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Glory Road(グローリーロード)~再生の楽園~  作者: Curious Sky
第1章「エデン地区編」
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第8話「絶望と、希望」

――ジュインは、薪のはぜる音に背を押されるように、口を開いた。


「……私が今こうなったのは、あの時の出来事のせいなんです」


――それは、今から2年前。私が15歳だった頃のことでした。


 当時ジュインは、母と、妹のクルムと暮らしていた。

 

 この時、ジュインにはまだ大きな馬の耳も、蹄も、そして尻尾もなかった。何1つ他の人間と変わらない、普通の少女だった。


 妹のクルムは、姉よりも明るく、他人を思いやれる優しい子だった。


 父は2年前に病気で亡くなり、母ひとりの身で二人を養っていた。

 

 貧しく、決して楽な生活ではなかったが、家族と過ごす日々はかけがえのない幸せだった。


 だが――その幸せはすぐに崩れ去ってしまった。


 1年後のある日、エデン地区で大規模な侵略が起こった。

 

 それも襲撃者はただのゲリラではなく、カルペ・ディエムと呼ばれる組織であった。


 ――カルペ・ディエム。

 第三次世界大戦後に現れた大規模テロ組織であり、数百から数千の兵士と、大量の兵器を保有していると言われている。

 

 第三次世界大戦にて多数の人間が死亡したにも関わらず、人類が滅亡していないこの状況を「生き地獄」と捉え、「Don't trust tomorrow, end it all today.」(明日を信ずるな、その日にすべてを終わらせろ)の信念の下、「救済」と称して各地の村や町を襲撃、大量虐殺を繰り返している危険武装組織である。


 この侵攻によりエデン地区はインターセプト対カルペ・ディエムの激しい攻防戦に突入。

 

 最終的に防衛に成功したものの、1000人以上の犠牲者を出す大惨事となり、エデン地区衰退の原因のひとつとなった。


 2人は激戦区だった家の付近から避難するように言われ、中央地区から必死に逃げていた。


「はぁはぁ……クルム! 早く!砲撃が来ちゃう!」


「お姉ちゃん待ってよ!」


 2人は手を繋いでとにかく遠くへ逃げた。母は家の物をまとめてから逃げる、と言ってついてこなかった。


 ――刹那、後ろから爆音が響き渡る。


 激しい砲弾とロケット弾の雨に建物は崩れ去り、瓦礫と化した廃墟だけが残った。

 

 さっきまでいた所が焦土になる光景が、ジュインとクルムのあどけない瞳に焼き付いていた。


 「あ……うそ……お母さん……?」


 「お姉ちゃん……! お母さん……生きてるよね?」


 クルムがジュインの服の袖を引っ張って呟く、家があった場所は、とっくに瓦礫に埋もれていた。

 

 ジュインは避難所へ着いた後、クルムを他の市民に預けて家のあった場所へ走った。


 「お母さん……お願い……生きてて……!」


 涙がこぼれそうになった、それでも微かな希望を信じ、走り続けた。


 ――あの光景を見るまでは。


 「ッ……!?」


 ジュインの瞳に映ったのは、瓦礫になった家の跡と、側に大量に転がる「人だったもの」

 

 あまりの多さに、マネキンの廃棄場とでも思ってしまう。だが確かに、血潮が巡っていた跡が垣間見えた。


 そして、ボロボロの壁に寄りかかるひとりの体を見た途端、彼女は膝から崩れ落ちた。

 

 「……嘘だ」


 「嘘だ噓だ噓だ! そんなわけない!」


 受け入れたくなかった。目の前にある血にまみれた亡骸が、あれほど愛していた母親だなんて。


 「お母さん! お母さん! 目を開けてよ! クルムが待ってるんだよ!」


 涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら必死に母の体を揺さぶる。だが、もう熱はとっくに冷め切っていた。


 「いやだよ……置いていかないでよ! お母さん! お母さん……」


 「ひぃぅ……うわぁぁぁぁぁぁん! なんで! どうして!」


 「返してよ! 返してよ! 全部全部返してよ!」


 悲痛な叫びが、中央エデン地区の廃墟に木霊した。

 

