第7話「過去を抱えて」
――どれほどの時間が経ったのだろう。
「……」
マスターは医務室のベットの上で横たわるジュインを、心配そうに見つめていた。
彼女の痛み、苦しみ、恐怖、全部察してやれなかった。そんな自責の念が、マスターの心を容赦なく抉る。
ふと、彼女を助けたあの日の惨状が脳裏に浮かんだ。
血だらけ、傷だらけで尾を切られ、路地に倒れていた彼女を、優しく抱き上げたあの日。
「マスター」と呼ばれるようになったあの日、あれからすべてが始まった。
震える彼女の痛みを受け止めて、大丈夫と言った日。
彼女と共にインターセプトに入隊し、931小隊の仲間たちと出会った日。
仲間と共に戦い、生きる理由を必死に探した日。
すべて、彼女と出会わなければ、存在しなかっただろう。彼女に生きていてもらいたい、その一心で今日を生きてきた。
「ん……」
ふと、床に向けていた視線をベットに戻す、どうやらジュインの意識が戻ったみたいだ。
「ジュイン……!」
「……マスター?」
「大丈夫か……?」
「私は……いったい何を……」
「……突然パニックを起こして暴れたんだ」
「……すみませんでした、マスター。私……あの時のこと、思い出しちゃって……」
「もういい、何も話すな。」
マスターはジュインの言葉を遮って医務室を出ようとした。ドアを開けたその時、マスターは振り返ってこう言った。
「……気持ちが落ち着いたら、外に来てくれ。話がある」
――ただひとりの医務室。ベットの上で、ジュインは深く息を吸った。
数分後、ジュインは医務室を後にしてマスターを探した。ただただ不安で胸がいっぱいになる。
捨てられるのではないか、前にマグノリアから言われたことが現実になりそうな気がしてならない。緊張で、彼女の耳は左右バラバラに動いていた。
しばらく基地内を歩いていると、建物から少し離れた所に、焚き火を見つめて丸太に腰掛けているマスターを見つけた。
周りはすっかり暗くなり、人もいないからか、薪がパチパチと弾ける音が鮮明に聞こえた。
「座ってくれ」
ジュインは恐る恐る、マスターの隣に座った。
「ジュイン、単刀直入に言う。何か隠してるだろ」
真剣な眼差しでジュインに問い詰める。ジュインは一瞬たじろぐが、すぐに口を開いた。
「……いいえ、何も」
「嘘をつけ」
ジュインの言葉を遮るように、マスターが言う。
「最近、明らかに様子がおかしい。少し前までは、ここまでひどくなかっただろう?」
「それは……」
「ジュイン、私はこれ以上君の苦しむ姿を見たくないんだ。君を助けたのは、兵士として戦わせるためじゃないぞ」
マスターがジュインの澄んだ瞳を見つめ、落ち着いて続ける。
「仲間をもっと頼って欲しいんだ。つらいことがあったら、ひとりで抱え込まないで、話して欲しい」
――彼女の瞳に、揺れる焚き火の炎が映っていた。
ジュインは覚悟を決め、重い口を開いた。
「……妹のことを、考えていたんです」
「妹……?」
マスターは思わず目を大きく開き、驚きを隠せない様子だった。
ジュインと出会って1年近く経つが、妹がいたなんて聞いたことがない。
「ごめんなさい……ずっと隠してたんです」
「私には3つ下のクルムという妹がいたんです。マスターと出会う少し前に、はぐれてしまいましたが……」
暗闇を照らす焚き火から火の粉が散り、薪が崩れた。
――ジュインは、心の奥底にしまい込んだ、暗い記憶を思い出す。
マスターもまた、あの時の記憶を辿った。