第三話 宿屋
「おっ、カーラじゃないか。戻ってきたのか。さっき外の畑でベビーウルフを追いかけてたのを見かけたけど仕留めたんだな」
高さ3mくらいの木の柵で囲まれたアルテ村の門前で、警備らしき30代の大柄な男が女性に声をかけてきた。手には槍のような武器を持っている。
(カーラって名前なのかこの子)
「なんとかね。子供とは言えウルフだから緊張したわよ」
顔なじみらしき男に対してカーラが笑顔で答える。
「でも親ウルフが来ちゃってね。大変だったわ」
「親ウルフ!?そんなのが来てよく無事だったな」
「彼が倒してくれたのよ。ほら、親ウルフも持ち帰ってきたわ」
警備の男はカーラから少し離れて後ろを歩いてきた勇一を見て、驚いたような表情を見せた。
「本当に成体のウルフだ。君がこれを狩ったのか?」
どんな反応をすればいいのだろう。「ええ、そうですよ」と当たり前の顔をすればよいのか、すごいことを成し遂げただろ?と得意気な表情を見せればよいのか、判断がつかない。
「ええ、まぁ」
「しかも素手でね」
カーラが呆れたようにつぶやく。
「は?素手で成体のウルフを仕留めた?そりゃあり得ないだろ。ソロで討伐なんて武器を持った3級でもなかなか出来ないぜ」
(3級?3級ってなんだろう。でも、今は聞かないほうがいいんだろうな)
警備の男はいよいよ本格的に驚いている。どうやらウルフは村の界隈で強敵と見做されているらしい。そんな獲物をあっさりと片付けてしまったのはまずかったか。と勇一は少し後悔し始めていた。他の惑星から来た者として目立つのはご法度だからだ。
すると男がカーラに近づき、なにか囁いた。顔はいつのまにか訝しそうな表情に変化している。
うなづきながら男に説明している様子のカーラ。そして男は勇一に対しこう言った。
「その変わった服に素手でウルフを倒すような人間を村に入れたいとは思わないが、カーラを助けてくれたんだってな。俺からも礼を言うよ。ゆっくり休んでってくれ」
そう言うと男はニッと笑い、ごつい手を差し出してきた。
「あ、ありがとう」
握手をしながら落ち着かない様子の勇一をカーラは先程よりややほぐれた表情で見つめていた。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
「ところでカーラ、このウルフはどうするんだい?」
勇一と握手を終えた男はカーラの方を振り返ってそう言った。
「そうね、鍋にでもしようかしら。ママに相談してからだけどね」
「そっちの成体ウルフは食べ切れないだろう!後で食べに行ってやるよ」
「バカね、これは彼のじゃない。どう処分するかは私が決めることじゃないわ」
どうやら親ウルフの所有権は自分にあるらしい、と悟った勇一はカーラに「あげるよこれ。鍋にすれば?」と申し出た。
「えっ、いいの?毛皮や肉は売ればいいじゃない。あなたが仕留めたんだから気を遣うことないのよ?」
「いや、よくわからないからいいよ」
せっかくの獲物なのにどうして?と言いたいのか不思議そうな表情のカーラだったが、質問してもはぐらかされると思ったのか、それ以上追及してくることはなかった。
「あなたがそう言うならいいわ。その代わり今日はウチに泊まって。私の家、宿屋だから。監視も出来るしね」
どうやらカーラは宿屋の娘のようだった。
「おっ、兄ちゃんカーラのとこに泊まるのか。よしじゃあ夜は狼鍋で宴会だな!どうやって仕留めたのかその時にじっくり聞かせてもらうわ」
男は無邪気そうに笑うと門を通してくれた。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
周囲の柵よりやや太く頑丈そうな丸太を使って組み上げられた門をくぐって村に入ると、目の前には野菜や果物を作っているのだろう、畑が広がりその向こうに平屋建ての住居が点在しているのが見えた。
途中には小川もあり、水車も見える。畑に水を供給しているようだ。地球では見ることのない澄んだ水が流れる自然の小川である。
(日本なら江戸時代、ヨーロッパなら中世といった感じだな)
勇一は門を入ってすぐに、キノピー星原住民の文明度レベルは地球より約500~600年程度遅れているのだろう、と推測した。
(この感じだと銃はないのかもしれない。レーザーガンは後で隠しておこう)
黒いパワードスーツと同じ黒いホルダーに黒い銃身であるため装着していても目立たず済んでいる小型のレーザーガンだったが、ややこしい事態にならないために後で宇宙船に戻しておいた方がいいだろうと勇一は判断した。
重力シューズとパワードスーツがあれば、銃のない村であれば飛び道具は必要ないだろうと考えたのだ。
もちろんあるに越したことはないが、存在しないはずの高度な武器がもし誰かの手に渡ってしまったら、この星の文明そのものに影響を与えてしまうかもしれない。調査員としてそのような事態は避けるべきであった。
カーラの後を追うように、狼を引きずって歩く勇一は道すがら、馬や牛を使いながら畑で手作業する人々の様子を観察した。
(この分だと電気もないかもな)
地下都市であったとは言え、最先端の技術に支えられ快適な生活に慣れてきた勇一は、調査中に過ごすこの村での生活を考え、少し暗い気持ちにならざるを得なかった。
10分ほど歩いただろうか。少しずつ家が増え、村というよりちょっとした街と言った方が良いだろう賑やかさを見せ始めたあたりで、カーラが足を止めた。
「ここが私の家よ。母とふたりで宿屋をやってるの」
看板が出ているがこれは読むことが出来ない。K-116に聞けば解析してくれるのだろうが、どうせ「宿屋」とかそんな感じの言葉なのだろう。
「立派な建物だね」
カーラの宿は2階建てで周りの家や店舗よりもやや大きかった。
