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7 いざロウユエへ

 ここ百年はほとんど使用されることが無かったという、屋敷の貴賓室に通され、やたらと豪華な寝室に驚きつつも案内されるがままに湯あみをした。生まれたときから汚れを知らないようなエルフにも、シャワーや風呂の文化があるのかと驚きつつ、もし水風呂だったらどうしようかと身構えていた桐吾だったが、人が十人は入れそうな浴槽と、湯煙の充満した浴室にほっと一息ついた。しかしながらランタンの灯といい、この浴場といい、この国のライフラインの仕組みが気になる桐吾だ。明日、視察に行く際に暇があれば聞いてみようと、熱々の湯に肩まで浸かった桐吾は決意した。そのまま、天蓋付きのベッドという、生涯寝転がるつもりなど毛頭なかった寝心地抜群の寝具で、これまた肌触りの抜群に言い何等かの生地でできた寝間着に身を包み、目を閉じて三秒で意識を落とした桐吾であった。

 翌朝、いつものスーツに身を包んだ桐吾は、昨日の晩餐と同じようにヴィラと顔を突き合わせ、軽く朝食を済ませた。朝食は、フルーツの盛り合わせと、微炭酸の含まれた透き通った果汁のジュースがグラスに注がれた、極めて簡素なものだった。普段朝食はコーヒーと小さなパン一枚と軽めのメニューで済ませてしまうことの桐吾には好みの朝食であったため、ご満悦で堪能した。

 ハルナシーシを引き連れて、屋敷から三人外に出る。


「この国は四区画に分かれていて、俺はこの南地区を管轄している。ロウユエは南地区の最南端から出入りできる」


 南へ向かって森を突っ切り歩く道すがら、ヴィラは昨日伝えきれなかったのであろう国の事情について淡々と桐吾に説明した。国境を越えるのに特に手続きは必要はないと聞いて桐吾は衝撃を受けた。話に聞いた通り現在では両国を行き来する者など皆無だが、何百年か前は盛んに交流が行われていただけあって、面倒な手続きは撤廃され、それは忘れ去られた今もそのままの条約になっているらしい。


「そもそもヴェールラーレーゲンに攻め込もうという愚かな種族はいない。どんな国が攻めてきても、返り討ちにするだけの力がある。それは交流が途絶えた今も周知の事実だ」

「せやけど逆は恐れるんとちゃうの? そんなに強い種族から攻め込まれるかも! って対策を打たない他国にも問題はありそうやん」

「無い……我が国はどこの国にも攻め込まないと、中央院に何百年か前に届け出ているはずだ。というよりそもそも、エルフは他国や利益に対しての興味が薄い。そもそも攻め込もうだなんて気はさらさらない」


 中央院がなんなのか、桐吾には分からなかったが恐らくこの世界の偉い役所のようなものなのだろうと片づけた。そして桐吾にはヴィラの物言いも分かる。興味の薄さから精霊樹の放置に繋がったのであろうからだ。

 森の南端にたどり着くと、高く切り立った崖が突如として現れた。赤茶色の土がこちらに向かって立ちふさがっているようである。そうしてすぐそこ、崖下には大きな川が流れていた。この崖の上が、鬼族の住まうロウユエの土地であるらしい。だが、見上げてもてっぺんは遥か彼方にあるばかりである。


「え? これ登るん?」


 桐吾が見たままの疑問を口にすると、ヴィラは合点がいったようであった。


「ああ……そうか、お前は足がエルフほど発達していないか」


 それでは失礼する、とヴィラは桐吾の同意を得ることなく、米俵の様に桐吾を肩に担ぎ上げた。突如として体が宙に浮いた桐吾はたまったものではない。だが、文句を告げる口は開かれることは無かった。ヴィラは一呼吸おいて勢いよく飛び跳ねると、軽々とした身のこなしで、崖のくぼみにつま先を引っかけながら、とん、とん、とリズムよく昇っていく。垂直に近い崖を、それも何十メートルにも上る崖を、だ。

