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8 舌鼓を打つ王子様

 とりあえず二人は人気のありそうなものを一通り、かたっぱしから口に入れることにした。まず目についたのは、店頭に並べられた串焼きにされたブロック状の薄桃色の肉の塊。注文すると、じゅうじゅうとその場で炭火で網焼きにされ、なにかの液体の入った壺にどぷん、と肉が浸された。そしてそのままくるくる串をかき混ぜ、引き上げてしっかりとタレのようなものが絡んだら再び網の上へ。いっきに肉と焦げたタレの薫りが鼻へと襲い掛かる。しっかりと焼けたそれは串を抜かれると、とても薄い白い皮の中央に乗せられ、包装されるように四つ折りにされた。あつあつ出来立ての肉のクレープのようなものを、桐吾とヴィラは圧倒されるまま受け取った。ハルナシーシの分は注文しなくてもよいのかと確認した桐吾だったが、「わたくしは護衛です。両手を塞ぐ訳には参りませんので」と断られた。

 二人で顔を見合わせ、とりあえず口に入れてみる。瞬間、じゅわじゅわと肉汁が口内に広がった。脂身の少ない肉だが筋はある。だが丁寧な下処理が施されているのだろう、力を入れずに歯を立てただけで、口の中でほろりとほどけていく。恐らくこの生地がなければほろほろすぎて上手く食べれなかったのではないか。手を汚さないために包まれたのではと考えていたが、肉の食感を最大限に生かすための調理方法だったようだ。


「うんま……醤油とソースの合いの子みたいな味や……ん? 魚介の風味もする、ような……オイスターソースが近いんやろか……」


 複雑な風味を読み解こうと桐吾が目をつむり、舌鼓を打っていると、ふとヴィラの様子が気になった。昨晩と今朝の食事はかなりあっさりとした味付けだった。もし百年近くその食文化に親しんできたのであれば、この食べ物は刺激が強すぎるのではないか。そんな桐吾の懸念は、しかしヴィラの横顔を見れば杞憂であることは明らかであった。

 ヴィラはきらきらと瞳を輝かせていた。美しい相貌がさらに輝きを増している。ただでさえエルフというだけでも人目を引くというのに、更に目立ってどうする。こっちは視察に来てるんだぞ、と桐吾は慌ててヴィラの裾を引っ張ると、裏路地へヴィラを引きずり込んだ。


「トウゴ。これは……美味しい」

「エルフの口にも合うんか、それならよかったわ」

「こんなに味付けの濃いものを食べたのは生まれて初めてだ。だから最初は舌が可笑しくなったかと思ったが、噛めば噛むほど、美味しい、とそれだけしか浮かんでこない」


 こいつ、こんな顔もできたんだなと桐吾は感心しつつ、ヴィラが食べ終わったことを確認するととっとと路地裏から退散し、辺りを見渡すと次なる食材に目を付けた。今度は陶器で出来た片手で収まる茶色い壺が、店頭にずらりと並べられている屋台がある。蓋をしていないその壺には、割り箸のような木の棒が一本ずつ、無造作に突っ込んであった。文字が読めないため、何が入っているのかが分からないが、どこか刺激的なスパイスの薫りが漂ってくる。


「これ、なんや?」

「おう、お客さん。これは名物、ヤンイェンの壺煮込みよ。イェン魚の活きのいいのがはいったから、今日は格別にうまいぜ」


 イェン魚とはなんだろうと思ったが、魚介類だということは分かった。とりあえず二つ注文すると、すかさずヴィラは銀貨を懐から出した。体格のよい店主が二つの壺を差し出したため、ひとつずつ受け取る。そのままぶらぶらと二人歩きながら、壺に突き刺さった棒を引き抜いた。

 棒に突き刺さっていたのは小壺に丸ごと収まるほどの小ぶりの魚の姿だった。これがイェン魚と呼ばれる魚だろうか。シシャモのような細い魚だと桐吾は思ったが、背びれが長く広い。それよりも桐吾の目を引き鼻を襲ったのは、魚にまとわりつく粘りっこい赤色のタレだ。ありえないほどの真っ赤なタレは、桐吾の住まう隣国の料理で使われるような色使いだ。これはもし「唐辛子」の色味であるなら、相当の辛さであるはず。だが、このロウユエの地に唐辛子に値するものはあるのか? 様々考えを巡らせていた桐吾だったが、はっと我に返った。あれだけあっさりとした料理に親しみ続けたエルフのヴィラだ。先ほどの料理よりも明らかに刺激的な料理を何の前情報もなく、いきなり口の中に突っ込んでしまえば大変なことになるのではないか。桐吾は慌ててヴィラが口の中に入れるのを止めようと、右隣を歩いているヴィラに声をかけようとした。

