第十一話 宮殿
いささか空腹の勇一だったが、カーラは意に介していないようだ。「さぁ、行きましょ」などと言っている。
(自分はお菓子を食べればいいんだろうけどさ...)
カーラのペースに巻き込まれ、昼食を取りそこねた勇一はちょっと納得いかなかったがそれを表に出すことは出来ず、「うん、行こうか」と答えカーラに続いて宿を出た。
宮殿までは徒歩で5分ほどだという。商店を眺めながら歩いていくと大きな広場がある。広場の中央にはモニュメントのような10mほどの銀色の塔が立っており、広場を囲むように鎧に身を包んだ兵が槍を立てて警備にあたっている。
「宮殿前広場」という名前の通りその向こうには宮殿を周囲と隔てる柵と門が見える。柵と言ってもアルテ村のように質素な木製ではなく、装飾の施された鋼を用いたもので高さも3mはあるだろうか。
柵の向こう側には丁寧に整備された芝生があり、宮殿の庭になっているようだ。
カーラは4名の衛兵が守る荘厳な門の脇にある小屋で王女との面会であることを告げ、正門のすぐ横の通用門から中へ入っていく。後に続く勇一。
ベルサイユのように豪華な宮殿に向かって、小石が敷き詰められている正面の道をズンズンと歩いていくカーラ。王都学校時代によく来ていたのだろう。その歩き方からも、カーラと王女の仲が親密であろうことがわかる。
カーラと勇一の到着を見ていたかのように、宮殿の入り口、高さ3mはあろうかという巨大なドアが静かに開き、執事らしき初老の男が一礼して出迎えた。
「カーラ様、お久しぶりでございます」
「セブ執事、ご無沙汰しておりました。お元気そうで」
ふたりが笑顔で挨拶を交わすと、勇一達は宮殿の中に招き入れられた。
宮殿は豪壮で中世の城そのものだ。白が目立つ外観に比べ中は歴史を感じる重厚な造りであるためか、ベルサイユというよりはルーブルのようだと言ったほうがいいかもしれない。
勇一はきらびやかな内部に圧倒された。地球の地下都市は機能性だけが重視された無味乾燥なデザインばかりだったためである。
セブ執事の先導で通された1階の部屋も圧巻であった。広さは30畳くらいはあるであろうか。ヨーロッパのサロンにあるようなソファーが並び、貴婦人たちのアフタヌーンティーのために作られたかのようだ。
王族が謁見する際に使う部屋、といった用途なのだろう。カーラは勝手知ったる様子でソファーに座り、勇一が驚く様子をニヤニヤしながら見ている。
「すごいでしょ?」
まるで自分のモノであるかのようだ。勇一を同行させたのは宮殿を見せたかったから、という理由もあったのだろうか。
「うん、こんなところ初めてきたよ」
キョロキョロしながら答える勇一だったが、その言葉に嘘はなかった。一介の科学者見習いに過ぎない勇一は、地球でも特別な人々のための建物になど立ち入った経験はなかったからである。
しばらくするとセブ執事がお茶とお菓子を持った2人のメイドを連れて戻ってきた。
「アンリ様はまもなくお見えになられますので、もう少々お待ちくださいませ」
早くもお菓子に目が行っている様子のカーラ。
「ところでカーラ様、こちらがアルテ村を救ってくださったというお方ですかな?」
「ええ、そうよ。ドーウィル伯様を襲った賊を退治してくれたユーイチさん」
勇一はセブ執事に会釈をした。
「カーラ様からのお手紙によるとなんでもすごいウィルをお持ちなんだとか」
セブ執事は勇一の能力に興味を持っているようだ。勇一の代わりにカーラが答える。
「そうなの。身体強化系だから2級相当だと思うわ」
「ほぅ、身体強化系ですか。ザグル兵団長と同じですな。それはすごい」
カーラが勇一のわからない部分を補完してくれる。
「ザグル兵団長はアルデンデ王国の指揮官よ。王室の警護も担当しているわ」
(王室警護と言えばエリートなんだろう。そこのトップと同程度の力というわけか。まぁ、ウィルではないんだけど...)
その時、先に退室していたメイドがドアをコンコンとノックし、廊下からこう伝えた。
「アンリ王女がお見えになられました」
親友とは言え流石に王族だからなのだろう、カーラが起立して出迎える。セブ執事もドアのそばで直立不動の姿勢を取るので、勇一も同じように立って王女を出迎えた。
「カーラ、ご無沙汰ね」
上品な笑顔で入ってきたアンリ王女は長い金髪にピンク色のドレスを着ており、小さな王冠まで身に着けている顔立ちの整った色白の美人だった。
カーラの元へ駆け寄ると手を握り合って再会を喜び合う二人。
「王女様、お久しぶりでございます」
「堅苦しい挨拶はやめて。セブ、もういいわ」
王女は執事に下がるよう命じる。
執事が退室すると王女はカーラに着席を勧め、勇一に目をやった。
「カーラのお手紙にあったユーイチ様ですね。カーラとアルテ村を救ってくれてありがとうございました。王家を代表してお礼申し上げます」
そう言って頭を下げるアンリ王女。
自国の領土であるアルテ村を賊から守ったからなのだろう。勇一は恐縮し「いえ...」と返すのが精一杯だった。
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それから約1時間、カーラとアンリ王女は積もる話を楽しそうに続け、部屋には時折、お茶のお代わりとお菓子の補充にメイドが訪れていた。
勇一は話に加わることも出来ず、退屈しながら外の景色を眺めていたのだった。
もう少しで居眠りを始めそうになるところだった勇一にカーラがふいに声をかける。
「ユーイチ!いま、王都に銀狼が来てるんですって!」
(銀狼?)
誰?とも言えずきょとんとする勇一にカーラは続ける。
「ほら、ドーウィル伯様がおっしゃっていた、世界に3人しかいない特級具現士のひとり、ザナドゥ様よ」
「ああ...自治領を治める領主なんだっけ?」
「そうそう!王族に準ずる扱いを受けている方よ!ザナドゥ様は銀狼って呼ばれているの」
(領主の通り名なんて知るかよ...)
今まで話しに加われずのけもの状態だった勇一は少しへそを曲げて「ふーん」とだけ言っておいた。
アンリ王女が微笑みながら勇一に説明してくれる。
「ザナドゥ様は貿易のためにこの国に滞在されていらっしゃるの。ワインが特産物でしょう?買い付けるワインをご自身で選びたいらしくて」
「はぁ、そういうものなんですね」
この星の文化についてよくわかっていない勇一は銀狼に大して興味を抱かないようだった。