 誰にも届くはずない叫びが、響いていた。


 ――結局、ジュインは避難所に戻り、クルムを迎えに行く。


 「お姉ちゃん……? お母さんは?」


 「……」


 「お姉ちゃん……!?」

 

 何も言わず、クルムに抱きつく。

 

 「クルム……お母さんはね……お母さんは、遠いところに行ったよ」


 「え……?」


 「……今日から、私たちで頑張らないと」


 「そんな……お母さん……うぅ……」


 とてつもなく、つらかった。妹が必死に泣くのを堪えているのに、あれだけ泣き喚いた自分が惨めに見えてしまって。

 

 その後、管理局から僅かなお金と仮設住宅を援助してもらい、2人はなんとか生き延びた。


 暗い日々が続いた、ジュインはクルムを養うために日雇いの仕事を掛け持ち、汗水垂らして精一杯働いた。

 

 貧しく、食べ物に飢える貧しい日々。それでも、ジュインは幼いクルムを悲しませまいと、亡き母親の代わりに愛情を与えた。


 家にいる時は、できる限りクルムの側にいた。食事の際も、寝る時も、常に一緒にいた。


 「お姉ちゃん……おやすみなさい」


 「クルム、おやすみ」


 2人はギュッと、体を抱きしめながら、隙間風が冷える夜を過ごした。

 

 薄い布団で寒いけど、2人で寝ればたいそう暖かかった。


 ――あの悲劇さえなければ、幸せな夜だっただろうに。


 すっかり眠りについたジュインは、クルムに揺す振られ、目を覚ました。


 「お姉ちゃん起きて! なにこれ……何か変……」


 「んっ……何? どうしたのクルム……?」


 「って……クルム!? なんなのこれ!?」

 

 クルムの姿を見ると頭にはピンと立つ、馬のような耳が生え、尾骶部からは髪と同じブラウンの尻尾が生えていた。驚いてベットから飛び起きる、すると足に妙な違和感を感じた。

 

 コツン――と素足から聞こえるはずのない硬い音。

 

 「なにこれ……足が……!」


 ジュインは自身の足裏が、サンダルのように薄い蹄で覆われていることに気が付いた。

 

 それだけじゃない、慌てて鏡を見ると、妹と同じように大きな馬耳と尻尾が生えていた。

 

 一晩の内に、普通の人間から特異な獣人へと姿を変えてしまった2人、原因は「ダアド病」と呼ばれる原因不明の奇病であった。


 恐怖と混乱の中で震える姉妹は、お互いを抱き締め、夜が明けるのを待つしかなかった。


 ――だが夜が明け、待っていたのは救いではなく、絶望であった。


 その姿を見た近隣の住人たちは2人の姿に恐怖し、思わず声を上げた。


 「おい! ダアド病の感染者がいるぞ!」


 「化物だ! あっち行け!」


 「この悪魔め……ぶっ潰してやる!」


 心無い罵詈雑言が飛び交い、石を投げる者までいた。

 

 戦乱のエデン地区で突如として出現したダアド病に市民は恐怖し、「悪魔の仕業だ」とか「死神の遣い」と言い。戦争の恨みをすべてダアド人になすりつけたのである。


 「お願い、やめて! 私たち、何もしてない……!」

 

 しかし、彼女の声は届かなかった。

 二人は人目を避けるため、フードを被り、路地へと逃げ込んだ。


 訳が分からなかった、昨日まで普通に過ごしていた人々に蔑まれるなんて。

 

 クルムは恐怖で震え、ジュインに抱きついて離れなかった。


 「お姉ちゃん……なんであの人たちは、私たちにあんなひどいこと言うの……?」


 「わからない……わかんないよ……!」


 それからは、市民に見つからないように、隠れて過ごすようになった。

 