 だがしかし、遅かった。口の中にタレをたっぷりまとったイェン魚を、半身ほど口の中に運んだヴィラは、魚を思いきり嚙みちぎっていた。


「ヴィラ!」


 思わず桐吾は悲鳴交じりの声をかける。三拍ほど、無言で咀嚼していたヴィラは、次の瞬間片手で口元を抑えた。桐吾の予想通りの反応だ。桐吾は勢いよく振り返り、ハルナシーシに向かって焦りながら声を投げかけた。


「あかん、ヴィラになんか飲み物持ってきてあげてや!」

「っ、承知した」


 主人の明らかな変貌にハルナシーシも気づいたのだろう。人混みをすいすい掻き分け、飲み水を提供している場所を探しに駆け出して行った。


「おい、しっかりせえ、ヴィラ。辛かったんやろ」


 桐吾は小壺を片手にヴィラの背中をさする。ぐっと眼がしらに力を入れたヴィラは、眼力が恐ろしいことになっている。そんな道の真ん中で硬直して動かなくなってしまったヴィラを、すいすいと周りの人たちは器用に避けて歩いている。


「殿下、水をお持ちいたしました」


 はあはあと息を切らして駆けつけてきたハルナシーシは、透明の小瓶に入った水をちゃぷちゃぷと揺らしながらヴィラに手渡した。壺と引き換えに小瓶を受け取ったヴィラは、ごくごくと勢いよく喉を潤した。


「殿下、いかがですか」

「ヴィラ、ちょっとは落ち着いたか」


 ハルナシーシと桐吾の双方から声をかけられたヴィラは、瓶の水を一気に飲み干すと、首を小刻みに横に振った。


「電気が……」

「電気?」

「バチバチと、口の中ではじけ飛ぶような、そのような感覚だった」


 なるほど、もしかして激辛料理を食べたことのないエルフは、刺激的な味わいをこのように表現するのかもしれない。実は桐吾自身も辛い物に対してそれほどに耐性があるわけではないのだが、試してみるほかない。魚の頭の部分だけを、唇にタレが付かないように慎重に噛み千切った。

 しゃく、と耳障りの良い魚の嚙みちぎられる音がした。壺で煮込まれていると告げられた割には噛み応えの良い食感だった。舌が魚とタレに触れる。ぴりっと、口内に刺激が走った。

 するとぱちぱちぱちっと細かな電流が流れるような、味わったことのない感覚。そして襲ってくるのは辛み。だが、タレの赤色の割には激辛のような刺激はない。どちらかと言えば桐吾の味わったことのないぴりぴりとした繊細に口の中を走り回るような、静電気のような感覚が物珍しい。これで大騒ぎするようなものではないが、あれだけ淡泊な食事を好んでいたエルフが思い切り嚙り付いたら動揺するのも納得だ。


「やけど、これ美味いなあ」


 新食感ではある。だがそれだけではない。魚特融の青臭さの一切ないイェン魚は、骨ごとぱりっと嚙みつけば、小魚のわりに肉厚で、少しばかりの苦みが、刺激的なタレと絡み合って独特の風味がある。ぱちぱちした刺激になれて、二口、三口と食い進めていけばあっという間に完食してしまった。


「……おい、ヴィラ。無理することないで」


 ヴィラは半分残った串に刺さった魚を見つめていたが、タレをツボのヘリにこすり落として魚からタレを減らすと、少量を口に含んだ。


「この汁が大量に付いてなければ……いける」

「あ、ヴィラ的にはありなんや」

「……食べれば食べるほど、刺激に慣れてくる」


 ちまちま、と小さく食むヴィラは、適応能力に優れているのか、最初の衝撃が嘘のように食べ進めていた。そういえばエルフは身体能力に優れている種族、もしかしたら食材への適応の高さもこうして発揮されていくのかもしれない。

 壺料理を食べ終えた二人は、それから目についた料理を一通り堪能した。簡易的な茶色い紙の箱に入れられた、細長いパスタのようなものが細切れになった、茶色いスープ。串にささった丸い団子状のものに、乳白色の密がたっぷりかけられたスイーツ。ただシンプルに、塊肉が焼かれ、それを角切りにしただけの料理かと思えば、中に小さな卵が詰め込まれており、とろっと中から飛び出すもの。涙型に挙げられた、得体のしれない謎のフライは、店主に中身が何なのかを聞いてもにこにこと答えてはくれない意地悪にもあった。食べてみれば外はあつあつなのに中身はキンと冷えた謎の野菜だった。これは味を楽しむというよりびっくり食感を楽しむようなものなのだろう。案の定、ヴィラは驚き飛び跳ね、素早い瞬きを繰り返していた。

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