 桐吾は段々と遠ざかっていく地面を見下ろしながら、なるほどエルフの住まいが高い位置に存在していて、それを何とも思っていなさそうなエルフたちの生活っぷりを思い出した。あれだけ高い場所に住まいを持っていても、軽々上昇できるのであれば苦ではないのだろう。


「付いたぞ」


 そっと地面におろされ、よろめきながら桐吾は両足を付いた。すたっ、という軽やかな音とともに、ハルナシーシも同時に崖を上り切っていた。なんてことない、至って涼しい顔をしている。桐吾は思わずくわっと口を大きく開いた。


「おい、いくらなんでも乱暴……」

「……っ」


 文句の一つでもつけてやろうとした桐吾だったが、一方でヴィラは桐吾を見ていなかった。桐吾の背後に気を取られている。そうだ、崖を登り切ったということは、ここはもうすでにロウユエの地のはずだ。桐吾も釣られるように後ろを振り返った。


「うわっ……」 


辺り一面の光景が目に入った桐吾は、ヴィラが初めて見る異国に圧倒されていたからこそ、桐吾に返答しなかったのだな、と思い至った。かくいう桐吾も、言葉を失った。

 わいわいがやがや、人々の声が絶え間なく行き交っている。「活気のある」とはまさにこのことだろう。事前に桐吾がヴィラから聞いていた通り、角を生やした体格のいい者たちが、威勢よく道を闊歩していた。

 低い平屋の建物が所狭しと立ち並んでいる街並みが広がっている。赤色や赤茶色の瓦屋根が軒を連ね、白い漆喰の壁が眩しい。壁には円形の窓がはめ込まれているのがほとんどで、格子状の飾り枠が特徴的だ。そして、天空にはそれぞれの屋台を主張せんがごとく、巨大な布製の旗が揺らめいている。綺麗に織り込まれているのであろう、細かな文様の入った旗が、空を覆い隠さんほど揺れている。まるでこいのぼりの様だ。

 エルフの森は静寂と、風に草木の匂いが入り混じるそんな世界だったが、ここはまるで真逆だ。人の声、声、声。そして立ち込めるのは食べ物の匂い。先ほどまで西洋感あふれる空間に居たのに、一気に中華ファンタジーの世界に飛び込んだようだ、と桐吾は心の中で感嘆した。


「……すごいなあ」


 直線に惹かれた道の両脇に、ぎゅうぎゅう詰めになった屋台が多く出店している。果実や肉類等の素材を扱う露店もあれば、料理そのものを振る舞う屋台もあるようだ。それが、この活気の一因だろう。小銭をやり取りし、受取り、口に運んで旨い旨いと被りつく。


「食道楽の街……って感じやん」

「見ろ。鬼族以外の種族も足を運んでいるようだ」


 確かに大多数は頭のてっぺんに三角や、牛のような大きな角等、多種多様な角を生やした者たちばかりだが、そうではない者たちもいる。桐吾のような、恐らくヒト族とも思えるような特徴のあまりない出で立ちの者。ドワーフに分類されるのだろうか、小柄ながらに筋肉質な者。体の半分が金属で覆われた、メカニックな見た目をした者までいる。あまり深く考えていなかったが、この世界、どれくらいの種族と国家で成り立っているのだろうか。

 細かいことは気にせず、ひとまず三人は露店通りを歩いてみることにした。じゅうじゅうと、油が食材を揚げる弾ける音が絶え間なく響いている。安いよ、お買い得、ここに来たら買わなきゃ損! 大声を張り上げる店主たちの声。露店の種類もそれぞれで、単一商品で勝負しているそっけなく文字だけで書かれたメニューを掲げた店もあれば、イラストを存分に扱い、何を販売しているのか明確にしている店もある。


「せやけどヴィラ、金は持ってんの」

「もちろん」


 エルフは金を使わないから有り余っている、とヴィラは胸ポケットをぽんと叩いた。この世界では国は違えど、どこでも一律共通通貨らしい。それを考えるとエルフの国にはいったいいくらの資産が眠っているのやら。そしてそれを有効活用できないエルフもまた、エルフらしいのかもしれないなと、桐吾は遠い目をした。

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