「でしょ?この辺の建物の中では大きい方なのよ。この村で宿屋はここだけだからねっ」
褒められたためか、カーラは多少機嫌を良くした様子である。
「ただいまぁ」
軒先にベビーウルフを置くと、カーラは宿屋の中に入っていった。
勇一は後についていっていいのかわからず、玄関先で狼の死骸と共に声がかかるのを待つことにした。
数分後。おそらくカーラが母親に今日の出来事と勇一のことを説明していたのだろう。再び玄関にやってきて勇一を招き入れた。
勇一が中へ入ると、いかにもといった感じの中世的な宿屋の趣である。正面にチェックイン・チェックアウト用のこじんまりとしたカウンターが鎮座し、右側には2階への階段が見える。左側には4人がけのテーブルが10個くらい並んでいる。おそらく食堂なのだろう。奥にはちょっとしたカウンターバーらしきしつらえも見える。
(なかなか本格的な宿じゃないか)
実は勇一には旅行という経験がない。地下都市での暮らしに旅行という概念など既に存在していなかったからだ。ホテルや宿といった存在は知識として持っているだけであり、自宅以外での外泊と言えば大学や企業が実施する数日間の研修をセンターで体験した程度なのであった。
もっとも、一人暮らしの彼女宅に泊まるなど外泊の機会は一般的にないわけではなかったが、女性と交際したことのない勇一にそんな経験があるはずもなかった。
宿屋の玄関先にあるカウンター前で所在なさそうにする勇一を、カーラが食堂に招き入れる。
「ちょっと待っててね。いまママが来るから。私は狼を片付けてくるわ」
「狼重いでしょ。手伝おうか?」
「大丈夫よ慣れてるから」
ベビーウルフや成体ウルフとの対峙から無事に自宅へ戻ることが出来て安心したからなのか、カーラは笑顔を見せると小走りに去っていった。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
(冷蔵庫が見当たらないからやっぱり電気はないんだろうなぁ)
(換気扇もないみたいだし)
食堂内を見回しながらこの星の生活水準について考えていた勇一のところに、2階から降りてきたカーラの母が挨拶にやってきた。
30代後半くらいだろうか。小綺麗で動きやすそうなアースカラーの服をまとっており、カーラによく似た目の大きい美人である。
自分と同年代だろうカーラの母にしてはやや若いと言って良いかもしれない。
「いらっしゃい。カーラを助けてくださったんですって?本当にありがとう」
「いえ...」
女性と話すことにお世辞にも慣れているとは言えない勇一はそう言ってうつむくのが精一杯だった。
「親ウルフを素手で倒したと聞いたわ。あの子は納得できないみたいだったけれど」
そう言って母親は笑い、こう続けた。
「人助けをする人に悪い人はいないわ。それにあなたは恩人。ゆっくりしていって頂戴ね」
「あ、ありがとうございます...」
「親ウルフもあの子にくださったとか。宿のお代は結構だから遠慮なく滞在していってね。ちょうど今は閑散期だからお客さんも少ないのよ。収穫期には果物目当てのお客様が結構いらっしゃるのだけれど、3日後に領主様がご滞在されるくらいで」
「あっはい、ありがとうございます」
「ところであなた、お名前は?」
カーラの母が名前を尋ねてきた。
「勇一です」
「ユーイチさんね。私はリール。ご出身はどちらなのかしら」
「...」
カーラの母、リールは少し笑いながら
「いえね、カーラが多少あなたのことを疑ってるみたいだったから」
「すみません」
「いいのよ。うちの宿屋にはいろんな人が泊まりますから。いちいち気にしてられないわ。カーラや自警団に聞かれたら記憶喪失になった、って答えておけばいいんじゃないかしら」
カーラと違い、リールは自分についてあまり不審感を抱いてはいないようだ。勇一は多少ほっとした。
「ありがとうございます。そうですね、わからないのは事実なので記憶喪失ということにします」
(日本というわけにもいかないし、わからないということで良いだろう)
多少の後ろめたさも覚えながらも、勇一は自分を納得させた。
「じゃあお部屋へ案内するわね。夕食までくつろいでね。」
そう言ってリールは彼を2階の部屋に案内してくれた。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
6畳ほどの簡素な部屋に通された勇一は、「ふぅ」と言ってシングルサイズのベッドに腰を掛けた。
温暖な気候らしく薄手の白い掛け布団をめくってみると、同じく白いシーツがきちんと皺のない状態で張られており、カーラの宿が快適な滞在を約束してくれることを示していた。
夜は寒くなることもあるのだろうか、ベッドサイドに置かれた木目調のイスには毛布が畳まれておかれている。
バスもトイレもない部屋だが、木製の一人用ワークデスクも備え付けられ不便はないだろう。
「さて、この村にどのくらい滞在すべきかな」
キノピー星の大きさに鑑みると、小さな村に長期間逗留するのは好ましくない。勇一に与えられた調査期間は3年間なのだ。地球への報告は週1回行うこと、と定められていたことから、長くても1週間以内には立ち去るべきだろう。
アルテ村自体に調査すべき対象は多くないだろうが、キノピー星の大気や水質調査、それにいないと思っていた原住民の生活水準や生活習慣を知った上で次の街に出発したいと考えた勇一は、滞在期間を最大で1週間とすることにした。
それからどうしても気になることがある。「ウィル」とは何なのか。地球には存在しない何らかの能力かスキルの類がこの星には存在しているのだろうか。この点を突き止めなければ、安心して次の目的地に出発することは出来ない。
ここまで考えて勇一はベッドに横たわると、そのまま眠りに落ちてしまった。




