バレても安心な光速を超えられるタイプの諜報員の捕まえ方
ブライトマンと呼ばれているヒーローが居る。
スパイというものは普通目立たないように動き、その活躍が表舞台で持て囃されることはない闇のヒーローだ。
だが、正反対の諜報員、ブライトマン。
コードネームは普通、その者をよく表している単語ひとつがつくものだ。ましてや、「〜マン」なんてヒーローじみた名前をつけるなんてあり得ない。
「へへっ、ちょろいもんだぜぇ」
この男、ブライトマン。彼はスパイであり、スーパーヒーローである。
*
「ブライトマン、次の任務です。ミカド通りのハンバーガーショップの倉庫に不審な物流がありました。調査してください。」
ブライトマンがカフェのような場所で、ドリンクを飲んでいた。一見普通にくつろいでいる一般人だが、その机、椅子、地面…?そのどこかに潜んでいる『モデレーター』から情報を受け取る。
「おーモデレーターぁ、俺様に頼むってこたぁきっとよっぽど不審だったんだろうなぁ」
そのどこからともなく聞こえる女性の声に、カフェ内の喧騒に紛れて答える。
「毎度言っていますが、能力はあまり使わないでください。」
「嫌だねぇ オレぁこの能力に病みつきなんだぁ 能力縛りなんたぁありえねぇー」
相変わらず、ぐにゃぐにゃと喋る男だ。モデレーター的にも、できることなら彼に任せたくはない。だが、目的を達成するということにかけては、超一流なのだ。スパイらしい達成方法かどうかは置いといて。
「ブライトマン…このコードネームを呼ぶだけでも虫唾が走る。落ち着いた行動で、確実に情報を持ち帰ってください。」
「落ち着いた行動なぁー、記憶ん中には入れといたらぁ あ、もちろん爪楊枝の先端くらいなぁ」
「…」
モデレーターの気配が消える。その女性の声は、最後に嫌悪感を含んだまま消えた。
「ちっ…さて、お仕事だなぁ」
*
言われた通りに、ミカド通りのハンバーガーショップ、「アケボノ」に入店する。店内は少し混んでいた。基本的にファミリー層の利用が多いようだ。
「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ?」
若い女性店員さんが、優しく微笑んで注文を聞いてくる。思わず、普通に食事していきたくなる。
「オレンジピール弁当」
その気持ちを抑え、訳のわからない返答をする。そんな弁当が実際にあっても絶対に食べたくない。
「サイズはどうなさいますか」
その訳のわからない弁当の名前を聞いて、よくこの店員さんは急に重い口調に変えられたものだ。確かに、自分の組織の合言葉を言ってきたやつに対して、笑って返せば暗殺は確実だろう。
間を開けると怪しまれる。なるべく怪しまれないよう、考えてからいったふりをしつつ、ちゃんと用意された合言葉を言う。
「サイズはデスサイスで」
「かしこまりました。番号札666番でお待ちください。」
何で途中からこんなに厨二くさい合言葉になるんだ?言葉遊びの質もあまり良くない。もしかしなくても、ここの組織を襲撃するのは容易いんじゃないか?
そんなことを考えていると、店員が「奥へどうぞ」のサインをしたので、躊躇なく奥へ入る。正攻法で突破したので、気張りすぎなくて良くて気が楽だ。
「ふんふ〜ん 鼻歌混じりでもイケるぜ」
そういえばバーガーショップのバックヤードには入ったことがない。ちらっと観察してみると、店員がすごい素早さで、手際よくバーガーを作っている。その様子を見ていたら、『組織の人間』を見る鋭い目で、店員は視線を返してきたので、少しギョッとした。
「10gで10000ペールだ。値下げは出来ない。あ?、お前、あまり見ない顔だな」
ペール。この国の通貨単位だ。突然後ろから話しかけられたので、びっくりする。気がつけば、店内bgmも聞こえなくなって、あたりは無機質なコンクリになっていた。油断していた…!
