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6 作戦会議の夜

 桐吾とウィンヴィラーヒムはひとまず、先ほど飛び出したばかりのウィンヴィラーヒム邸である屋敷へと戻ることにした。気が付けばどっぷりと日が暮れていた。辺りに吊り下げられていたランタンに明かりが灯っている。あれはどういう仕組みで光っているのだろうと、桐吾は興味深く眺めた。

 上を見上げれば上空のツリーハウス群の家屋の明かりも灯っている。吊り橋にも、ぽつぽつと小さな灯が光っていた。

 屋敷に連れだって帰ってきた二人を、門番は安堵の表情で迎え入れた。屋敷の扉を開くと、どこからともなく最初からウィンヴィラーヒムに付き添っていた女エルフが転がるように二人の前に飛び出してきた。


「ハルナシーシ」

「殿下」


 桐吾の啖呵になすすべもなく立ち尽くしていた女エルフだ。桐吾は、そういえばこの女性を先ほどの場には連れてこなかったのだなと独り言ちた。それはウィンヴィラーヒムの中に渦巻いていた彼のプライド故だったのか、はたまた彼の中の覚悟の表れだったのか、桐吾には推し量ることはできない。


「トウゴ殿に、晩餐の持て成しを」

「ああ、トウゴでええよ。敬称付けへんでええ」

「では、こちらもヴィラと呼べ。身内はそう呼ぶ」

「ほな、ヴィラな」


 親し気に話す二人に、ハルナシーシは身動きせず両者の顔をきょろきょろ視線を左右に動かし眺めていた。ハルナシーシ、ともう一度ヴィラが呼びかけると、びくっと大げさなほど体を跳ねさせ、「料理長に命じてきます」と踵を返し走り去っていった。

 しばらくしてハルナシーシに呼ばれ、通された食堂にはある程度の長さのある机に、真っ白でつやつやとした、染み一つ見当たらないテーブルクロスが掛けてあった。中央に置かれた燭台越しに、ウィンヴィラーヒムと桐吾は向かい合って腰を掛ける。

 持て成しと言われ、フレンチのフルコースでも出されたらどうしようかと一抹の不安に駆られた桐吾であったが、食卓に並べられた、白磁の陶器に盛られた豪勢な食事は高度なマナーが必要そうなものではなかった。そもそも、桐吾の世界のマナーがこの世界で通じるかも桐吾には預かり知らぬところであったし、さらに王族となれば通常のマナー以上に何か気にしなければならないものがあるかも、と桐吾はふとフォークを手に持ち一瞬想起したが、その考えは捨てた。あくまで、あの場所で、協力するとヴィラに桐吾が告げたのだから、自分たちは対等なビジネスパートナーであるべきだ。知識の無さを蔑まされることはないだろう。桐吾は真正面に腰かけたヴィラをちらりと盗み見ると、手慣れたな手つきで何の肉かは分からないが、丁寧な下処理と繊細な味付けがされたであろう肉料理に手を付けていたので、桐吾も最低限のマナーは気にしつつも、肉に食らいつくことにした。

 二人きりの食卓の場で、具体的な話に入る前に、今一度桐吾の手伝う条件やこちらと元居た世界の転移について確認することにした。

 ヴィラの話によると、異世界転移には十二時間を必要とするとのことだ。なるほど、あの精霊樹の洞から這い出たとき、すっかり朝日が昇っていたのはそのせいだったのかと桐吾は納得した。また、暦や時間の数え方は、桐吾の居た世界と概念は同一らしい。もちろん呼び方や名称は異なるが、ヴィラと話を擦り合わせているうちにそうであることが確認がとれ、桐吾はほっとした。例えばこちらで一時間過ごしただけで、あちらに戻った時に数年経っていたら、浦島太郎状態になってしまっていたら……、それは桐吾の中での大きな懸念材料であったため、その懸念による不安をずっと抱えていたのだ。桐吾は必ず明後日の朝には帰りたいと告げた。ヴィラとしてはずっとこちらに居て手伝ってほしいと思っていたのだろうが、それは無理だと桐吾はきっぱりと宣言した。桐吾はあくまで、日本の生活を気に入っているし、こちらに永住するつもりはないのだ。


「やけど、手伝うと宣言したからには放り出すのも俺のポリシーに反する。だから毎週末、つまり俺を今回呼んだのと同じタイミングで、俺を呼べや」


 貴重な週末を休息や趣味に当てられないのは桐吾としては非常に不本意だ。けれど桐吾はこんな事情を聞いておいて、関係ありませんと放り投げる性格ではなかった。

 ヴィラはそれでいい、ありがとうと頭を下げた。


「見合う報酬は出す。お前の何らかの望みは、叶えたいと思う」

「俺の望みって……」

「もちろん、先ほどのように作業者に無理を強いるつもりはない」


 異世界で手に入れられる望みってなんだよ、と桐吾は喉元まで出かかった疑問をぐっとこらえた。桐吾の気質上、彼はどうにもならないことを考え続けるのが苦手なのだ。ぐしゃぐしゃと後頭部を掻きむしると、とりあえず望みは考えておく、と投げやりのように呟いた。


