第1章 ④その男、騎士となる。
「おっはよー!!」
元気の良いダリアの声にセントは起こされる。
時刻は朝の9時頃。
昨日フォーセと話した後、店の片づけをしていたので寝るのが遅くなってしまった。
少し寝足りないが、ダリアに護衛任務のことを説明し、酒場の仕込みを手伝い、
身支度を整えてから、正午までに集合場所に行くとなると、もう起きなければならない。
なにより朝から元気の良いダリアの前で惰眠をむさぼるなど不可能なことだった。
「おはよう。ダリア」
寝起きの間抜けた声でセントが返した。
「そんで、どうなったの?要人警護!やるんでしょ?」
「あぁ。やるよ。とりあえず今日は昼に集合だって言われてる。
すまないが、天覧試合が終わるまで、店は手伝えなさそうだ。こっちに帰れるかもわからん。
ただ、今日の仕込みは手伝っていくよ。」
「ふふふ…。店のことは良いのよ!気にしないで行ってらっしゃい!」
不敵な笑みを浮かべダリアはそう返した。
「なんで笑ってんだ?開催期間中はさらに人も多くなるだろうし、本当に一人で大丈夫なのか?」
「その辺もひっくるめて大丈夫なのよ。」
「どういうことだ?」
「秘密よ。ひ・み・つ!」
「なんで秘密なんだよ……。」
セントはいまいち理解できなかったが、店の運営に関してはダリアのほうが何枚も上手だろう
と考え、それ以上の詮索はしなかった。
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店の手伝いを終え身支度…といっても特にないが・・・
身支度を済ませたセントは、ダリアに挨拶をし、集合場所である噴水広場に向かった。
花都コラールの観光名所、大噴水は観光客でごった返していた。
コラールのお祭り用衣装を着た人たちや様々な仮装をした観光客もおり、まともに人を探せない。
「なんでこんな場所を集合場所にするんだよ……。フォーセのヤツ、どこだ?」
セントが不満を漏らしながら、依頼主・フォーセを探していると、
いかにも観光客の集団から声をかけられた。
「すいませーん。王都への道はどっちにいけばいいですかー?」
「あ、それなら東の通りを抜けたら石畳の道が……」
と言いながら、観光客の顔を見上げると、
「うぉ!フォーセか!?」
声をかけてきたのはコルマティアの伝統衣装を身に纏ったフォーセだった。
フォーセを含め5人、いかにも観光客といった様子の一行がいた。
「ふふふ。お前、気づくのが遅いぞ。」
とフォーセに少し呆れられたセントだが、
すかさずセントも反撃する。
「いや、なんでそんな恰好なんだよ!遊びに来たのか!?」
フォーセはさらに呆れた様子で、
「こんなところで武装していたら目立つだろう。街に溶け込むには今はこの衣装が一番だ。
お前、王族の護衛してたのにそんなこともわからんのか?」
セントは少し、ムッとして、
「俺が護衛騎士だったのは、戦争中だったからな。平和な世の中での護衛のセオリーなど知らん…」
と言い放つ。
「そうか、それはすまなかったな。」
と素直に謝るフォーセ。
少しとげのある言い方をしてしまったとバツの悪そうなセントが
ふと、フォーセ達の中心にいる人物に目をやった。
「おい、あそこにいるのってまさか………。」
そこには、本当にまさかの人物がいた。
お祭り用の衣装に身を包んでいるが独特の雰囲気を持つ女性を、
同じように観光客のような服を纏っているが、左右と後ろかなりの達人だと分かる者が、
素人目にはわからないが、少しの隙もないように固めている。
セントも1度だけ顔を見たことがあり、この任務の警護対象と聞かされた衝撃の人物がそこにいた。
フォーセは小声で、
「ノーシセス王、スパネイア様だ。」
とセントに告げた。
ノーシセス神王、スパネイア ディアンドⅢ世。
宗教国家ノーシセスの頂点。神の言葉を聞き、未来を操るといわれる王。
先の戦争では中立を貫き、終戦の際の処理においては自国の損を顧みず8か国の調停を取り持った
表舞台に立つのは稀であり、王族や貴族以外で顔を見たものは少ない。
セントは終戦後の会談で一度だけ見たその顔、姿を忘れてはいなかった。
なぜなら、そのときスパネイアは、まだ15歳の少女であったからだ。
