第二十話 絶句
翌朝、勇一はカーラと別れ「具現の師」の元へ赴いた。カーラは街で情報を集めるという。
具現の師が開いている道場は宿からもほど近い海沿いにある。他国にまでその評判が届いている有名な師であることから、壮大な建物を想像していた勇一だったが、期待は裏切られた。
海に面した道に見える門は古めかしく、門番もいない上に看板すら出ていない。出入りする屈強な男たちの存在がなければ単なる大きめの民家だと思ってしまうだろう。
勇一が門をくぐると正面に大きな寺院のような建物がそびえ、その前にあるちょっとした広場で20人ほどの男たちが思い思いに身体をほぐす運動をしているのが見える。
「あの...」
勇一はその中のひとりに声をかけた。紹介状を持って訪れたことを伝えると男は大きな寺院のように見える建物の裏手にある「具現の師」の自宅を兼ねている建物へ行けという。
指示されたとおり裏手に回ると、入口正面の建物よりは小さく古ぼけた民家のようなしつらえの家の前で掃き掃除をしている老人がいる。勇一が再び声をかけた。
「あの...紹介状を持って入門のお伺いに参った者ですが...」
「ん?」老人は掃き掃除の手を止めて勇一の方を見る。
「紹介状...どちら様からの紹介状かな?」
「アルデンテ王国のロメイン国王です」
「おお、ロメインか。どれどれ」
そう言うと老人は勇一から紹介状を受け取り読み始めた。どうやらこの老人が「具現の師」のようだ。
小柄で年は70歳以上だろうか、アルテ村の村長より明らかに歳上に見える。
国王からの紹介状を読みながら「具現の師」が口を開く。
「ユーイチ君とやら。君はロメインに期待されておるんじゃのぅ。」
「あの銀狼とやり合ったか。それは難儀じゃったのぅ。ファッファッファッ」
手紙を読み終えた「具現の師」が勇一の方を振り向く。
「どれ」
勇一を見定めるように上から下まで眺めた「具現の師」は、
「ふむ」
とだけ言うと、自宅へ入っていってしまった。
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ぽつんと取り残された勇一が所在なさそうに立っていると、「具現の師」から話を聞いたのだろう、勇一と同年代らしき若者が自宅から出てきて勇一を招き入れてくれた。
具現の師の自宅はごくありふれた古い民家といった佇まいで、その名を轟かせ世界中から弟子が訪れるウィルの達人の住まいとは思えなかった。
それでも中は一般の民家より広く、入口を抜けると数十人は入れそうな広間が見える。ここで弟子への講義など行うのだろうか。
勇一はその広間に通され、待つように言われた。しばらくするとルッテと名乗る30代半ばと思える男がやってきて修行について説明を始める。
それによると「具現の師」の元での修行には決まったカリキュラムなどは存在せず、弟子たちはそれぞれが自分のペースで切磋琢磨し、必要があれば「具現の師」や師範代に教えを請うという形で完全に自由なのだという。
卒業という概念はなく、十分修行出来たと思った段階で修行は終了とのこと。
(放任と言うか、自由なんだなぁ)
勇一の気持ちは少し軽くなった。というのも最も気になっていたのが修行の期間であったためだ。もし2年、3年と長い時間が必要であるのなら自分には無理だと考えていたからだ。
ルッテと名乗る歳上の男は「何か質問があれば自分を含め4人の師範代に自由に聞いてください、と言ってその場を後にした。
(さっそく自由か!本当に放任なんだな)
地球での厳しいルールに縛られた学校生活をなんとなくイメージしていた勇一はいささか拍子抜けした。
だが、見方を変えれば弟子ひとりひとりに自らを律する精神を求めているとも言える「具現の師」は寧ろシビアな考えの持ち主なのだろうとも言える。
勇一は「さて、どうするかな」と少し考えた後、まずは本堂を見に行ってみようと思い立ち席を立った。
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勇一が広間を出ようとすると、「具現の師」が後ろから「待ちなされ」と声をかけてきた。
振り向くと「ちょっと来なされ」と言う。
勇一は「具現の師」に促されるまま、さきほどの広間に戻り、壁際に並べられたイスの一つに腰掛けた「具現の師」の前に立った。
「なんでしょうか」
「いやの、ロメインが君をくれぐれもよろしく、と書いてきておるのでの。あれも国王じゃ、無下には出来ん。君のウィルを見させてもらおうと思っての」
「具現の師」はファッファッファッと笑いながらそう述べた。
勇一は「私の力をお見せすればいいのですね?」といい、ちょっとしたホールほどの広さがある広間の隅まで、素早く移動すると、再び「具現の師」の前に戻った。
(このスピードはウィルの達人にどう映るんだろう)
と考えた勇一だったが、「具現の師」の口から出たのは意外な言葉だった。
「はて...儂はウィルを見せてくれと言ったはずじゃが」
「えっ...」
うろたえる勇一。まさか勇一のスピードがウィルではなくパワードスーツによるものだと見破られたのだろうか。
(バレたのか...?)
ドキドキしながら「具現の師」の言葉を待つ勇一。すると「具現の師」は特に感情の変化も見せないまま口を開いた。
「今の力はウィルではない何か別のものじゃの。違うかね?」
「...」
しばらく沈黙した勇一は、「なぜそう思われるのですか?」と返すのが精一杯だった。
「君が力を発動する前に、オーラの膨らみを感じなかったからじゃよ」
勇一は適当な理由をつけて誤魔化そうかと一瞬思ったが、「具現の師」には通用しないだろうと考え、観念するとグレーのシャツを脱ぎ、下に着込んでいる黒いパワードスーツと重力シューズを見せ、白状した。
「これの力なんです」
少しの間考える様子を見せた具現の師だったが
「なるほどのぉ」
と言った後、勇一が驚愕する言葉を口にする。
「失礼なことを聞いて恐縮なんじゃが...君はこの星の人間ではないんじゃろ?」
さきほど狼狽えたばかりの勇一だったが、これには絶句して呆然と立ち尽くすしかなかった。




