線の先には、彼が愛用しているM4A1アサルトライフルが机に置かれていた。
その愛銃はバラバラに分解され、内部メカまでもが剝き出しになっていた。そして一本、機関部から取り外された細い筒が目に付く。
ガスチューブと呼ばれるその部品は、中央部が黒く焼け焦げて、わずかに歪んでいた。
「まいったな、スペアも無いのに……」
マスターは軽くガスチューブの穴に、クリーニングロッドを差し込もうとする。しかし途中で止まり、まったく通らない。
「ダメか……完全に焼き付いてる、これじゃガスが流れない……」
――なぜこうなったのか、それは数分前のことだった。
マスターは931小隊全員と共に射撃訓練を実施していた。非番の際でも、決して鍛錬を怠ることは許されないからだ。
ジュイン、マグノリア、ゲイル、アイリスが順番にターゲットに向けて射撃する。
――ダダダッ!
「うーん……やっぱりバラけちゃうなぁ……」
「アイリスは戦闘が主任務じゃないから仕方ないよ、サブマシンガンだからそれくらい当たってれば十分じゃないか?」
「そうですかね? ゲイルさん」
「ステン短機関銃ってもう数百年前の武器だからそこまで命中精度も良くないし……ストックとグリップの付いたMkVモデルだからこれでも狙いやすいはずだけど」
「しかし……いくら精密加工機械が無いからってこんな大昔の武器を再生産するってなぁ……」
「マグの使ってるやつの方がステンより古いモデルじゃないか」
「コイツはカッコイイからいいんだよ」
「見た目で武器を選ぶのか……M1887って第二次世界大戦より前に作られたものだぞ」
「そういうゲイルもモシン・ナガン? っていうの使ってんじゃねぇか。これも私のショットガンと同じくらい古いヤツだろ?」
「私のはストックを取り換えた近代化改修モデルだ、ポリマー素材でスコープも搭載できる。古くてもちゃんと使えるぞ」
銃に関する話で場が盛り上がる。この世界を生き残るには銃は必要不可欠だから、みんなある程度の知識を持ってる。
(どれ、私も撃つか……)
マスターも隊員の後に続いて銃を撃とうとする。マガジンに弾を込め、装填する。
そして目を澄ませ、集中してターゲットに向かってトリガーを引いた。
ガッ……
「!?」
発射された弾の後に鳴ったのは、何かが突っかかる不穏な音だった。
急いで薬室を確認すると、ボルトが完全に戻りきらず、途中で止まっている。
「なんだ……? 調子悪いな……」
そこまで整備は怠っていないはずなのだが……ボルトフォアードアシストを押し込んで閉鎖し、もう一度射撃する。
カッ……
撃てない、何かがおかしい。
エキストラクターの排莢不良か、はたまたファイヤリングピンの破損による発火不良か。原因は見た目じゃわからなかった。
「マスター、銃がどうかしたんですか?」
「ジュイン……銃が壊れてしまったみたいだ」
「え!? 大変じゃないですか! 早く修理しないと……」
「ちょっと武器庫で分解してくるよ、訓練が終わったら上がってくれ」
これが故障した経緯だ。メンテナンスキットが乏しいから、ガスチューブまで十分に手入れができなかったせいだろう。
交換すればまた動くのだが……精密部品であるガスピストンは、エデン地区の銃器製造工場では生産されていない。
第二次世界大戦期の銃と比べて複雑な構造のM4A1なら、なおさら手に入りずらかった。
「これは……またアイツに頼むしかないか?でも……」
机の上にあるM4A1を見つめながら悩んでいると、誰かが武器庫に入ってくる音が聞こえた。
「ここにいたか、『ルシファー』」
振り返ると、マスターより少し年上の、長い灰色の髪にミリタリージャケットを着た女性兵士がいた。
威厳あるその姿に、少し身構えてしまう。手には大きなガンケースが握られていた。
彼女の名はアンジェラ・ベール。インターセプト第01遊撃小隊と呼ばれる部隊の指揮官であり、マスターの過去を知る数少ない人物である。
そしてルシファー(堕天使)というマスターの二つ名。どうやらかつて、戦場で密かに呼ばれていた名前らしいが……詳しいことは不明である。
「その呼び方はやめてください、アンジェラさん」
「なんだ、本名を口にされたくないんだろう?これ以外になんて呼べばいいんだ」
「だとしても昔の二つ名も知られたくないんです、呼ぶなら普通に指揮官でいいじゃないですか」
「面倒だな君も……これでも私は上官だそ?」
「管理部隊は別でしょう。第01遊撃小隊以外に、口を挟まないでもらいたい」
「いつからこんなに冷たくなったんだ? 君は。はぁ……戦友なんだから少しは優しくしておくれよ」
「用件はなんです? さっさと言ってください」
マスターはいつもとは違った冷たい態度を取った。過去に何かあったのか、少し彼女との会話は避けたいようだ。
「……コイツの正体を調べてもらいたいんだ」
アンジェラは持っていた大きいガンケースを開ける、すると中には見たことのない銃が入っていた。
スナイパーライフルにも似たような長い銃だが、液晶付きのスコープなどが乗っており、何かメカメカしい気もした。
「なんですか、これ」
「先日、襲撃者の前哨基地から鹵獲された物だ。第三次世界大戦期の品に見えるが……詳しいことはわからないんだ。これがどんな銃なのか調べてくれないか?」
「ゲリラがなんでこんなハイテクそうな銃を……? AK-47でもかなり上等なものなのに。ていうか……なんで調査を私に押しつけるんですか」
「こっちは地区防衛で手一杯なんだ。君の部隊も忙しいのは承知だが、旧友の頼みだ、なんとかお願いできないか?」
「はぁ……ちょうどいい用事が入ってて幸運でしたね。いいでしょう、引き受けます」