特徴的な渋い声は特有のプレッシャーを醸し出しており、背後を取られていた状況、少し疑われている状況に対する焦りを隠し、できるだけラフな返答を頭の中で考え口にする。
「ちょっと高ぇんじゃないかぁ?」
「あ?お前、組織の人間じゃないのか」
声色がさらに重苦しくなる。あ、これ、返答間違えたヤツだ。完全に疑われている。もう詰みじゃないかな。どうせ戦闘は避けられない…多分。
「誰からこの場所を聞いた?誰が合言葉を漏らした!」
「おー、漏らしたのが誰かぁ まぁ、確実に"漏らす"奴ならわかるぜぇ」
「そいつは誰だ。言ってみろ…!」
適当に考えて喋っていると、渋い声にだんだんと重み、プレッシャーがのっていく。後ろのそいつは、銃を突きつけてきた。
「漏らすのは…おめえだ。ションベンをな!」
"な"に差し掛かるとき、すでに銃を突きつけていたはずのそいつはいなかった。
「なに…奴が噂のブライトマンか!」
後ろから走る足音が聞こえ、すぐさま振り向きざまにブライトマンへ向かって一発銃を撃つ。その銃声がこだまするかのように、バーガーショップ側から悲鳴と逃げ惑う声が聞こえる。
「そいつを逃すな!」
「へい!」
バックヤードの奥からチンピラ的な奴が出てくるほか、さっき視線を返してくれた店員、接客してくれた店員が帽子を取りその帽子の中に隠してあった銃を手に取る。ここにいた店員を含め、店側の人間全てが''組織''の人間だったようだ。
ブライトマンは、豹変した店員らを横目に、戦利品を抱えて走る。まるで小学生の50m走のように、笑みを浮かべて手をパーにして走る。
「へへっ!すげぇ人数!」
「撃て!殺しても構わん!」
殺害許可に、ブライトマンが「おいおい」という顔をする中、後ろから銃声が聞こえ、その顔のすぐ目の前を通っていった。
「おいおいまじかよ、いい腕してんね…へへ」
「今度は外すな!撃て!」
渋い声を荒げて、後ろにいた男が叫ぶ。
バレてしまった状況、とてつもない人数不利を迫られている状況…スパイとしては大失敗だ。だが、ブライトマンだけは違う。ブライトマンだけは、他の方法を持っている。『スーパーヒーロー ブライトマン』としての顔を。
「3…2…」
「これは…!ブライト・カウントだ!急げぇぇぇ!」
「1」
瞬間、いや、瞬間というにも長すぎる時間。ブライトマンは姿を消す。店員による一斉射撃がさっきまでブライトマンがいた位置を蜂の巣にする。
「やられた…!クソッ!」
店内の壁を強く叩く。銃の重みも相まって、壁には大きなヒビが入った。
男たちが、撤退し組織へ報告しようと後ろを向く。どのように報告しようか、首を差し出すことになるかと考えていた。
「…あ?」
が、何か、なにか違和感に気づく。まだ、ブライトマンのプレッシャーが残っているような
ゴオオッッッ!!!
声がかき消され、暴風が吹き荒れ、身体が吹き飛ぶ。さっきヒビが入った壁が崩れていくのを見る。上からも、瓦礫が降ってきていた。
それが、渋い声の、「後ろにいた男」が最期に見た音と光景だった。
それはブライト・カウント…それが0になるとき、奴は姿を消す。しかし、そこで打ち切って脱力してはならない。なぜなら、彼が急加速するために蹴った地面、空気、それに伴う超轟音と音速を超えた時に発生するソニックブームを越える、光速を超えた時に発生するライトブームは、遅れてやってくるからだ。
『ブライトマンが姿を消すとき、同時に敵も姿ごと消し飛ぶ』とは、よく言ったものである。
*
「おいカグヤ!お主は何度言ったら!」
「なぁ落ち着けって、Dr.フクザワ…」
ブライトマン、本名カグヤ・カガヤクンデス。彼の実家とは、Dr.フクザワの研究所だ。
「あれほど無駄に能力を発動するのはやめろと!」
「あーあーあー、わかったってのも何度も言ったろぉ?必要なときだぜぇ、あれはぁ」
「君が回収した物は最新式のc-5爆弾だった!販売するなら値段は高くって当然なんじゃ、何を販売してるかを把握出来ればあんな無駄遣いもせずに済んだというのに、それを君は!」
ガミガミと、ブライトマンの諜報作戦での改善点をつついていく。その言葉の嵐を、ブライトマンが一言でかき消す。
「あと…あとどれだけなんだ?」
博士が黙り込む。ついさっきとは全く違った空気になる。
「へへ、言ったってモチベは変わらねぇーよ 人生楽しむだけ楽しんで、あとは後の世代のやつに任せて死ぬのは本望だ」
「1時間」
博士が、言うまい言うまいとしていたが、ブライトマンの言葉に、つい言ってしまったのは、長いようで短い時間だった。
あと1時間。1時間、光速を超える技を使えば、死ぬ。
「君の心臓は元々強かったし、よく持ったほうだ。累計324時間59分…今日ので325時間を超えた。100を超えることさえ極めて稀な事じゃったが…もうそろそろ運がつき始めたと言う他ない。君の血圧は…300を超えている。普通の人間ならもう死んでいるところじゃ」
「そっかぁ」
