第1幕 真面目アイドルちゃん異世界転生する。(1)
今日は私、ナタリー・モンターニュの10歳の誕生日。午前0時を迎えた瞬間、知らない記憶がドッと頭になだれ込んできて目が覚めてしまった。
藤沢千夏という女性の人生。最初は訳のわからない他人事のような記憶に混乱したものの、だんだんとその記憶は私自身のものだという実感が湧いてきた。これは、私の記憶だ。そうか、あの時車に轢かれてそのまま……。
突如思い出される自身の死の瞬間の記憶にパニックに陥りそうになるも、深呼吸して必死に冷静さを取り戻す。
……そうだ、これは前世の記憶。ナタリーとして過ごしてきた10年間のこともちゃんと覚えているから混乱しそうになるけど、今思い出したこの記憶は前世の25年間の記憶。
何も成し遂げることが出来ず、悔しい思いもした。でも神様はちゃんと私の努力を見ててくれたんだと思う。だって、今の私はこんなに可愛いんだもん!グループのセンターどころじゃない。ハリウッドで活躍する大女優になるのも夢じゃないかもしれない。残念ながらこの世界にハリウッドなんて存在しないけれど。
改めて今の自分を見ようと姿見の前に移動する。
「よっしゃ! 人生イージーモード確定!!」
深夜だということも忘れ、つい大声を出してガッツポーズを決めてしまった。
「失礼します。ナタリー様、何かございましたか?」
扉の外からメイドさんの呼びかける声が聞こえ、慌てて返事をする。
「な、何でもないです! ……じゃなくて、何でもないわ。私、違、私目が冴えてしまって、ホットミルクを持ってきて貰えるかしら?」
「そうですか……はい、只今お持ち致しますね」
パタパタと扉の前から去って行く足音が聞こえる。
今、前世の記憶を取り戻した私の精神は完全に藤沢千夏となってしまっているようだ。ナタリーは伯爵令嬢として甘やかされて育ってきたみたいで、かなり生意気なクソガキだ。はっきり言って嫌いなタイプ。話し方ひとつ取っても千夏とは全く違うので、怪しまれない為にもこれから気をつけなければならないだろう。
それにしても……鏡を見ながら改めて思う。性格はともかくナタリーの見た目は本当に可愛い。腰くらいまでの長さのゆるやかにウェーブがかったサラサラの金髪、見つめられたら何でも言うことをきいてしまいそうな透き通った琥珀色の瞳、華奢な身体と真っ白な肌はまるで妖精のようで……10歳にして完成されたこの美貌が、5年後10年後にどうなっているのか今から楽しみで仕方がない。
アイドルでもないし恋愛解禁された今の私は無敵かもしれない。きっとこちらから声を掛けなくても、沢山の男の子たちに好意を寄せられ、女の子からは羨望の眼差しを向けられるのだろう。あ、でもこのままの性格だと同性から盛大に嫌われて、いじめられるかも。怪しまれない程度に徐々に性格改善していった方がいいかな、なんて考えていたらーー。
「ナタリー様、ホットミルクをお持ち致しました」
「あ、ありがとうございま……随分と遅かったじゃない。待ちくたびれて眠ってしまうところだったわ。部屋に入っていいから、早くここまで持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
わざわざ深夜にホットミルクを持ってきてくれたメイドさんに対して悪態をつく自分が嫌になる。慣れているのか、イラッとした様子も見せずに部屋に入ってくるメイドさんにいつもありがとうございますと心の中でしっかりお礼を言う。
前世では、人にこんな偉そうな態度をとることがなかったからストレスを感じたのか、胃がキリキリと痛む。胃の為にも性格改善は早めにした方が良さそうだ。あー、ホットミルクの優しい味が沁みる。
「ナタリー様、明日は10歳のお誕生日をお祝いするパーティーがございます。ホットミルクをお飲みになったら、早めにお休みになって下さいね」
「ありがとうございます」
「え?」
ホットミルクで身も心も癒され、ついナタリーのキャラを忘れてしまった。これにはさすがに驚きの声を上げるメイドさん。お礼を言っただけでこんな表情されるナタリーっていったい……。
「あ、あなたも早く休みなさい! 別にあなたを心配してるわけではなく、モンターニュ家のメイドが目の下にクマをつくっていたらみっともないから言ってるだけなんだからね!」
下手くそなツンデレみたいになってしまった。首を傾げながらも、気遣いに感謝してメイドさんは部屋から出ていった。
そういえば、明日は多くの客人を招いての盛大な誕生日パーティーが行われるんだった。美味しいものを食べたり、素敵な出会いもあるかもしれない。私こそクマなんかつくってる場合じゃない! 明日出会うかもしれない運命の相手へ思いを馳せつつ眠りにつくーー。