第二十ニ話 修行
ひとりになった勇一は、まずは本堂へ行ってみることにした。入口正面に建つ大きな寺院のような建物だ。
改めて正面入口付近まで戻ると、既に体をほぐしている男たちの多くは姿を消しており、遅れてきたとみられる数人が思い思いに身体を動かしているところであった。
本堂を覗き込むと、まさに道場と言ったしつらえの天井の高い空間に多くの男たちが座り込み、師範代だろうか、中央で立っている人の話に耳を傾けている。おそらくウィルについて講義しているのだろう。
特に定められた道着はないらしく、みな思い思いの動きやすい格好だ。
勇一は講義を受けている人々を見ながら、まだ部屋がありそうな道場の左側へと廊下を歩いていった。道場と壁を隔てて数十人入れそうな部屋がある。ずらりと並んだ大テーブルとイスの様子から食堂のようだ。その向こうにある厨房らしき部屋からは食事の匂いが漂ってくる。
食堂側の厨房寄りの壁一面には台が置かれ、大皿を置けるようになっていることから食事はおそらくブッフェスタイルなのだろう。要するに食べ放題だ。食事の時間帯が決まっており、食べたい人はここへ来て好きに食べなさい、ということなのだろう。
(本当に自由に修行ができるんだな。去る者は追わず、ということか)
勇一がそんなふうに思っていると、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと先程のルッテという師範代だ。
「何かわからないことがあれば聞いてくださいね」
優しそうな笑顔でそう言うルッテに勇一はこう尋ねた。
「ウィルについて、基礎から学びたいのですが」
勇一の申し出を承諾したルッテは海岸へ移動へ誘う。
「私が撃つと本堂を壊してしまいかねないからね」そう言って笑うルッテ。
「よろしくおねがいします」と勇一が頭を下げる。
「まず君のウィルを見せてくれるかな」
そこで勇一はパワードスーツと重力シューズを使わず、自分の力で出せるウィルをルッテに披露した。
「ファイア!」
以前、アルテ村の近くで試したときと同じように草が燃えるイメージを考えながら右手を伸ばすと、指先に小さな炎が出現する。
ルッテが無言なので勇一は次に海に向かって「アイス!」と叫んでみた。すると波打ち際のごく一部に氷の膜が張ったものの、次の波ですぐに見えなくなってしまった。
「ふむ」
ルッテは勇一のウィルについて評価することはせずに、その原理について話し始めた。
「ユーイチ君、ウィルについてどう習った?」
「物質を操作する力、と聞きました」
「そうだね、それが基本だ。ただ、ウィルには様々な発現能力がある。例えばオーラを読んだり空を飛んだりとかね。物質の操作だけで説明できる力ではないんだ。」
「ウィルとは精神力を具現化すること、なんだよ。人の精神の力が超常現象的な能力を引き起こす現象を聞いたことがあるだろう?」
勇一が答える。「テレキネシスとか火事場の馬鹿力、人を呪い殺すとかそういうことですか?」
「そうだ。それらは全部、人の精神力の強さで生じる現象だね。それがウィルなんだ」
「そして、君が言った現象をもし引き起こすとしたら、どんなことを考える?」
「火事で取り残された家族を思い助けたいと願ったり、この物体をここまで動かしたいと考えたり、憎い相手を思い浮かべてこうやって死ねばいいと祈ったり、でしょうか」
「うんそうだね。どのケースも力の発現方法を詳細に思い浮かべて強く求めるよね」
「そこまで具体的にイメージすること、そして強く求めること、更に自分にそれが出来ると強く信じること。これがウィルの発現には必要不可欠なんだ」
真剣な表情で聞き入る勇一。
「一度見本を見るとイメージしやすいね」
そういうとルッテは波打ち際近くまで歩いていき、スッと右手を上げると手を広げ「ファイア!」と軽く口にした。
すると彼の手のひらから凄まじい炎が沖合に向かって吹き出る。
ゴォォォッ!
