3月32日 忠実②
ジジジジジジジジ——。
ノイズの音。
乱れる座標。
少女の泣く声が、言語化できない喧噪と絡み合う。
——君は……誰だ。
目が見えない。身体はもう動かない。
「ひっく、うう……」
ただ少女の嗚咽が、今にも止まりそうな心臓に停滞する。
「私の……せいだよっ……!」
しきりに謝る少女の声。謝らないで、悪くないんだ。君は悪くない。
仕方のないことだったんだ。
そう言おうとするのに、声が出ない。口が動かない。
少女を抱きしめる力はもうなくて、だらんと暗闇に触れる指の感覚も、急速に奪われていく。
――泣かないで。
必死に伸ばした手が、蛆虫に晒されていく。身体を食われる激痛に悶えながらも、その指に力を籠める。抱きしめようとしているのに、君は離れていくばかりで。
少女の身体は黒く塗り潰され、もはや誰か分からない。
俺の身体は、押しつぶすような重みに耐えかねて、意識が混濁していく。
抗うのにも疲れた。ここですべて、失ってしまおうか。
————
「あれ……ここって」
ぼんやりと天井が見える。
ワンダリング同好会の部室だ。椅子の上で寝かされていたらしい。本棚もホワイトボードも、昨日と同じ位置に鎮座している。ただ異なると言えば——。
「お目覚めですか」
ピンク髪の少女が、佇んでいたことだ。大正時代の女給のような恰好をした少女は背筋をピンと伸ばし、指を前で絡めながら柔和な笑みを向けた。
「え、あ……え」
不甲斐ない話、衝撃の出来事続きで碌な返答を持ち合わせていなかった。
「……というか君は?」
「花咲李と申します。以後お見知りおきを」
肩にかからない程度の髪をハーフアップにした少女は深々と頭を下げる。垂れる髪は滑らかであり、指で容易に梳けると感じさせられる。白と橙、そしてややくすんだ赤を基調とした和服は春を具現化したようである。そんな質のよさそうな衣装が擦れる音が微かに聞こえた。
「まだご気分が優れないのでしょう、どうかゆっくりお休みください」
「あ、うん…………いやそうじゃなくって」
うっかり乗せられかけた。危ない危ない。
「その格好は……」
自分がどうしてここにいるのかも気になるが、第一に気になるのは眼前の少女の容姿だろう。コスプレにしては完成度が高い気もするし、そもそもコスプレをする道理もない。それにこんな辺鄙な部室にわざわざ居る理由もだ。ワンダリング同好会は遍く謎を解き明かす団体であるが、口元を綻ばせ佇む眼前の少女がまさに謎そのものであった。
そしてその答えが俺の度肝を抜いたのは言うまでもない。
——私は、貴方様に仕えるメイドでございます。