第二話 邂逅
「ふぅ。。。これが草原ってやつかぁ」
周囲の危険がないことを確認し、宇宙船を遠隔操作で近くの林の中に隠した勇一は、地球でも経験のなかった、地上の草原というものに寝転んでいた。
放射性物質とウィルスに侵され荒廃した地球では青い空や緑の大地、それに輝く海など映像とVRでしか体験したことがなかったのだ。
自然土の感触を直接味わってみたかった勇一は、重力シューズを脱ぐと再び横になった。
キノピー星の大気構成は地球と酷似しており、大きさもほぼ同様であったが重力が地球より小さいので、地球上と同じ感覚で過ごすには重力を調整する重力シューズと服の下に身につけるパワードスーツの存在が不可欠なのだ。
また現地での調査活動を円滑に進めるため、重力シューズには推進機能が、パワードスーツには筋力増強機能と防弾性能がそれぞれ備え付けられている。
「K-116、この草って食べられるかな?」
「無害デスガ食用デハアリマセン」
「そっかぁ」
裸足で寝転がりながら残念そうな声でそういうと勇一は土の匂いを確かめるようにクンクンと鼻を鳴らし、幸せそうな表情を浮かべた。
その時。突然K-116が騒ぎ出した。
ピー!ピー!ピー!
「大型ノ生物反応!東方向ニ約1キロメートル!」
飛び起きる勇一。
「マジ?」
「どのくらいの大きさ!?数は?」
「カズは2!イズレモ1.5メートル程度!」
「時速約15キロでコチラにムカッテイマス!到着マデアト4分!」
勇一は慌てたがここは草原の真っ只中であり身を隠す場所などない。パワードスーツのホルダーに小型のレーザーガンが装着されているが、相手に敵意があるかどうかわからない段階で到着して早々にそんなもの使いたくもない。
宇宙船を呼び寄せて立ち去ろうかとも考えたが4分では足りないし、宇宙船を見られるのも極力避けたいところだ。
そう考えた勇一は
「K-116、保護色モード!」
とだけ言うと、自分はうつぶせになって草原に息を潜めた。うまくいけば見つからずに立ち去ってくれるかもしれないと思ったのだ。
K-116には光の反射を利用してあたかも周りに溶け込んだかのように見せる保護色モードが搭載されており、この機能を使うと透明になったかのように見せかけることが出来るのである。
ほどなくして、遠くから土煙を上げながら近づいてくる2つの物体の正体が徐々に明らかになってきた。前を走るのがやや中型の獣で、後ろからそれを追うのがどうやら人間のように見える。
どちらも動物かと思っていた勇一は少し意表を突かれた。まさか人間とは思ってもみなかったからだ。
勇一からおよそ100m離れた場所で、前を走っていた獣が立ち止まり、追跡者に向かって唸り声をあげた。
「グルルル...・」
およそ1mで黒い体毛に覆われたこの獣は狼のようだ。
追ってきたのはどうやら若い女性のようで手には剣のように見える武器を持っている。
(人がいるのか...文明があったのか...)
(聞いてないぞ。地球からの観測でわからなかったのか!?)
(無人の惑星調査のハズだったのに、面倒なことになりそうだな)
獣と対峙する女性の安全を心配する前に、調査の先行きが気になってしまう勇一。
「もう逃げられないわよベビーウルフ!絶対仕留めてやるから!」
獣に向かって女性が叫んでいる。
K-116には様々な言語データベースと対象者の表情・音葉を照合して未知の言葉を翻訳する機能が搭載されており、付近の空気の揺れをコントロールしてそれを伝えるので、異なる言語で話してもごく自然に会話が成立出来てしまうのだ。
したがって勇一には、見知らぬ星の人々の言葉が日本語に聞こえ、勇一の話す日本語は彼らに現地語となって伝わるのである。
剣を手にベビーウルフと格闘していた女性は1分程度の戦いで無事に勝利を収め、「ふぅ」と言うと汗を手で拭った。
彼女は勇一から100m程度離れていたことから年格好こそ定かではなかったものの、立ち振る舞いや赤い衣装から年配者ではなさそうだ。むしろ22歳の勇一と同年代だろうか。22歳とは地球からの移動に要した冷凍の8年間を除いた数字だが。
「もう!ベビーウルフごときにこんなに手間取るなんて!」
そう言いながら女性は息を切らしてその場に腰を下ろした。ずいぶん走ったのだろう、無理もない。
見つからないよううつぶせになったまま息を潜める勇一。
すると、西方向から別の土煙があがっているのが見える。
次第に近づいてくる物体。明らかにさっきよりデカいようだ。
「カズは1!2.5メートル程度!」
「時速約45キロでコチラにムカッテイマス!到着マデアト40秒!」
女性を見ると既に立ち上がって剣を構えており、臨戦態勢の様子だが、ベビーウルフより大型のその動物はすぐに女性の前に立ちはだかった。
大きさは約2m前後だろうか。さっきと同じ黒い狼であり、父親か母親のようにも見える。
「ガルルルルル...」
敵意を隠そうとせず、女性に襲いかかろうとうする大型の獣。
「くそっ!仕方ないでしょ!あなたの子供が畑を荒らしていたのよ!」
勝てないことを本能的に察してなのか、女性が大型の狼に向かって叫んでいる。
剣を構えてはいるものの腰が引けており、勝負になるとは思えない。
「どうしよう...武器...武器...」
勇一は再びレーザーガンの存在を思い出し、銃であの狼を倒せばよいのだと少し安堵したが、それでも現地人の前に姿を現すのは大きなリスクを伴う。
その点に多少躊躇したものの、放っておくことは出来ないため、急いで重力シューズを履き出力をMAXにすると銃を手に起き上がると意を決して女性の方に向かって走り出した。
ヒュン!
