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海うらら

作者:

 暖かな日差しが、淡く一帯を照らしている。その光を受けて海面がキラキラと輝いた。湖かと思われるほど静かな海であるが、よく見ると優しくさざ波を立てている。柔らかくたゆたう波を眺めていると、時間の流れがふいに緩やかになったような感覚がする。深く息を吸い込むと、潮の香りが胸を満たした。だがそれは決して不愉快なものでなく、ほのかで、些細で、繊細な香りであった。ふいに吹いた柔らかな風が、優しく彼の髪を揺らす。

 「本当に穏やかな海だねえ。」

 どこぞの荒れ狂う海とは大違い、と微笑みながら、隣を歩く彼がそっと呟いた。笑うとより細くなる目は、更に下がる目尻は、朗らかな彼自身をそのまま形容しているようである。

 「降りてみてよかったね。」

 彼がグッと伸びをしながら、私に言った。陽を受けた彼の髪先は、鈍く光を透かしている。太陽はその身を水平線に埋めようと、だんだん沈んでいくところであった。優しい風が、柔く吹く。

 私達はこの春休みを利用した旅行の途中であった。旅行とはいえども、大阪からレンタカーで3時間。ゆっくり四国を巡る二泊三日の小旅行である。私達は愛媛を見て回り、今日の宿へ向かう最中に現れた、伊予にある “道の駅 ふたみ”という場所に降り立ったところであった。

 道の駅ふたみは、存外に大きなサービスエリアである。その道の駅は海に面しており、水平線に暮れゆく太陽を拝むことができるためか、まばらに人が散見された。伊予に来たのだから伊予柑を買おうと安直な理由で車を止めた私達であるが、その瀬戸内海と夕日の美しさに、しばらく海岸を散歩するに至ったのである。

 砂浜をしっかりと踏みしめながら歩く。春休みとはいえまだほのかに肌寒く、私は冬用のブーツを履いていた。ぎゅ、ぎゅと小気味良い音が鳴る。

 広く大きな海を縦断するように一本の突堤が続いている。ここで釣りでもするのだろうか、と話しながら二人でゆっくり海を割いて歩く。相変わらず海面は静かで、穏やかな表情を見せた。

 何気なく海を見ると、海底が目視できるほどに澄んでいることに気づく。海の色は簡単に形容することができない。青と緑と、夕日の橙と。たくさんの色が曖昧に混ざり合っている瀬戸内海は、その穏やかさ同様、確かな包容力が感じられた。海の底で鈍い緑色をした海藻が揺らめくのが見える。銀色に光る小さな魚が、その海藻を揺らしながら緩やかに泳いでいる。

 「もはや瀬戸内海やなあ。」

 瀬戸内海を見ながら彼が呟く。これは彼の持論であり、この旅行中何度も聞いた言い回しの一つである。例えばとても美味しい、脂の乗った魚を食べて、「もはや肉」だと形容し褒めたとしても、そこには無意識に魚<肉のニュアンスが含まれており、前者に失礼であるとか。みな違ってみな良いのだから、瀬戸内海を「もはや沖縄のよう」と形容するのは瀬戸内海に失礼。だから瀬戸内海は「もはや瀬戸内海」なのである。

 真面目で人の良さそうな顔をしながら、面白いことが好きで、ユーモアに富んだ思考を持つ彼と一緒にいると、本当に飽きることがない。いつだって、気が付くと口角が緩んでいる。

 ふと顔をあげると、ついに太陽が沈もうとしている最中であった。海面に太陽の光が一筋、鮮烈にさす。空は濃紺から紺、蒼へと、まどろむようなグラデーションを見せている。ぼうっと沈みゆく太陽を眺めていると、時間が無限であるように感じた。彼も私も何も話さず、ただ黙って夕日を見た。心地の良い無言の奥で、静かに波が音を立てている。ほのかな潮の匂い。夕日が沈む。

 すっかり藍色のヴェールを纏って暗くなった空と、その身を暗く染め、深く閉ざされた海。そして少し下がった気温の中で、彼の手のひらだけは変わらず温かかった。

  車へ戻った私達は、宿へ出発する前に、道の駅で買った伊予柑を剥いてみる事にした。手のひらに収まりきらないほどに立派な伊予柑。健康なオレンジ色をしたその表面は、一見滑らかに見えるも、小さな凹凸がまばらに存在している。分厚い皮に爪をぐっと押し込むと霧状に果汁が舞ったのが見えた。刹那、車内に柑橘の香りがぱあっと広がる。ツンと鼻をつく、軽快で爽やかな匂い。ゆっくり皮を剥いて、一房、口に放り込んでみる。

 薄皮を歯で破ると、中から溢れんばかりの果肉が弾けた。深い甘みを一番に感じるも、ちょっとした渋さや、酸味が良い塩梅に混ざり合っている。ゆっくり咀嚼する。新鮮なものだからだろうか、本当に美味しく感じた。これはもはや―――。

 「もはや伊予柑やなあ。」

 私がそっと呟くと、彼はふわりと笑った。車内は伊予柑の香りで満ちている。

授業内課題

描写 2000字程度


これは本当によく書けたと思っている。

また四国行きたいなぁ。

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