4話 伊賀上忍三家
「そなたら、なぜいる。百地、服部、藤林。」
「「「ひどいです。御頭!!俺たちを置いてくなんて」」」
「まず、御頭じゃない。それに、お前ら伊賀の頭の3人がどうしてここにいる?伊賀の統治は?家の者らは、置いてきたのか?」
「馬鹿な事言わないで下さいよ。」
「連れてきたに決まってんじゃないですか。」
「三家総勢1200名お世話になります。」
「それも問題だが、伊賀の統治は!?やとわれて」
「伊賀にいたらまた、どっかの大名家から安い金でやとわれて大変な仕事でしょ?御頭のもとにいれば、いずれ武士にもなれそうだし、少なくとも毎日飯にはありつけるでしょ?だから、他の豪族たちに城も土地も与えて抜け出してきました。」
先程から馬鹿なことをほざいているのは、戦国時代もっとも名が知れた伊賀の忍び3名である。
彼らの一族のことを俗に『伊賀上忍三家』という。
百地家頭領の百地三太夫は、最後の最後まで織田家に楯突いた伝説の忍び。
服部家頭領の服部半蔵保長は、足利将軍家と徳川家に仕えた忍び。
藤林家頭領の藤林正保は、元々今川家の忍びだったが、冷遇されたことで伊賀に戻ってきていた所を六角家に仕えていた時の俺が召し抱えた。一族もろとも。
すごい事のように聞こえるが、俺は、当時莫大な金額を報奨金としてもらってたからこいつらを雇うことくらい造作もなかった。彼らの年収は、10貫ほど。六角家での俺の年収は、3000貫。
俺は、常に200人の伊賀の忍びを雇い入れ、そばに置いていた。もちろん、屋敷と三度の飯付き。
そんな好条件の場所はほぼない為、彼らは俺を追っかけて里を捨ててきたというわけだ。
それでも、こいつらを雇うには1,200石の土地と家、合計で毎年1万2000貫の給与がいる。
こいつらが来るとはもちろん予想した。毎年1万2000貫と使っていない1200石の土地があれば、
伊賀の精鋭忍衆1200人が手に入るわけだ。
織田家なら簡単に出せると思う…多分。
出せました。
信広殿に相談した所、目を輝かせて俺の賛辞を述べた後、信秀殿に使者を送った。
すると、3万出すので、500人追加で呼び寄せて、織田家に送ってほしいとのこと。
馬鹿3人衆にその旨伝えると、次の週には1800人が三河に現れ、内300人が清州へと向かった。
3億円なんだけど、そんなに簡単に出せるんだ。
結局、2700石負担することになりましたが、
余っている土地を分配したら十分足りました。
荒地でしたが、全員を武士として仕官させると3馬鹿に伝えたところ、
次の日にはどういうわけか、荒地が農地に変わって、村ができていました。
気づいたら朝になってた?あぁ、そうですか。