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9 帰宅とはじまり

 すっかりロウユエの街を堪能しきり、腹も膨れた二人は、昼過ぎの街をエルフの森へと引き換えしていた。とりあえずたらふく食いまくった二人は、当初の視察の目的を半分忘れていたような気もするが、堪能するのもまたひとつの目的だ。没頭するくらいにはロウユエの地が魅力的であることが分かった。

 崖から降りる際もまた、問答無用で担ぎ上げられた桐吾は、これは下るほうが怖いことを身を持って体験した。地面が一定のテンポで着実に近づいてくるのを眺めながら下るのは、ある程度相手を信頼していても怖いものは怖いのだ。

 異国どころか異世界で、朝から半日ほど歩き回り、且つ視察も兼ねていたため頭も使うとなると疲労は多大なものになる。当然エルフよりも体力的に劣る桐吾は、歩くスピードをいくらか落としながら、二人のエルフの背中を追っていた。

 そんな桐吾を見かねたからだろうか、若干不服そうな表情を浮かべたヴィラは木製の器をいつの間にか手に持っていた。


「飲め。ヌーニウだ」


 桐吾にはヌーニウが何かも当然分からないが、思考の働いていない桐吾はそのまま器の中に入っていた液体をぐいと喉に流し込んだ。


「うまっ……なんやこれ」


 さきほどまで食べていたこってりした味付けや、重みのある食事とは異なるすっきりと喉を通り過ぎていく水分。どこかハーブのような、爽やかな薬草のような香りが鼻を擽った。胃に溜まっていたずっしりとした重みと、体中に広がっていた疲労が、すこしはましになっていくようだ。


「だからヌーニウ……ああ、そちらの世界には無いのか。果実だ。軽く爪を立てると乳白色の液体が出てくる果実で、栄養価が高い」

「ほーん……これ温かいけど、いつの間に温めたん?」

「ヌーニウの果汁は湯気が経つほど熱い。だから特に温めていない。二つに割って、注いだだけだ」


 こういったいかにも地球には存在しない自然現象を体験するたびに、桐吾は異世界に居ることをまざまざ実感する。

 とはいえ、勇ましくヴィラの相談に乗ると決意したものの、目の前の問題が山積みだ。

 そもそも桐吾は自然学者でも、街の復興に詳しい不動産業者でも行政関係者でもない。ただのしがないサラリーマンだ。どうしてそんな桐吾が、古来の魔法だとかそんなものでここに呼ばれたのだろうか。思考を停止していたが、あまりにも自分が適任者ではあると思えない桐吾だ。だが、そこを気にするのはやめた。


「とりあえず、今日の現地視察、ヴィラ的にはどやった?」

「本で読みこんだ知識を実際に見ることが……意味があるのか。昨晩はそのように考えていたが」

「えっ、やっぱ乗り気やなかったんや」

「だが。実際に呼び込みたい相手や、その相手が生活している様子を眺めて、実感した。何が必要なのかを考えるとき、目の前の相手を見ず文字や絵だけを見つめ返しても、あまり意味も無いのだと」

「ほら、俺の言った通りやろ」

「お前のその、すぐ調子に乗るような口ぶりは非常に苛立たしいが、同意だ」


 一言多いねん、と桐吾は砂利を蹴飛ばした。くさくさした気持ちをやっつけようにもどうにもならない。桐吾は、空を見上げた。



「じゃあ俺はそろそろお暇させてほしいんやけど」


 今の時刻が昼過ぎであるならば、この時刻で帰れば十二時間後。月曜日を回った時刻に向こう側に付くはずだ。さすがに帰宅してすぐ寝ても、疲れは取れる気がしない。朝一の会議も入っていなかったはずだと頭の中でスケジュールを確認した桐吾は、午後出社にしようと心に決めていた。


「次はまた天の雫が満ちる夜にお前を呼ぶ」


 どうやら「金曜の夜」のことを、こちらの世界ではそのように表現するらしい。天の雫とは、こちらの世界での「月」のような天体で、一週間の周期で満ち欠けを繰り返すそうだ。一番天の雫が満ちるときが、古代魔法が発動しやすいのだと、昨晩ヴィラは熱心に桐吾に語っていた。

 桐吾はそういえば、と自身を顧みる。「魔法」だとかそんなもの、素直に受け入れていたけれど、非科学的な事象をありのまま受け入れているなと。だがしかし、そもそもここに送り込まれた諸悪の根源が「魔法」なわけだから、信じるも信じないもないか、と独り言ちた。桐吾にとってこの世界における魔法は、紛れもない「事実」になりつつあった。


「ヴィラ、分かっとるよな、俺に頼り切りにせんと、次来た時になんか案考えとくんやで」

「言われなくても当然だ」


 本当に分かっているのか。桐吾はその点が不安になり、ヴィラに真正面から向き合った。ただならぬ雰囲気を察したのか、ヴィラもやや緊張の面持ちで、襟元を正した。


「改めて言うけどな。俺は他人の意見を聞いてそれに従ってばかりのやつは嫌いやねん。次来た時までに何かしらプロジェクトを進めてくれてなきゃ、俺はお前をパートナーとしては認められへんからな。もちろん俺かて、あっちの仕事は進めつつやけど、こっちのこともちゃんと考える」

「……わかった」

「あとな、俺はあっちでの生活に十分満足しとる。向こうでの生活を削ってまで、お前たちの世界に尽くせへん。それは分かってな」

「……」

「なに、これでも俺はかなり譲歩……」

「トウゴ」 


 話を遮られ、むっつりと桐吾は黙り込んだ。つらつらと離しながら歩いていた二人は、いつの間にか精霊樹の前までたどり着いていた。入口がここならば、帰るための出口もここなのだろうと桐吾には見当がついていた。


「お前を一目見たとき、正直コイツが使えるのか、古代魔法は失敗かと自責の念に駆られた」

「はあ」

「だが、お前と会話し、対話して。今日、見るべきものを見るという行動を移すことができて、『自分が変わりつつある』。そう実感した」

「ふうん。ええやん」

「だからお前に与えられた課題はきっちりとこなしてみせる」


 目の奥をきらりと輝かせて、大きく口に弧を描いたヴィラは、そっと桐吾の肩を、洞に向かって押した。哀れ桐吾は抵抗する間もなく、洞に向かって後ろから倒れ込んだ。

 いきなり押す奴がおるかいこのドアホ! と怒鳴る桐吾の罵声は、響くことはなかった。なぜならば精霊樹の洞の中の闇に、吸い込まれるように体が溶け込んでいったからだ。この感覚を一度桐吾は体感している。そう、自分の玄関扉を開けて眩い閃光に吸い込まれたときと全く同じであった。

 気が付けば、桐吾は見慣れた自宅の玄関に尻もちを付いていた。のろのろとポケットからスマートフォンを取り出し、画面を明るくする。表示された日付は週明け月曜日の深夜を回ったところであった。

 先ほどまで体験していたことが夢でないことは、桐吾にとって確かであった。なぜならばスーツは泥にまみれていたし、こってりしたものを食べつくした影響で、非常に耐えがたい胃もたれが三十を目前にした桐吾を襲っていたからである。

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