危険人物
炎龍エディ・オウルを倒した翌日、ハヤトは朝から生産系スキルで必要な物を作り出していた。
今回、帝都で破壊された施設はない。復興支援のアイテムを作る必要はないが、アッシュやネイ達に必要な料理や薬品を作る必要はある。
炎龍を倒した直後に急いで作る必要はないのだが、アッシュ達はすでに次のスタンピードを見据えており、その準備が必要だと忙しくしている。そのため、討伐の祝勝会もなく、少しだけ高価な料理を食べるくらいでお開きになってしまった。
とはいえ、レンやネイは甘いものを食べさせろと暴れたので、チーズケーキを大量に渡した。
そんな状況を思い出したが、ハヤトは少しだけ思うところがあった。
(レンちゃんはともかく、アッシュは色々と焦っているように思えるな。昨日もセシルへ連絡を入れたタイミングが悪すぎる。もちろん、炎龍のHPバーを見ながらの行為だったからだろうけど、ドラゴンロアの攻撃を忘れていたからな)
セシルへの攻撃命令に関してはタイミングが悪かった。エシャのおかげでことなきを得たが、あのままならセシルはウェポンスキルによるダメージ向上がキャンセルされて炎龍を倒すことはできなかった。
そのことに関してはアッシュがあの場でセシルに謝っていた。
当のセシルは全く気にしていたなかったようだが、アッシュは自分自身を責めるような感じになっており、炎龍を倒してもそこまで喜んでいなかったとハヤトは思っている。
(半年近く成果を出せなかったから焦るのもわかるんだけど、今回は倒せたんだから、もうちょっと気楽に構えてくれてもいいんだけどな。ただ、アッシュ達にとってここはゲームじゃなくて現実だ。アッシュは責任感も強いし、嫌いだという設定の父親も絡んでる。お気楽にはやれないんだろうな)
この世界のNPCは全員が人間ではあるが、人間だったころの記憶はなくしている。エシャやヴェルのように例外もいるが、ほぼ全員がこの世界を現実だと思っている。そして強硬派のドラゴンが世界を征服しようとしているなら気が気ではないだろう。
ただ、今までもモンスターなどが国へ侵攻してきたが、それは撃退したという歴史――設定がある。セシルや勇者のイヴァンなど、一部のNPC達は英雄扱いされているので、そこまでの悲壮感はない。
とはいえ、今回のイベントはその中心ともいえるアッシュは絶対に負けられないと、意気込みすぎなのだ。
(今回初めて強硬派のドラゴンを倒したわけだし、ドラゴンソウルのかけらも手に入れた。少しは肩の力も抜けただろう。俺もできるだけアッシュ達の負担を減らさないとな。あと気持ちの面でも色々とサポートしてやらないと)
ハヤトはそう考えて、次はポーションを作ろうと材料を取りに倉庫へ移動する。
倉庫へ入ったと同時に拠点のベルが鳴った。それは誰かの来訪を告げる音だ。
ハヤトはその音に首を傾げる。
今日は誰も来る予定がなく、そもそもクランメンバーや黒龍のメンバーならベルを鳴らす必要もない。店舗も今は休業中で商品すら置いていない。そんな店に誰が来たのかと、ハヤトは不思議に思いながら店舗の方へ移動した。
店舗で扉を開けると、そこには意外な人が立っていた。
ベージュ色の生地が薄いスーツをだらしなく着て、顔には無精ひげ。髪は短めにそろえているのでそれほど不潔感はない。それともイケメンだから許されるのか。そこにいたのは、アッシュの父親であるヴェル・ブランドルだった。
ハヤトはすぐに警戒する。ラスボスが直接乗り込んできたと言ってもいい状況なのだ。
だが、相手のヴェルは両手を開いて軽く上げる。
「警戒しなくていい。話をしたいだけだ。中に入れてくれないか」
武器を持っていないアピールをされても、そもそもヴェルはドラゴンだ。戦闘の意志がなくともどうなるかは分からない。とはいえ、ハヤトにとってここは仮想現実。そう怯えることもないかと拠点に入れることにした。
店舗を通り、食堂の方へ案内する。
そして椅子に座ることを勧めて、コーヒーを出した。
アッシュ達の敵とはいえ、ヴェルのことはディーテから色々と話を聞いている。どういう話をしてくるのか、興味があると言っても間違いではない。
ヴェルは礼を言ってからコーヒーを一口飲む。その姿すら様になっているのが同じ男性としてハヤトは少し悔しい。
ヴェルはコーヒーカップを置いてから、ハヤトを見つめた。
「昨日の戦いは見事だった。まさかエディが本気を出す前に倒すとは思わなかったよ」
「見事と言われましても、俺は何もしてませんよ。遠くから見てただけで」
「そうかな? あの作戦を実行するには色々な武具やアイテムが必要になるはずだ。それを用意したのは君だろう。まったく、余計なことをしてくれたな」
ヴェルの顔は笑顔だ。だが、そこには怒りがにじみ出ていると言ってもいい。仮想現実だとはいえ、ハヤトはかなりのプレッシャーを感じていた。
「さて、ハヤト。今日ここに来たのは手を引いてもらいたいからだ」
「手を引く?」
「そう。アッシュ達を支援するのをやめてほしい。君が支援しなければ、アッシュ達は秘宝のかけらを集めることはできないはずだ。いままでアッシュ達が勝つことはなかったが、君がここに戻ってきた途端にこの状況だ。今、強硬派のドラゴン達の間では君が一番の危険人物とされている」
(ドラゴンから危険人物って。誇っていいのか?)
