インフィニティ
コレクター、セシル・アーヴェン。
エシャの話では帝国の騎士団に所属しているとのことだった。
ただ、その立場は特殊で帝国の大将軍と呼ばれる人物からのみ命令を受けているらしく、騎士団と言うよりは特殊部隊の一員と言ったほうがしっくりくる、とはエシャの言葉だ。
「それはいいんだけど、あの人、二刀流だよね? それにかなりの武器を装備しているみたいなんだけど、あれって何?」
「前のクラン戦争で成績優秀なクランは、神――つまりディーテから褒美をもらっているんですよ。それは私のスキル上限解放だったり、プログラムに干渉してアイテムのレシピを作り出したりする行為なのですが、それと一緒です」
「この前、喫茶店でちらっと聞いたね。仮想現実のシステムを変更できるほどの褒美をもらったとか」
「それです。そのおかげで、当時のベスト8のクランメンバーは通常ではあり得ないようなスキルやアイテムを持っています。もちろん、限度はありますけど」
「セシルって人もその褒美で二刀流や大量の武器を装備できるってこと?」
「その認識であってます」
ハヤトはなるほど、と納得した。だが、納得できないこともある。
「あのさ、プログラムのことってよく知らないんだけど、普通、そんなことができるものなの? 二刀流とか上限解放とかならアップデートとかでできるかもしれないけど、ゲーム中のキャラクターがプログラムに干渉してこの世界にはないアイテムのレシピを作り出すって。しかもプログラムが動いている最中ってことだよね?」
普通であれば、アップデートと称してゲームを停止させ、メンテナンスの時間を取る。
この「アナザー・フロンティア・オンライン」はいままでにそういった行為はない。バグもないと言われており、そもそも稼働直後から一度も止まったことがない。
アップデートがあったという告知はされる。前回のクラン戦争が開始されるときも、ワールドアナウンスで告知された。だが、そのときもサービスが停止したことはない。
この時代でもサービスを停止させずにアップデートを行うようなオンラインゲームはいくつか存在しているが、機器のメンテナンスもあるので定期的にサービスを停止するのが普通だ。
「普通はあり得ませんが、この仮想現実を構築しているプログラムは普通ではありませんので。そもそもここはