この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』
僕は、ごく普通の平凡な高校生だ。それはそれで不満はない。まあまあだが、それなりに楽しい毎日を送っていた。
しかし、ある『冬』の朝、通学途中の『駅前』で、奇妙な男から声をかけられる。
突然、後ろから名前を呼ばれて、振り返ると、痩せた男がいた。
「すまないね、突然、呼び止めて」
「なんですか?」
「この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』にすぎないのだよ」
あきらかに不審な男だ。僕は無視して立ち去ろうとしたが、
突然、真っ白な空間に放り込まれる。あの痩せた男も目の前にいた。
彼はルシファーと名乗った。
「混乱するかもしれないが、この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』なのだよ」
「それは、もう聞きました。だけど何なんですか、ここは?」
「まあ落ち着いてくれ。先ずは、この世界の『真実』を話そう」
ルシファーは、そう言って話を続けた。
「世界の、すべては『エネルギー』だ。物質は『エネルギー』の『投影』にすぎない」
「それと、この真っ白な空間と、何の関係があるのですか?」
「そこには関係性はない」
「もういいから、僕をもとの場所に戻してくれ!」
その時、セミの鳴き声が、聴こえてきた。
僕は『真夏』の暑さを感じる。ここは家の近くの『公園』だ。大きな池があり水面がキラキラと太陽の光を反射していた。
しかし確か、今は『冬』で僕は通学途中で『駅前』にいたはずだ。
「時空が歪んでしまったのだろうか」
そして、あの不審な痩せた男、ルシファーの姿も、ここにはなかった。
その後、僕の暮らす世界は、少しずつ奇妙な方向へと進んでいった。
全世界規模で感染症が流行し、感染の拡大によって各国で医療崩壊が起こる。このパンデミックにより、世界の経済は停滞して、大恐慌に陥った。
僕の国は工業先進国から、貧困国へと転がり落ちる。
そして僕の両親も、この感染症で死んでしまった。
更に、国際社会は南北の陣営に分かれ、この両陣営の対立が激化する。ついには世界大戦が勃発した。
今、僕は徴兵されて戦場の最前線にいる。まるで悪夢のような現実。
破壊された町。爆音。銃声。辺り一面に死体の悪臭が漂っていた。まさに、この世の地獄だ。
激しい戦闘で、僕の所属する部隊が壊滅した翌日。
新たに編成された部隊の小隊長として、あの男がいた。
ルシファーだ。
僕はルシファーに詰め寄った。
「僕を元の世界に戻して下さい」
「私は君に、何もしていない」
「でも、あなたに出会った、あの日以来、世界が変わった」
「それは、君の『意図』によるものだ」
「僕の『意図』ですか?」
「そうだ。君が『意図』して『選択』をしたから、今、ここにいる」
「僕は、こんな世界を望んでいない」
「望む、望まない、ではない『意図』と『選択』だ」
「では、この地獄のような『現実』は、僕が『意思』して『選択』したというのですか?」
「そうだ。今、君が見ている世界は、君の『意識』の『投影』なのだ。前にも言ったが、この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』にすぎないのだから」
「その『仮想現実』を変える方法はあるのですか?」
「簡単だ。夢の場合を考えてみればいい」
「夢?」
「夢は、見ているときにはコントロールできない。だが、夢は、その時の『精神状態』の『影響』を受けている。同じように『現実』も『精神状態』の『影響』を受けているのだ」
「では『精神状態』を変えれば『現実』も変わるのですか?」
「解ってきたようだな」
「でも、この状況で、どうやって『精神状態』を変えるのですか、ここは地獄のような戦場ですよ」
「ここから逃げ出せば『気分』も変わる」
「脱走ですか。そんなことすれば銃殺されてしまう」
「そう『思う』から、そう『成る』のだ。必ず捕まって銃殺されるとは限らない。この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』にすぎないのだから」
そう語るルシファーの話が終わらないうちに、僕は走り出した。
脱走だ。だが、捕まるはずはない。僕は、それを『意図』しない。僕が『選択』するのは、
逃げ回っているうちに、ある町に辿り着く。そこで美女と出会い、その美女と恋人同士になった頃に、戦争が終わる。僕は、その町の戦後復興の仕事に就き、落ち着いた頃合いで、その美女と結婚する。町に家を買うこともでき、子供は二人。男の子と女の子だ。
果たして、現実は、この通りになるのだろうか。
心配はいらない。この世界は『脳』が造り出した『仮想現実』にすぎないのだから。