セントも声のボリュームを落とし
「おいおい、こんな町中に連れてきて大丈夫か。」
と質問する。
「お前に会いたいと聞かなくてな。まずは挨拶しろ、セント。」
とセントをスパネイアの前に突き出した。
いきなり挨拶をしろと言われて、たじろぐセントに、スパネイアは優しく微笑みかけ、
「セントラオン ザハート様ですね。天覧試合での護衛、お任せいたします。
あなたには、少し波乱があるとは思いますが、どうか最後まで我々の力に。」
と丁寧に告げ、お辞儀までした。
スパネイアの持つ荘厳な雰囲気や、
一国の王、しかも、若く美しい女王から、とても丁寧に扱われたことに喜び、
「ふぁい!こ、このセントラオン。いのちの限り、お守りいたしむす!!」
と、噛みながら宣言したのであった。
スパネイアは相変わらずの微笑みで。
「ありがとうございます。フォーセのこともよろしく頼みますね。」
と一礼し、歩き出した。
「ふぁ、はい!」
と返事を返し、後をついていくセント。
「間の抜けた挨拶だったな。コルマティア流か?」
とフォーセにからかわれる。
セントは顔を赤くし、
「いきなり王に挨拶なんかできるか!心の準備ってもんがあるだろ!」
とフォーセに反撃する。
フォーセはそれを受け流し、
「とりあえず、王都内に入るぞ。貴様のためにスパネイア様からの恩賜だ。
さっさと装備しろ。それと……。」
フォーセからセントに騎士剣、盾、皮と鱗で作られた鎧が手渡される。
素人目に見てもかなりの上級品だということがわかる装備をセントは受け取る。
「お、おい、こんな良いものくれるのか?」
セントは戸惑いながらも鎧を身に着け、剣や盾を持った。
身なりが立派な騎士になったセントは、フォーセの後を歩き始め、言葉の続きを待つ。
「……それと…なんだ?」
「昨日までに他国の王族もコルマティア国内に詳しい手練れを雇っているだろう。
もしかしたら顔見知りがいるかもな。お前は訳ありだし一応顔を隠しておけ。」
と黒い布を渡してきた。
「俺のことを知ってる奴なんてもうあまり残ってなさそうだがな。
まぁ、もし知ってる奴がいてノーシセス兵になってると知ったら、
裏切者と誤解を招いちまうか。」
と言い、目だけを出すように顔に布を巻き付けた。
立派な騎士が不審な騎士にランクダウンした。
「……そういや、昨日スパネイア様はどこにいたんだ?
お前が警護の責任者じゃなかったのか?」
フォーセは歩きながら説明を始めた。
「昨日は、コルマティア宮殿で王たちの会合があった。スパネイア様はそちらに参加されていた。
宮殿内に入れる護衛の数が限られていたし、宮殿内はまだ安全だ。
それで俺がお前を探しに行けたんだ。警護にあたる人物を見極めるのも俺の役目なんでな。
逆に言えば、俺が自由に動けるタイミングが昨日しかなかったんで、
昨日のうちにお前をスカウトするのが最重要任務でもあった。」
セントは、聞きながら剣や盾を振り回し使用感を確かめていた。
「なるほどな、確かに宮殿内で暗殺なんてのは、この平和な時代にはないな。」
と相当な業物の剣、軽く丈夫な盾に感動しながら言った。
フォーセは質問をしたくせに適当な態度をとるセントに、
「聞いているのか!」と一括し、
セントが目を輝かせながら眺めている盾を、腰に差していたレイピアで一突きした。
その素早く鋭い刺突に驚きながらセントは、フォーセのほうを見て、
「わ…悪かった。ちゃんと聞いてるよ…」と返しフォーセの言葉に耳を傾ける。
「今日からは王都内の宿に泊まることになり、
スパネイア様も天覧試合のための準備で王都内を出歩く必要がある。
俺たちは、今日からスパネイア様に付きっきりだ。
詳しくは後で話すが、王都内に入れば一瞬たりとも気を抜くなよ。」
そう話し終えたところで、
セントたちは、王都への門の前まで到着したのであった。
簡単プロフィール
スパネイア ディアンドⅢ世: 女性 25歳
ノーシセス宗教国 神王
身長:165㎝ 体重??㎏
武器:神王の杖
魔法:天魔法
装備:神王のローブ 神託の指輪
ノーシセスの王、神のお告げを聞き、未来を操る。
2歳で女王になり、戦争中も国を維持し続けた。