第六話 領主
明け方になってから寝付いた勇一は、溜まっていた疲れのせいで熟睡してしまった。
・・・朝。
廊下を歩くパタパタという音で目を覚ました勇一が部屋のドアを開けるとカーラがホウキで掃き掃除をしているところであった。
「あ、おはようユーイチ。よく眠れた?」
「あ、うんおはよう。寝坊しちゃったね」
カーラは笑顔で「朝ごはん、食堂にあるわよ」と教えてくれた。
食堂に降りていくとカーラの母、リールがカウンターの中で書類の整理に追われている。
「おはようございます」と声をかける。
「あら、おはよう。ユーイチさんよく眠れたかしら?食堂にお食事を用意しておいたわ。バタバタしててお相手出来ないけれど、ゆっくり食べてね」
「はい、ありがとうございます」
食堂を見ると、テーブルに一人分の食事が用意されている。食事と言ってもパンにスープ、それにオレンジのようなフルーツ1個という簡素なメニューだが。
勇一が食事している間、2階ではカーラが掃除する音がずっと響いていた。リールはカウンターから出てこない。
(閑散期の小さな宿とは言え、いろいろ仕事があるんだな)
そんなことを考えながらぼーっと外を見ていると、いつの間にかカウンターを出ていたリールがコーヒーを持ってやってきた。正確にはコーヒーに良く似た飲み物、だけれども。
礼を言ってコーヒーを受け取った勇一にリールが言う。
「今日は何をして過ごすのかしら?この村には大した見どころもないけれど、東に少し歩くと公園があって、丘の上からの眺めはなかなかよ」
「そうなんですね。行ってみます」
微笑むリール。
「カーラに案内させたいところなんだけど、2日後に領主様がご滞在されるから今日から準備で忙しいのよ。ごめんなさいね」
(そう言えば昨日、そんなことを言っていたな)
「ええ、気にしないでください。ひとりでのんびりブラブラしますから」
するとドンドンドン、と階段を降りてくる音が聞こえた。
「ママ、2階の掃除終わったわよ!次はどこ!?」カーラが大きな声を響かせながら食堂に入ってくる。
「庭をキレイにして頂戴。その後はパンの仕込みをお願いね」
「あ~、ハイハイ!やること山積みね。ユーイチ、そのスープ私が作ったのよ。美味しいでしょ?」
「うん、美味しいよ。パンもコーヒーも美味しかった」
カーラは満足そうな表情を浮かべると、再び母親の方を向いた。
「ねぇママ、明後日までユーイチにも手伝ってもらったら?どうせヒマなんだろうし」
「う~ん、そうねぇ。でもご迷惑じゃないかしら?」
「平気よ!ユーイチ、やることないんでしょ?バイト代払うから手伝いなさいよ!」
(結構強引なんだなこの子)
カーラの押しに負け、「わかったよ」と答えた勇一だったが、内心はこれで村に滞在する正当な理由が出来た、怪しまれずに済むな、と計算していた。
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「じゃあ、ユーイチさんにはお風呂場の清掃をしてもらおうかしら」
リールが言った。勇一は「わかりました」と答えた後、キノピー星について知る良いチャンスだと考え、質問をぶつけてみる。
「この村は明後日いらっしゃるという領主様が治めているんですか?」
「ユーイチさんは記憶喪失でご存じなかったのよね。そう、ここを含め一帯を治めているドーウィル伯様がお見えになるわ。年に1度、アルデンテ王国の王都で行われる領主会議にご出席になる途中に滞在されるのよ」
「領主様と言っても緊張することはないわ。気さくでいらっしゃって、この村に滞在されるのを皆楽しみにしているの。ロディ達もドーウィル伯様にお出しするウルフを狩りに行くと張り切ってたわ」
(ドーウィル伯はどうやら善政を敷いているようだ。そしてここはアルデンテ王国というのか。王国は他にもあるんだろうか)
勇一はその後もしばらくリールから話を聞いた。
それによると、キノピー星には4つの王国と3つの自治領が存在しており、アルデンテ王国は農業と酪農を中心とした産業構成で4つの王国の中ではやや小さな勢力なのだという。
今回の領主の滞在は王都で国王も臨席して開催されるアルデンテ王国の領主会議に行く途中であるためだそうだ。
領主会議は領主達が国王にその年の税金を収める場にもなっているというが、今年は他国にきな臭い動きが見られるため例年になく緊張感のある会議になるのではないか、とリールは読んでいた。
(きな臭い動きとは何だ・・・?)