まるで火炎放射器のように噴出する炎はルッテから30mも先まで到達しており、ルッテの後ろで見ている勇一の顔も炎に照らされているのがはっきりとわかる。
数秒間、ルッテは炎を出し続けた後に開いていた手のひらをキュッと握りしめ収束させると、勇一の方を振り向いた。
「どうだい?」
「すごいですね」
勇一はそう返すのが精一杯だった。
「ユーイチ君は『ファイア』を使った時、何かが燃えるイメージをしていたのではないかな?」
「はい、草が燃えるイメージでした」
「何かが燃える時、炎は上へ向かって発生するよね。草が燃える時は炎も小さい。だからさっきはあんなふうに発現したんだね。」
「なるほど...」
「自分がどんな炎を出したいのか、そのためにはどんな現象が起きればいいのかを考えて、頭の中で具現化するんだ。そして強く求める。それらが君の持つウィルのキャパシティの範囲に収まっていれば、きっとその通りの現象が発生すると思うよ」
頷きながら聞く勇一。
「あとは繰り返し練習して自分の能力を磨いていけば、発動できるウィルも大きくなっていく。」
「ふむ」
「ただし、実現不可能な突拍子もない現象をいくら考えてもウィルは発動しないんだ。普通はね。また今言ったように自分のキャパシティを超えるウィルを発動することは出来ない。例えばさっき私が出した炎はせいぜい30m程度だったけれど、あれを1km先まで出したいと願ったところで無理なんだ。私のキャパシティを超えているからね」
「自分のキャパシティを大きくするにはどうしたらよいのですか?」
「うん、それはね、願う力を強く持てるようになることだよ。自分なら出来るという強い自信と言ってもいいかな。そのためには体力、知力、経験すべてを磨き続けなくてはならない。簡単なことではないね」
ここまで聞いてしばらく考える勇一。ルッテは勇一が口を開くのを待っているかのように海を眺めている。
「...もう一度、『ファイア』やってみてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
今度は勇一が波打ち際に立ち、右手を前に出すと手首のあたりで左手を添える。もし反動があった際に支えるためだ。そして地球で使われている火炎放射器をイメージすると、先程より大きな声で「ファイア!」と叫んだ。
ゴォォッ!
ルッテほどではないが10mほど先まで横に伸びる炎の柱。勇一が1回目に出した炎とは雲泥の差とも言える効果があったのだった。
「おおっ、すごいね」
勇一の後ろでルッテが称賛し、続ける。
「ウィルの原理を学んだだけでこんなに劇的に発現能力が大きくなるのは初めて見たよ」
勇一はルッテの言葉にちょっと振り返り軽く頭を下げると、再び海の方を向き今度は「アイス!」と唱える。頭の中では北極の巨大な氷塊を思い浮かべていた。
すると今度は、勇一の足元から海に向かって半径10m程度がまたたく間に凍りつく。先程の表面に張った氷とはその厚みが雲泥の差だ。
「ほぅ、これはすごい」
後ろではルッテが再び声をあげた。
勇一はかがみこみ、一面の氷をコンコンと叩くと、その厚みに自分でも少し驚いたようだった。
手応えを感じたからだろうか、拳をぎゅっと握りしめる。
そしてルッテの方を振り向き「あとは修行ですね!」と言った。ルッテは優しい目で黙って頷いた。
海岸から少し離れた門の辺りには具現の師が立っており、様子を見ていたが、ふたりが気づく前に自宅の方へ戻っていったのだった。
ルッテと勇一が道場の方へ戻ると辺りは既に夕方になっていた。本堂の隣りにある厨房では夕食の準備が進められている。
並んで歩いていたルッテが勇一に声をかける。
「ユーイチ君は本堂へ泊まるのかい?それとも宿を確保してあるのかな?」
勇一はカーラと落ち合う約束があったため今日は宿へ泊まるがその後は本堂に泊まり込みたいと伝え、ルッテに指導の礼を言うとそのまま道場を後にした。




