第0幕 真面目アイドルちゃん死ぬ。
アイドル始めて早7年。女優になりたくて18歳で事務所に入ったものの、未だにド地下アイドルグループの1メンバーでしかない自分という、理想と現実のギャップに心が折れそうになる。
周りの友達はそろそろ結婚を考えていたり、これぞ女の幸せそのものという話もちらほら耳に入ってくる。羨ましいわけじゃない。むしろ友達からは『千夏は自分の好きなこと出来てていいね』なんて言われるし、私も今の自分を不幸だとは決して思っていない。ただーー。
「千夏。私ね……イッチーと付き合ってるの」
「え……?」
「ごめん。わかってる。アイドルとファンが繋がるのは絶対に駄目なことだって。だから私、グループ辞める。皆には迷惑かけないから。本当にごめん」
いつから繋がってたのか。ずっと頑張っていた活動をこんな形で終わらせていいのか。夢よりも恋愛が大事なのか。何故私に打ち明けてくれたのか。それほど本気の恋なのか。
言いたいことは沢山あるはずなのに何から言えばいいものか。
「千夏がメンバーに何回も裏切られて、それでも自分は真面目にルールを守って頑張り続けてたのずっとそばで見てたのに……ごめんなさい」
「美海……恋愛って楽しい?」
「あ……楽しいし、幸せだよ……」
「夢を犠牲にして、仲間を裏切って。恋愛ってそこまでして、今しなくちゃいけないことなのかな」
堰を切ったようにあふれ出す言葉は止まらない。美海が唇をグッと噛みしめている。それでも、私が何回メンバーの裏切りにあっても耐えられたのは美海が一緒に頑張ってくれたからで。だから、こればかりは許せない。
「美海は友情より恋愛を選んだってことでしょ? なんで堂々とそれを私に言ってくるの? いっそずっと隠し通してくれたらよかったのに……」
「だって‼‼ もし隠し続けて結婚したくなったら? 子供が出来ちゃったら? ずっとこのままでいるなんて無理なんだよ。私たちもう25なんだよ? ……ごめん、千夏ならわかってくれると思ってた。私、もう限界だったんだ、夢を追いかけ続けるの」
そう言うと美海は背を向けて去って行こうとする。
「美海! 待って!」
1人になった部屋に私の声が虚しく響く。
美海の言っていることもわからなくはない。いつまでこんな生活が続くのかと不安に思うことが私にだってある。
真面目なことだけが私の取り柄で、こんな小さなグループの中でさえ人気はせいぜい中の下。ルールを破るのは大抵が人気上位の子たち。もっと可愛かったら人生イージーモードだったのかなって、嫉妬とか醜い気持ちに心が支配されそうになることもある。
そんな時、心の支えとなるのは絶対に女優になるんだという自分自身が決めた夢。実際にどうやったら夢に近づけるか考えて努力している時間はすごく楽しい。何にも代えがたい時間だ。
だから今の自分を不幸だとは決して思っていない。ただ、恋を楽しんでいる皆の顔を見ていると、恋愛もいいものなのかもしれないなんて思ってしまう。
落ち込んだ気持ちを切り替えるように、ジャージに着替えランニングをしに外に出る。
信号待ちをしている間もその場で足踏みを続けていると、急に強い力で背中を押された。背後には小学生の集団がいたから、ふざけているうちにぶつかってしまったのだろう。バランスを崩して車道に倒れこんでしまった体を起こしながら、大人としてしっかり注意しなくちゃなんて思っていたらーー。
キキーッ‼‼‼‼
車のブレーキ音が聞こえてそのまま視界が真っ暗になる。うっすら聞こえてくる周りの声によると、ブレーキをかけたものの間に合わず、私は轢かれてしまったらしい。幸い痛みはもう感じないが、このまま死ぬのだと直感した。
ああ……何も出来なかったな……。次に生まれ変わるとしたら、グループの絶対的センターになれるくらい可愛い女の子がいいな……。
そこで私の思考は停止した。