気になったが、勇一は深くは追及せずにおいた。
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それから2日間、勇一は風呂場の清掃に倉庫の整理、それに宿屋の一部のペンキ塗り直しといった作業に追われた。どれも地球では経験したことのない仕事で、彼にとっては新鮮であった。
村では宿屋に野菜や肉を運び込む人がいたり、通りに簡単な整備を施す作業をする人が出るなど慌ただしい様子で、領主の来訪が村にとって大きなイベントであることを示していた。
そして2日後。いよいよ領主の到着である。
ドーウィル伯は約10人の騎士に先導され馬車でやってきた。鋼鉄の鎧に身を包み馬に跨った帯刀騎士を見ていると、さながら自分が中世ヨーロッパにでも迷い込んだような気持ちになってくる。
領主の馬車は豪華でこそないものの、白木で組み上げられまだ新しく、アルテ村を含む領土の経営がうまくいっていることを示していた。
後続の荷車には大きな荷物が積まれ、その上に布のシートが被せられている。これが王都で国王に収めるという税金なのだろう。
宿屋には村長以下、村人たちが集まっており馬車から降り立った領主夫妻を拍手で迎えている。村人からすれば単なる旅人に過ぎない勇一はその様子をひとり食堂から眺めていた。
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ドーウィル伯到着の夜。
カーラの宿にはドーウィル伯夫妻や騎士達と共に村長を始めとする村人たちが集まり、歓迎の宴が開かれていた。
数日前に勇一が囲んだテーブルにはドーウィル伯夫妻と村長、それにカーラの母であるリールが着席している。
勇一の宴会の際にはキッチンで切り盛りしていたリールだったが、今日のそれはカーラの役割であるようだ。
勇一はロディと共に隣のテーブルで狼鍋を楽しむことになった。
「ユーイチ、もうすっかり村の人間みたいだな」
ロディは勇一がお気に入りのようだ。今日も絡んでくる。
「カーラもユーイチが手伝ってくれて助かるって感謝してたぞ。美味しいとこ持って行きやがって」
多少の嫉妬も入っているのだろうか。
「ハハハ・・・宿代代わりにね」
勇一はロディの話につきあいながら、隣のテーブルの様子を窺った。
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リール「...それで、ドレスデン王国は今、誰が統治しているんですか?」
ドーウィル伯「それがよくわからんのだよ。『色白の怪人』の勢力が台頭しているとは聞いているが王位を奪ったのかまでは定かではないんだ」
(『色白の怪人』...!)
勇一は思わぬ単語の登場に聞き耳を立てた。
ドーウィル伯「何にせよ最大王国の内紛だ、我々にも今後影響がないとは言えん。おそらく領主会議では軍備の増強が話し合われることになろう」
村長「ニール王国との連携も強化すべきですな」
ドーウィル伯「うむ。万一の際には共同で防衛に当たることになるだろう」
(村長が話していた、以前この村を訪れたという『色白の怪人』は国家を動かすほどの人物だったのか。しかも最大国家のドレスデン王国で...?)
(ニール王国というのも初耳だ。おそらく4つの王国のひとつなんだろう。アルデンテ王国を含めこれで3つの名前がわかったことになるな)
(リールが言っていた『他国のきな臭い動き』とはこの話に間違いなさそうだ。それにしてもなぜ、宿屋の主人に過ぎないリールがあのテーブルにいるんだろうか)
勇一はその点に疑問を感じながらも、引き続き会話に耳を傾けていた。
隣ではロディが村人と楽しそうに飲み比べに興じている。
勇一はその後もリール達の会話を聞き取ろうとしたが、周囲の声に遮られ、ロディ達の相手もしながらであったことから、思うようにはいかなかった。