彼の能力は、Dr.フクザワによる後付けのものだ。彼は生まれつき心臓や血管がかなり強く、急激な、度を越した運動能力の向上にも耐えることが出来るという見立てで、スパイとしては無能だった彼を特技兵に推薦したのだ。性格の問題から、スパイとしては無能のままだが。
「そろそろ…裏舞台に戻る時なんじゃないか?」
「へへっ…裏舞台に戻る時だぁ…? ありえねぇ!」
血圧や心拍数を計測するためのパッドを勢いよく引っ剥がし、投げ捨てる。
「俺はヒーローでいることに満足してんだぁ この満足を捨てるくらいならぁ死ぬぜ」
*
野外ステージで行われていたのは、何かしらの音楽祭だろうか。ブライトマンは、こういったイベント事に呼ばれたら可能な限り行くようにしている。名声が得られるからだ。
「それではここにゲストをお呼び致しましょぉぉっ!神出鬼没のスーパーヒーローっっ!!電光石火!誰が目で追えようものか!ブrrrライトマァン!!!」
勢いよく、煙が吹き出す。その煙に当たるスポットライトが輝く。
煙の中から、ブライトマンがスリングショットのような機構で、勢いよく飛び出して登場する。一斉に歓声が上がる。
その歓声に、ブライトマンは大きく手を振って対応する。
「こちらへ」
ゲスト用の椅子に誘導され、着席する。
他にも、芸能人が複数ゲストとして呼ばれたようで、自分の隣、ゲスト席に座る。隣に座った人は有名な芸人で、握手を求められたりもした。すごいな、芸能人から握手を求められるなんて。もちろん満面の笑みで、立ち上がり思いっきり握手した。
「さぁ盛り上がってきたところでっっ!本日最初のバンドぉぉっ!『ファンク・ファット・キャット』屈指の名曲、『キャット・アイ』!!」
曲のイントロに入る。先鋒にしては有名グループの『F・F・C』をよく引っ張り出してきたものだ。普通は前座が用意されているものだが、これほどの大型イベントに、豪華ゲストの入場で温まった観客の中では、FFC程のグループをトップバッターにすることが可能なのだ。
FFCが演奏を始める。その名の通りか、重厚感のあるベースなんかがよく効いている。
まさに、ボーカルが歌い始める時、異変に気づく観客がいた。
「おい、なんだあれ!?」「隕石?!」「写真撮んないと!」
観客がザワつき始める。FFCの4人もそれに気づき演奏を止める。さらにもうひとつやばい事実があった。ほれは確実に、こちらに向かって落ちてきているということだ。それに薄々気づき初め、観客のざわつきが大きくなる。
「避難!会場の皆様避難してくださぁぁぁい!!!」
司会者がマイクで叫んだ。賢明な判断だった。観客は爆発したように慌て逃げ惑う。FFCの4人や、ゲストもバックヤードに急ぎ引いて行った。
「ブライトマンさんも!」
「いや、俺はヒーローだぁ!」
「相手は隕石ですよ!?」
司会者が幕袖に行く直前、ブライトマンを連れていこうと声をかける。だが、ブライトマンはそれに対しファイティングポーズを取って答えた。それを見て、司会者がちょっと迷った後に袖に引いて行った。
段々と近づいてくる。その尾を引く隕石は、想像を超える小ささだった。
「ん…?いや…あれは隕石じゃないぞぉ?!」
「おおおおおおブライトマァァァァン!」
ドォォォォォッ!
それが着弾……いや、着地する。その衝撃波に、舞台上のセットが倒れた。
それは人間だ。いや、人間というか…サイボーグだった。頭、四肢、胴体に至るまでが、極限まで細くなっている。空気抵抗を減らすためだろうか?飛行機講をつけるなら、そうもなるだろう。
「おいおい、サイボーグ…?!」
「ブライトマン、探してみればこんなところで遊んでいるとはな 貴様スパイをなんだと思っていやがる…!」
そのサイボーグの声は、決して機械音声ではなかった。割と最近聞いた覚えのある肉声。
「その声、この前ハンバーガー屋さんにいたぁ…!」
「貴様にこの世界を教えてやる…ヒーローごっこじゃ生きていけないこの世界を!」
ハンバーガー屋で背後を取った男。仮にもスパイとして教育されたブライトマンの背後を取ることは、容易なことでは無い。彼はその道では高い評価を得ていたのだろう。恐らく、研究者が死体を回収してサイボーグにした。
「「3…2…」」
カウントが揃う。同時にクラウチングスタートの姿勢をとる。すっかり[[rb:人気 > ひとけ]]が無くなり、風だけが吹く。
「「1」」
その風は、即座に竜巻へと変わる。ブライトマンと、そして…ジェットマン。今名付けた。彼らの移動により、風が勢いよく衝突し、彼らが交差すると、すごい勢いの渦が発生した。
「俺の光速に着いてきやがった?!」
「ブライトマン!貴様はどれだけ言っても人間!いつまで耐えられるんだろうなぁ?!」
「クソ野郎め!」
肉弾戦に入る。サイボーグと人間だが、以外にもパワーは互角、スピードも互角のようだ。ブライトマンが負けているのは、耐久力、持久力。
(こうなったら命はここで使い果たす!ここで使い果たしてこいつを倒す!俺の勇士は今もきっと多くの人がみている!俺は死なない!伝説になるだけだ!)