「ありがとう!とっても助か……」
「ただし……」
マスターがアンジェラの言葉を遮るように口を開いた。
「替わりに931小隊の隊員の指導をお願いします、それと引き換えでどうですか?」
「えっ……! 私がかい!?」
「そうですよ、文句あります?」
「いや……なぜ指導が必要なんだ? 君たちの部隊は精鋭揃いじゃないか。私が手を出すこともないだろう?」
「私たちは、もっと強くなければならないんです」
「強くならなければ、いずれ死にます。あなたも……わかるでしょう?」
マスターが真剣な眼差しでアンジェラを見つめた。
「……わかったよ。カレ……違った、指揮官くん」
「アンジェラさん!」
「ごめんって! とにかく頼んだよ、指導はみっちりしてあげるから」
そういって彼女は、足早に武器庫を出ていった。
「はぁ……まったくあの人は……」
「……でも、これでアイツの所にいく口実ができたな」
――マスターはガンケースに入った謎の銃と、壊れたM4A1を担いで、エデンの街中へ向かった。
訪れたのは、路地裏にある怪しい建物。扉を軽くノックして中へ入る。
建物の中には数々の銃火器がぎっしりと並び、大量のパーツが乱雑に置かれていた。
中にはエデン地区では見かけないような、上質な銃がガンラックに多く立て掛けられていた。
「……いらっしゃい、おや? あんたはインターセプトの……久しぶりだね」
気だるそうな20代後半の男性がカウンターから話しかける。いかにもただものには見えなさそうだ。
彼はアルという武器商人だ。管理局の目を掻い潜って、武器を仕入れている。
非合法や職人でも、腕はピカイチなので、マスターはこっそりこの店に行っているようだ。
「私の銃の修理と、見てもらいたいものがあるんだがいいか?」
「もちろん、久々のお客さんだからねぇ……値段にガッツ、入れとくよ」
マスターはまず壊れたM4A1を手渡して壊れた場所を説明すると、アルは素早くライフルを分解し、予備部品を取り付けてあっという間に治して見せた。
「M4A1はいい銃だからな、長く使ってもらって嬉しいよ。ここで仕入れたAK-202も使ってくれてるかい?」
「うちの隊員が愛用してる。たいそう頑丈だって大切に手入れしているよ」
「そいつぁは、ありがたいな」
アルはクマのある目を少し開いて軽く微笑んで見せた。先ほど言ったように、931小隊の武器もこの店で買ったものを使っている。
良質な銃は正規ルートでは手に入らないからだ。ましてはあの厳しい管理局がまともな銃をくれるはずがないため、こうして裏から仕入れている。
「んで、見せたいものってなんだよ」
「これなんだが……メッセンジャーのお前ならわかると思って」
――メッセンジャー(伝達者)。
世界各地を巡りながら武器、弾薬、医療品などを売る行商人や、街の情報や伝言などを伝えたりする情報屋などを示す職業である。
文明衰退後、通信手段の多くが使えなくなった中、人の足で必要な物資や情報を届ける使者から広まった職業である。
汚染地帯やゲリラ・盗賊などの襲撃のリスクがあり、極めて危険な職業であるが。物流や情報伝達を担う重要な職業であるため、今日も多くのメッセンジャーが各地を巡りながら旅をしている。
マスターはガンケースからアンジェラに頼まれた例のライフルを取り出し、アルへ手渡す。
「第三次世界大戦頃の銃みたいなんだが……こんなの見たことなくてな、何かわかるか?」
「コイツぁ……HR-63じゃねえか!」
「なんだそれ?」
「第三次世界大戦中に開発されたハイブリッド式の携行型レールガンだよ。火薬で発射された弾を再加速させることで低消費電力ながら破格の貫通力を実現したとても貴重なもんだ……!」
――HR-63。
2063年に開発された個人携行型レールガンであり、対物狙撃に使用された。
12.7mm弾を使用し、火薬で発射された弾頭を電磁アクセラレータで再加速させるハイブリッド型を採用し、12.7mm弾を通常火器の数倍以上の弾速で射撃可能。
さらにバッテリーも特殊なものを使用せずに汎用性の高いものを使用可能であった。
徹甲弾を使用すると100mmほどの装甲を貫通することができ、対装甲車や対アンドロイド兵に対する切り札として活躍した。
「ソイツは現存数が少ないから、良い値がつくぜ……! 電子スコープまでついてるときたらそりゃもっと……」
「ってお客さん!? どこ行くんだよ!」
「金はこれだ、また頼むよ」
「ちょっと! それ売ってくれないのかい!?」
「悪いが、これは売りに来たんじゃないんだ。ただ調べに来ただけさ」
「なんだよ、ちぇ……まぁいいや……まいどあり」
少し強引に店を出たマスターは、すぐにインターセプト本部へと舞い戻った。
帰ってくるとアンジェラが931小隊全員に戦闘術を指導しているのが見えた。
「もっと照準を安定させて! そう! そう! 続けて!」
「すごい……しっかり当たるようになりました!」
「アイリスちゃんはセンスがあるね! これなら自衛できるくらいには戦えるよ」
(……あの頃と、根は変わってないな)
マスターはアンジェラに近付いて話しかける。
「あら、もう戻ったの? で、結果は……?」
「HR-63というレールガンだそうです、かなり貴重な品物のようですね……」
「そんなものがどうしてゲリラの手に……?」
「さぁ? メッセンジャーから買い付けたか……はたまた別の組織から手に入れたか……」
「……詳しい調査が必要ね」
「コイツは武器庫で厳重管理しておきましょう、いつか役に立つかも知れないですし」
――電子スコープの液晶が光を反射し、軽くマスターの顔を照らした。