ドンッ!
「えっ」
100mほど離れた狼と女性に向かい走り始めた勇一だったが、思わず声を上げた。
重力シューズを履いているとは言え数秒程度かかるだろうと思っていたにも関わらず、1秒程度とあっという間だったからだ。
まるで瞬間移動だった。しかも自分でも思いもかけないスピードであったため、減速も間に合わずそのまま狼に衝突してしまったのである。
勇一に突然激突された狼はパワードスーツによる筋力強化のためか、そのまま10mほども吹っ飛んで、身動きしなくなってしまった。
女性は何が起きたのかわからずきょとんとして立ちすくんでいる。
「あれ?」
自分でも事態を把握できず、うろたえる勇一。
「あなた、誰!?」
「いや...ちょっと待って...」
どういう経緯でこうなったのか考えないといけない上に女性に取り繕う必要があるため狼狽した勇一だったが、重力の影響もあるとは言え、重力シューズとパワードスーツの性能がこれほどとは。
(ちゃんとテストしておくんだった)
もちろん地球で重力シューズとパワードスーツの使い方を訓練してはいたものの、たった一人での長期間調査であることから、まさか最大の性能で使うことがあろうとは思っていなかったため、その数分の一程度の性能でしか試していなかったのだ。
「あなた、誰なの!?」
「どこから現れたの?」
少し落ち着いた勇一だったが今度は女性への対応に追われることになった。
(さて、この子をどうしようか)
近くでよく見ると赤毛の長髪を後ろで結んだ女性は勇一と同年代で、目が大きく明らかに美人と言えた。簡素だが清潔そうな赤く動きやすそうな服を身に着けている。
「えーと、なんというか...通りすがり?」
引きつった笑顔を浮かべながら勇一が答えると
「テキトーなこと言わないで!うちの村を狙ってる強盗とかじゃないの?何よその黒い服!普通じゃないでしょ!」
女性は狼に向けていた剣を今度は勇一の方に向けている。
「イヤ、本当に怪しい者じゃないというか...そこで寝転んでいたら君が走ってきたから」
「なんでこんな何もないところで寝てるのよ!」
「遠くから来てね、疲れて寝ちゃって...」
「仲間はいないの!?」
「ひとりだよ...」
勇一が気弱そうに見えたからだろうか、女性のテンションは少しずつ落ち着いてきた。
「...まぁいいけど。助けてもらったからお礼は言っとくわ。ありがとう」
だが不審者を見る目であるのは変わらない。
「それにしてもなんで突然現れたの?近くに人はいなかったけど」
「え、いや、結構近くにいたよ?狼に気を取られて気が付かなかったんじゃないかな」
「...ふぅん。まぁいいわ。どうせ答える気ないんでしょ」
「ハハハ...」
「ところでこれからどこへ行くの?ひょっとして私の村に行く途中?」
勇一は存在を知られてしまった以上、調査の一環としてこの子の村を訪れてみるのも悪くはないか、と考え、半ば開き直り始めていた。
「なんていう村なの?」
「アルテ村よ」
「ああ、そこかも目指してたの。道に迷っちゃって」
適当に答える勇一。
「ホントかどうか知らないけど、それなら案内してあげるわよ。でも信用したわけじゃないからね!あなたのことは村の自警団のみんなに伝えておくから!」
(やれやれ...まぁ仕方ないか)
「ウルフ運ぶの手伝ってよね!」
キノピー星への到着早々、予想外の展開に戸惑いつつも、久しぶりに他人と言葉を交わした勇一は相手が可愛い女の子だったからというのもあるのだろうか、「まぁいいか」と呟いて自分が吹き飛ばしたウルフを引きずりながら後をついていった。
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「ねぇ。やっぱり気になる。さっきのはどうやったの?」
狼を倒した現場から約2km離れているというアルテ村への道すがら、ベビーウルフを引きずりながら女性が口を開いた。
「すごいスピードだったじゃない。あれはあなたのウィルなの?」
(ウィル?ウィルってなんだ)
勇一は保護色モードのまま後ろをついてきていたK-116に小声で尋ねた。
(ウィルって何?)
保護色モードのK-116は所有者の勇一だけが認識できる特殊な音波で答える。
「ウィル、トハ イシノコトデス」
(意思かぁ。そのまんまだな。要はわからないってことか)
「ん~、なんと言ったらいいか」
女性に曖昧な返事を返しつつ勇一は親ウルフをひきずりながら歩き続けた。
「親ウルフをラクラク運べる怪力もどうかしてるわよね」
(しまった。パワードスーツなのが裏目に出たか)
重い親ウルフを運ぶため勇一はパワードスーツの力を使っていたのだ。重力の少ないキノピー星とは言え彼女には勇一が怪力に見えるのだろう。
「...」
せっかく彼女の村に潜入できるチャンスを得ながら、ヘタな回答で台無しにするのは避けたかったため、彼は沈黙で答えた。
「言いたくないのね。まぁいいわ。でも不審だと思ったら自警団に捕まえてもらうからね」
「うん、それでいいよ」
(やれやれ...それにしてもウィルって何だろう?)