「うおおおおおおお!!!」
気合を入れた連撃に、ジェットマンは少し押されて見える。サイボーグと比べて人間が勝っているところ、それは爆発力だ。感情やらなんやら、人間は己の限界以上…いや、普段が限界まで出せていないのだろう。感情によってリミッターが外れ、普段以上の力を出せる。サイボーグは常に限界まで出しているのだ。
「生意気な小僧め!」
観客席の、列ごとにくっついたタイプのあの座り心地の悪い椅子を、骨組みからひっぺがして連なった椅子の剣にする。
「おいおい、そりゃねぇだろぉ!」
「うらァ!」
その椅子をぶん回す。高速回転で、竜巻が襲ってきているようだ。
ジェットマンが、椅子をブライトマンにぶつけようと、ぶん投げる。ブライトマンは跳んで逃れたものの、舞台のバックパネルに勢いよく突き刺さった。
「破天荒だなぁ?!」
「ブライトォッ覚悟ォッ!」
胸ポケットから、マッチ箱のようなものを取り出す。いや、マッチ箱ではない。弾薬箱だ。
「ジェット・バレット!」
「弾丸を光速で飛ばすな!ありえねぇお前!」
弾丸を3つほど取り出したかと思えば、指で弾いて飛ばす。そのうち1発がブライトマンの肩に命中する。
「クソ、いてぇじゃねぇかよクソが!」
「ガキがァ!」
さらに3つ取り出す。それに対し、逆にブライトマンは突き進んで行った。
「お前みたいに誰もが銃弾持ってる訳がねぇだろ!お前万全の準備してから来ててずるいぞ!」
胸ぐらをつかみ、文句を放った。
「戦いってのはそういうもんだ…貴様がふにゃけてるからそうなるんだろうが…」
「なぁ、クソとガキどっちが強いと思う?俺はガキみたいな心持ちしてっけどよ、お前みたいな恨みったらしい売人には負けねぇ」
胸ぐらを掴んだ状態から思いっきり頬をぶん殴る。ジェットマンが再び前を向いたとき、ブライトマンは居なかった。
「再加速しやがった!カウントもなしに?!」
「もう次のイベントがぁ始まんだよ!」
「背後ォッ」
「オラァ!」
後頭部をぶん殴る。ぶん殴る時に、さっきバックパネルに突き刺さったあの椅子を使っていた。
「新しく壊すのは気が引けっからなぁ クソ野郎が取っといてくれて助かったぜぇ」
「クソ…ガキ……が」
ジェットマンがフラっと倒れる。倒れる、その体が地面に着いた瞬間、ゴングのように、戦闘開始時にやった加速の分の超轟音が鳴った。
「ブライトマン!ブライトマンが勝った!」
1人の子供が、そう叫んだ。隠れていた大人たちも、わらわらと出てきてブライトマンを称える。
「ブライトマン!」「ブライトマン!!」
自然と、辺りは拍手と歓声に包まれていった。
「へへ……最期に見るのが……この光景でよかったぜ………………」
心臓がありえない音を立てて鳴っている。ガウン、ガウンと鳴る。胸に手を当てなくたってわかる。
それは、ついに能力の限界が来たことを示していた。
意識が遠くなる。段々と目の前が白くぼやけてくる。朝6時頃に始まったそのフェスで、朝焼けを見ながら、歓声に包まれブライトマンは息絶えた。享年22歳。
*
「ブライトマンの件は残念でした」
「うむ……彼は二度とない優秀な人材じゃったからのう……惜しいこと………性格さえ向いていれば…」
Dr.フクザワの研究室に、訃報を伝える諜報員が来ていた。フクザワは、言葉こそ悲しそうにしているが、研究に没頭しているようだ。
「博士…それで……そちらの研究は?」
円筒状のスーパーコンピューターの前で、フクザワが人型の何かを組み上げているのが見える。
「気づいたかね…ははっ…いいだろう?人間じゃなければ、能力の使用回数に制限はない。試作1号機はブライトマンが破壊してしまったがね。」
「…は?」
フクザワが体をよけて見せたのは、ジェットマンのような、軽量化された素体だった。
次に現れるだろう、「2代目ブライトマン」は、敵か、味方か…。
続きません。