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見た目に執着する女

休日の朝、電車に乗った彼女は焦っていた。約束の時間まであと30分。友達との待ち合わせに遅れそうだ。顔もまだすっぴん。家でメイクする時間などなかった。


鞄からポーチを取り出し、コンパクトを開く。電車の揺れに注意しながら、急いでファンデーションを塗る。アイラインを引きながら、周囲の視線が気になった。マナー違反と非難されても仕方ないかもしれないが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


「必死だねえ。」


不意に横から声がした。驚いて顔を上げると、隣の座席に座る痩せた男がこちらを見ていた。髪はぼさぼさで、着ている服もどこかだらしない。


「え?」


「いや、こんな揺れる電車の中でよく化粧なんかできるなって感心してさ。」


「放っておいてください。」


彼女はそっけなく答え、視線を再び鏡に戻した。が、彼の声は止まらない。


「そんなに急いで化粧するってことは、大事な人に会うの?」


「別にあなたには関係ないでしょう。」


男は肩をすくめた。

「まあそうだね。でもさ、そこまで急いで化粧するのって、なんか必死すぎない?」


その言葉に、彼女はイラッとした。


「女性にとって化粧はマナーなんです。時間がなかったから、こうして電車でやってるだけで――」


「それ、本当にマナーなの? それとも、見た目を整えないと自分の価値が下がると思ってるだけ?」


彼女は言葉に詰まった。その瞬間、電車が揺れ、手に持ったアイライナーがずれてしまった。


「ほら、無理するからだよ。」男が笑いながら言う。


彼女はポーチを閉じ、ため息をついた。


「……そんなこと、考えたこともありませんけど。」


「考えてみたら?」男は何気ない口調で続けた。「例えばドイツ人はさ、化粧を必須とは思ってないんだって。化粧って『余裕がある時だけするオプション』らしいよ。」


「それがどうしたんですか?」


「いや、日本人って化粧をマナーだと思い込んでるけど、実は誰かに見られるためにやってるだけなんじゃないのかなって。そうじゃないなら、なんでわざわざ電車でまで急いでやるんだろうって思っただけ。」


その言葉が胸に刺さった。自分は誰のためにこんなに必死になっているのだろう?友達と会うのに、多少すっぴんでも気にしないはずだ。それなのに、いつもどこかで「ちゃんとしなきゃ」という思いに追い立てられている気がした。


彼女は反論しようと口を開きかけたが、結局何も言わずに口を閉じた。


電車を降りて、待ち合わせ場所に向かう途中、ふとウィンドウに映った自分の顔を見る。急いで仕上げた化粧は、どこか中途半端だ。それでも、きちんと整えた自分を見て少しだけ安心する自分がいるのも事実だった。


友達と会った時、「寝坊しちゃって、電車で化粧したの」と笑い話にすると、友達は「別にすっぴんでも良かったのに」と軽く言った。その言葉が、何故か彼女の胸に小さな波紋を広げた。


あの男が言った「自分の価値を化粧で保とうとしている」という言葉。友達の何気ない「すっぴんでも良かった」という一言。その二つが交差して、彼女はしばらく自分の中で考え続けた。


「私は誰のために、何を隠しているんだろう?」


その問いの答えはすぐには見つからなかったが、彼女はそれでもいいと思った。


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