第十三話 試合
国王の御前で模擬試合を行うことになった勇一の方へザグル兵団長が歩み寄ってくる。
「よ、よろしくおねがいします」
と言う勇一に小柄だがどっしりとした体つきの兵団長が「こちらこそ」と手を差し出してきた。
さすが王国の兵を束ねる兵団長である。眼差しこそ敵意を隠そうとしていなかったが、騎士としての礼儀はわきまえているようだ。
ガシッと握手を交わす二人。しかしザグルは勇一の手を力任せに握ってくる。
「イテテテ...」
(こりゃ、模擬試合だからと軽く考えないほうが良さそうだ)
いつのまにか、人々は壁沿いに移動しており、アンリ王女とカーラも王座のすぐ脇で見守っている。
王がカーラに何か囁き、カーラが王の耳元で語りかける。頷きながら聞き入る国王。
おそらく勇一の能力について、スピードとパワーだとカーラが説明しているのだろう。
ザグル兵団長が控えていた兵に向かい大声を上げる。
「誰か、彼に剣を!」
ザグルはそう言うと、身につけていた鎧を脱ぎ始めた。自分だけ甲冑では騎士道に反すると考えたためだ。だがそれは人々に兵団長としての余裕を見せつけるかのようでもあった。
「私だけ鎧では正々堂々とは言えんからな。同じ条件でお相手しよう」
ザグル兵団長は鎧の下に着ていた薄手の半袖シャツまで脱ぎ、上半身ハダカになると身体にフィットしている黒いパンツだけの姿になった。
「うん、動きやすい」そう言うと威嚇するように剣をビュッ、ビュッと振り下ろす仕草を見せる。
勇一にも剣が与えられた。
「それでは、はじめよう。国王陛下、よろしいでしょうか」
ザグル兵団長が国王に確認を求める。
「うむ、はじめてくれ」
国王の言葉を合図に模擬試合が始まった。
勇一がカーラの方をチラリと見ると、彼女は不安そうな表情で見守っている。
試合が始まるとザグル兵団長はすぐに勇一から距離を取った。相手の能力がわからない段階で近づくのは危険と判断したためだろう。二人の距離はおよそ15mほどだろうか。
そしてザグル兵団長が「ふんっ」と気合を入れる。すると彼の身体はみるみる赤く紅潮していった。
「おおっ」
周囲から声が上がる。
(なんだこれは...これがザグルの能力...?)
どす黒いとも言える赤色に変化したザグル兵団長が、今度は一転、剣を振り上げて勇一の方へ走り寄ってくる。
「ぬおおおお!」
すかさず重力シューズの力で瞬時に10mほど後ろへ移動し避ける勇一。
「おおっ」
勇一の能力を見た人々から再び声が上がる。
攻撃をかわされたザグルが再び勇一に向かい突進し、剣を振り下ろす。
「むんっ!」
これを間一髪で交わし、今度は素早く彼の後ろに回り込む勇一。
そして、剣を持っていない左手でザグルの赤黒く変色した背中にパンチを繰り出してみたのだった。
「ゴッ」
だが、人の身体を殴ったとは思えない音が響き、勇一の左手にジーンと痛みが走る。
「つぅ...」
(なんて硬さだよ。こいつの能力は身体硬化か)
振り向いてニヤリと笑うザグル兵団長。
ザグル兵団長の身体強化能力とは自らの身体を硬化させ、究極とも言える打たれ強さを発揮するところにあったのだ。
拳が通用しない以上、蹴りを入れたところで同じことだろう。そう考えた勇一は再びザグルと距離を置くと「剣で斬るしかないか」と思ったが、硬化しているとは言え生身の人間を斬りつける気にはどうしてもなれなかった。
ザグルは三度、勇一目がけて剣を構えながら走り寄ってくる。
打撃が通用しない相手に同じことを繰り返して長引かせても疲労すればするほど勇一が不利になってしまう。
(投げ飛ばそう)
勇一は賊のリーダーに使ったのと同じ、投げ飛ばすことで試合を終わらそうと考えた。
むやみに近づいて剣で切りつけられないよう、ザグルの目をくらませるために王の間を超スピードで移動し始める勇一。
シャッ!
シャッ!
目にも留まらぬ速さで動き回る勇一に人々は口々に「どこだ」「あそこだ」などと言っている。
ザグル兵団長が勇一の姿を見失い、キョロキョロとし始めたのを見計らって、背後に回り込むと、剣を左手に持ち替え、右手でザグルのズボンの付け根を掴む。
(くっ...重い!100kg、いや150kgはありそうだ)
「あああああああっ!!」
渾身の力を振り絞って入り口のドア目がけザグルを投げ飛ばす勇一。
ドオオーン!
20mほど飛んだだろうか。凄まじい音が王の間を包み、ザグルが激突したドアは壊れてしまった。辺り一面にたちのぼる煙。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ...これでどうだ」
勇一は肩で息をしていた。
玉座では王が身を乗り出して行く末を見守っている。カーラは隣で祈るように手を組みながら心配そうな表情だ。
これで終わりかと思った勇一だったが、そうはいかなかった。
煙の中からドアの破片をガラガラと払い除けながらザグルが立ち上がったのだ。
息を弾ませながらも凄まじい眼光で勇一を見据える。
そして、再び剣を振り上げると勇一目がけて突進してきた。
だが、今回は様子が異なっている。彼の剣全体が炎に包まれているのだ。
身体硬化に加えて火を扱うウィルを追加で用いたのだろう。
剣先の炎はどんどんと大きさを増していき、既に2m近くに達している。
(さすが兵団長...あれでは終わらないか)
身構える勇一に迫るザグル兵団長。
だが、二人の戦いは国王の一言で終わりを告げた。
「それまで!」
立ち止まるザグルと振り向いて国王を見る勇一。
「それまでだ。ザグル、剣を収めなさい」
国王が命じる。だが、反撃を封じられたザグルは納得していない。
「しかし...!」
国王が続けた。
「勝ち負けを競う勝負ではないのだ、ザグル。『アルテの勇者』の力はわかった。それまでだ。」
国王に制止されては従うほかはない。ザグルは「はっ!」と言ってひざまづいた。
だが、顔を上げたザグルは明らかに勇一を睨みつけている。「このままでは終わらせないぞ」とばかりに。
張り詰めていた緊張が解けた勇一はその場に座り込んでしまった。
「ふぅ」
カーラが駆け寄ってくる。
「ユーイチ!ユーイチ!ケガはない!?」
「うん、大丈夫。さすがは王国の兵団長だ、強いね」
勇一はカーラにそう言うと、ハァハァと言いながらしばらくの間立ち上がることが出来なかった。カーラは不安そうに勇一を見つめる。
数分後、立ち上がった勇一に国王の側近が声をかけた。
「『アルテの勇者』よ、こちらへ」
国王の前で再びひざまづく勇一。今度はカーラも勇一の横で同様にひざまづいている。
「見事なウィルを見せてもらったぞ、『アルテの勇者』よ。あれだけの使い手はそう多くないであろう。褒美を取らす。急に無理を言ってすまなかったな」
「はっ」
勇一の能力に敬意を表しているのか、周囲の人々から小さな拍手も聞こえる。だが、ザグル兵団長だけは勇一に背を向けて壊れたドアから退出するところだった。