「それで。今後のことについて、考えの一つや二つくらいは、あるんやろ」


 これでなにもありませんと言われた日には再び桐吾は激昂するところであったが、さすがのヴィラもそこまで考えなしではなかった。


「ひとまずは、近場の種族に我が国に来てもらえるようにしたい。それが一番効率がいいのではないかと考えている」

「へえ、どういう種族なん」

「鬼族の住まう『ロウユエ』という国が、我が国と隣り合っている。鬼族というのは……頭部に鋭い角の生えた、体格のいい大柄な種族だ」


 エルフの次は鬼ときたか、と桐吾は一人内心呟いた。鬼ならば創作物等でよく目にするし、桐吾にとってもなじみの深いものだ。もちろん、桐吾の想像する鬼と同一であれば、の前提ではある。


「で、そいつらは頼んだら、はい喜んでと来てくれるわけやあらへんねやろ」

「ああ。そして来てくれたからと言って、活気が生まれなければ精霊樹にとっての養分とはならない。だから何か、ロウユエの民が自発的にこの国に来たいと思ってもらえるような、何かがなければならないと、と思う」


 なるほどねえ、と桐吾は顎に手を当てて思案した。


「まずはその、鬼族っちゅうのが、何が好きとかそういう情報が欲しいんやけど」

「……それは、分からない」


 がくっ、と桐吾は肩を落とした。あやうく手に持ったフォークを床に落とすところであった。危ない危ない、としっかり握りなおす。


「はあ!? なんやねんそれ! 情報が無きゃ対策の打ちようも無いやろ!」

「俺にとっての知識というものは、本や新聞で手に入れるものであって……実際に鬼族に会った事は無い」


 桐吾は思わずまじまじとヴィラを改めて眺めた。つやつやの髪の毛。王子という立場、一切のほつれも無いであろう、誂えられた衣服。こんなことは考えたくも無いが。


「お前さ……この国から出たことないんとちゃう? 百二十年間」


 きまりの悪さから、ヴィラは下を向いて袖口を弄っていた。無言は肯定と受け取った桐吾は、よし、と手をぽんと打った。


「そんな文字の情報だけ追っかけてても意味ないで。明日、実際に会いに行こうや」

「会いにって……ロウユエに行くのか」

「まさか国交断絶してるとか、エルフ立ち入り禁止とかやあらへんよな」

「そんなわけではないが……」


 ためらいを見せるヴィラに、桐吾はまあそうか、とどこか静かに納得していた。机に肘をつき、掌に顎を置いて、美しきエルフをじっくりと眺める。エルフにとっての百二十年が、人間にとっての百二十年と同等の年月の経過の体感なのかは桐吾には分からない。だが、それだけ長い年月、自らの育った土地から出たことが無かったのであれば、いきなり外に出ようと言われて不安になるのも分からなくはない。現に顔がこわばっている。

 だが桐吾とて、引くに引けない立場なのだ。


「ここで尻込みしてる場合ちゃうやろ。なんとかしたくて、誰の協力も得られなくて、縋るように異世界の俺を頼ったんやろ、ヴィラ。不安なら手でも握ってやる」


 ウィンヴィラーヒムはぱちぱちと何回か瞬いた後、むっと眉間にしわを寄せた。


「幼子じゃあるまいし、そのようない心配はいらない」

「はいはい、そんな減らず口叩けるなら心配あらへんな」


 にしても、と桐吾は手元のフォークに突き刺された肉を眺めた。煮込み料理にしてはあっっさりとした口当たりだ。不味いわけじゃない。むしろ和食好きの桐吾には好みの味だった。それ以外にも、机上に並べられたのはフルーツと思われし果実が、葉物野菜と丁寧に折り重なった料理や、色の透き通った割にはコクのある深い味のスープ等。並べられた食材は見慣れないし、食品ひとつひとつの名前も、料理の名前もなにひとつ分からないが、エルフが実にあっさりとした食事を好むことは桐吾には分かった。


「この肉って何の肉やの?」

「それは鳥の肉だ。木を駆け上る、この国にしか居ない鳥で、ブラドルクという……」

「木を駆け上る!? 鳥やのに!?」


 興味を引かれた食材ひとつひとつに疑問を呈して、その質問にさらに踏み込んでいけば、あっという間に二人の夜は更けていった。

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