 その日の食事すら困るようになり、ゴミを漁って腐りかけのパンを食べる悲惨な日々が続いた。


 生きる意味など、とっくに忘れ去ってしまった。今はただクルムを守るために、もがき続けるしかなかった。


 しかし――神は、それすら許してくれなかった。


 いつものように、ゴミ捨て場で使えそうな物を探していた時。突然姉妹の前に複数の市民が現れた。


 「おい、いたぞ! ダアト人だ!」


 「怪物がノコノコ、この街を歩くんじゃねぇ!」


 ジュインとクルムは一目散に逃げた。皮肉にも、変異の影響で身体能力が格段に上昇し、並大抵の人が追いつけないほどの速度で逃げることができた。

 

 しかし相手は道を先回って待ち伏せするなどして執拗に2人を追い続けた。狭い路地を必死に駆け抜け、なんとか振り切ろうとするも、振り切ることができない。


「はっ……! はっ……!」


「このままじゃ……クルム! ここは一旦隠れてやり過ご……」


 「……クルム?」


 ふと後ろを見ると、一緒に逃げていたクルムの姿が見えない。逃げることに夢中なりすぎて、はぐれてしまったようだ。


 「嘘でしょ……!? クルム、どこ……?」


 「っ……!? しまった!」

 

 あたふたしているうちに道を塞がれ、囲まれてしまった。ジュインは……想像することすら、耐え難い苦痛を受けた。


 「くたばれ怪物め!」


 「全部……全部お前のせいだ!」

 

 気を失いそうな痛みが走り回る。必死に体を丸めて守るが、意味をなさない。

 

 体中アザだらけになり、泣きながら許しを請いた。


 「ごめんなさい! 許してください! もうやめて……!」


 「黙れダアト人が! おい、アレ持ってこい!」


 ひとりの市民が鋭く光る物を持って近寄る。ジュインは必死にもがいて逃げようとするが、ガッチリと体を押さえつけられ、動くことができない。


 「嫌だ! やめて! 助けて! 放してよぉぉぉ!」


 ――ザシュ!


 鋭い音と共に、血と何かが落ちた音がした。


 「あああああああ! 痛い痛い痛い!」


 耐え難い痛みに視野が暗転する、路地に残っていたのは、尾を切られた哀れな馬だけだった。

 

 血溜まりに、体を濡らしたアザだらけの体が、静かに横たわっていた。少しして、目が覚めたジュインは絶望した。母と父がいる所に行けなかったことを。


 「……なんで?」


 「なんで私、生きてるの……?」


 もう限界だった。これ以上、生きる意味なんて見いだせない。ジュインは誰かがこの路地に足を踏み入れ、終止符を打ってくれることを強く願った。


「誰か……トドメを刺してよ……もうつらいよ……」


 ――その願いが叶ったかのように、誰かの足音がする。


 「……やっと」


 「……やっと……死ねる……」


 最後の最後に、願いが叶った。それだけが救いに感じられた。

 

 ジュインは動けない体に、ほんの一瞬の痛みが走るのを待った。天の母と父に、会いに行けるよう願って。


 倒れたジュインを覗き込んだのは、口をバンダナで隠した若い青年だった。

 

 顔がよく見えないが、凛とした目で彼女を見つめている。早く楽にしてくれないだろうか、ただ待ち続けていた。


 ――でも、いつまで経っても痛みは訪れなかった。

 

 その代わりに、青年はジュインの体を抱え、歩き始めた。


 ジュインは訳もわからず、混乱していた。それと同時に、恐怖で体を縮こまらせた。死ぬよりも恐ろしいことをされるのではないか、そう思ったからだ。


「いや……こわい……」


 逃げようと体をくねらせようとするが、傷だらけで少しも動かせない。怯えた瞳の彼女に、顔を隠した青年はふと立ち止まり、こう呟いた。


「……生きたいか?」


「え……?」


 突然の言葉に思わず驚いてしまう。さっきまで、自ら死を望んでいたのに、生きる理由なんてなかったのに。


 ――どうしてその言葉が聞きたかったのだろう。


 涙が、溢れて止まらない。本当に、久しぶりに人の優しさに触れた。

 

 同時に、クルムの姿が目に浮かんだ。ここで死ねない、あの子に会うまでは。


 ジュインは、まだ彼を完全には信じられなかった。裏切りが、どれほど怖く思ったか。

 

 それでも、僅かな「希望」にすがりたかった彼女は、恐る恐る口を開いた。

 

「……生きたい」


 その言葉を聞いた彼の顔は、微かに動いた。優しく、優しく、ジュインを抱えて歩いていた。


 青年に連れてこられたのは、古びたバラックだった。彼はベットにジュインを寝かせて、ケガの手当てをした。

 

 血で汚れた体をタオルで拭きながら、包帯を優しく巻いていく。


 「……尻尾、切られたのか」


 ボロボロのジュインに、青年は様子を伺いながら手当てを続けた。


「あなたは……誰?」


「……ただの落ちこぼれさ」


「なんで……私を助けたの?」


「知らない、けど傷ついた人を見ると、こっちの気分が悪くなる」


「……だからこうやって手当てをしてる」


 そうして処置が完了した。痛んでいた傷口が、大分マシになった気がした。


「……腹、減ってるか?」


 ジュインは小さく頷いた。すると青年はキッチンへ行き、野菜を素早く切り刻んだ後、鍋に放り込んで煮込んだ。


 しばらくして、青年は一杯のスープを持ってやってきた。


「熱いから……気を付けて飲め」


 そうしてジュインにスープを差し出す。ジュインはゆっくりとスプーンを手にとって、スープを口に運んだ。

 

 少ししょっぱかったけど、野菜の優しい味がした。まともな料理を食べたのはいつぶりだっただろうか。


 ――温かいスープに、水滴が落ちて波紋が広がる。


「……! 舌、火傷したか……?」


「ううん……違うの……大丈夫……」


 ポロポロと、涙が溢れた。こんなに優しくしてくれる人が、荒れ果てたをエデン地区にいたなんて信じられなかった。

 

 ジュインは泣きながらスープを飲み続けた。その最中も青年が、彼女の背中をさすって慰めてくれた。


 スープを飲み終わったジュインは、感謝の意でいっぱいだった。彼に何度も感謝を伝えた。


 「本当に……ありがとうございます……! あなたがいなかったら、私……」


 「礼はいい、ところで君、帰る場所はあるのか?」


 「……無いです、私にはもう……何も……」


 「……なら、私が面倒を見てあげよう。こんな粗末なバラックでもいいならね」


 「本当ですか……!?」


 「また外で野垂れ死んでもらっても困る、嫌でないならここにいてくれ」


 「うぅ……ありがとうございます……」


 「あの……お名前は……?」

 

 「……名前は、言えない。誰にも知られたくないんだ」


 「ではなんて呼べばいいですか……?」


 「……適当に、君が好きな呼び方で呼んでくれ」


 少しぶっきらぼうな言い方で、呟いた。


 「……では、『マスター』と呼ばせてください」


 「……マスター」


 彼は少し困った顔をした。ただ少女を助けただけなのに、その子に「主人」だなんて呼ばれるのは恥ずかしい気がした。


 「まあ、それでいい。君の名前は?」


 「……ジュインです」


 「ジュイン……か、これからよろしくな、ジュイン」


 「こちらこそ、よろしくお願いします……! マスター」


 それから、ジュインとマスターは生活を共にすることになった。ただ、賞金稼ぎをしていたマスターの稼ぎでは満足に暮らせないと判断して、インターセプトへ志願し、入隊したのだ。


 ――これが、マスターとジュインの出会いである。


「今思えば、奇跡でしたね。あなたに出会えたことも」


「……さぁね。それで、そのクルムは見つかったのか?」


「……いいえ、あの後も捜索はしたのですが……見つけられませんでした」


「生きてるかは……わかりません」


 ジュインが、暗く呟く。


「どんな時でも希望は捨てちゃダメだ、その目で確かめるまでは」


 「マスター……」


「信じよう、妹が、まだどこかで生きてることを」


 しばらく2人は、身を寄せて焚き火を見つめていた。


 ――星空の下、希望を見つけようとする2人を、月が静かに見守っていた。

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