「安心してくれ。もし俺達強硬派のドラゴンが勝ったとしても人間を支配するような真似はしない。単純にアッシュやレンにドラゴンソウルの秘宝を渡したくないだけだ」
「その言葉を信じてほしいなら、アッシュ達に秘宝を渡したくない理由を教えてくれませんか?」
「……それは言えない」
ハヤトは賭けに出る。
ディーテから特に許可をもらってはいないし、AI保護が効いてしまう可能性もある。だが、あまりにもヴェルが真剣なので事情を確認しない限りどうにもならないと思ったからだ。
「ヴェルさんは人間だったころの記憶を持っているそうですね? まさかとは思いますが、それが影響してますか?」
ハヤトの言葉にヴェルは目を見開く。
「どうしてそれを――まさか、お前、管理者か!?」
「は? いえ、違いますよ。管理者って神のことですよね? そんなんじゃなくて、ただのプレイヤーです。色々とありまして情報を得られたにすぎません」
「……どちらにせよ管理者側か。ならお前は確実に俺の敵だ」
ハヤトはさっきとは比べ物にならないくらいのプレッシャーを感じた。だが、ここで呑まれてはお互いに平行線だ。ここは仮想現実なのだからと、ヴェルの目を見つめ返す。
「待ってください。確かにこの世界の神、つまりAIと知り合いです。ですが、その神ですら、ヴェルさんの行動理由が分からないそうなんですよ。そしてヴェルさんが勝つことになるとこの世界がどうなるかも分からない。なので事情を知っておきたいんです」
ヴェルは目を細めてハヤトを見る。
嘘か本当かを見極めるためなのだろうが、ハヤトとしては本当のことを言っている。ヴェルは俳優ということなので、それくらい見抜いてくれよ、と心の中で願った。
ヴェルは息を吐く。それと同時にハヤトに向けられていたプレッシャーもなくなった。
「嘘を言っているようには見えないな」
「なら――」
「管理者が嘘をついているとは思わなかったのか?」
「え?」
ハヤトはヴェルの言葉の意味がよく分からなかった。だが、すぐに理解する。ヴェルはディーテが嘘をついていると言っているのだ。
「管理者が俺の行動理由を知らない? そんなわけはない。アイツが俺に秘宝の秘密を教えた。アイツは言ったよ。本気でアッシュやレンを止めなければ大変なことになるぞ、とな」
ハヤトは混乱する。
ヴェルがそれを本気で言っているように思えたからだ。たとえ俳優だったとしても演技でそこまでできるのだろうかと、ハヤトは思う。
だが、状況から考えてどちらかが嘘を言っている。
ハヤトとしてはディーテを信じている。確かにディーテとは色々なことがあった。もしかしたら自分をこの世界に誘うための策略なのかもしれない。そうは思ってもハヤトは今までのやり取りが嘘だったと思いたくないのだ。
だが、それと同じくらいヴェルが嘘をついているとも思えない。
ハヤトには明確な答えが出せなかった。
ヴェルはその葛藤を見抜いたのだろう。少しだけ鼻で笑うと、椅子から立ち上がった。
「気を付けるんだな。管理者はこの世界のためならどんなことでもする奴なんだ……久しぶりに飲んだコーヒーは美味かったよ。じゃあな」
ヴェルはそう言うと、ハヤトが何か言う前に拠点を出て行った。
それを見送ったハヤトは大きく深呼吸をした後、ディーテに連絡を入れるのだった。




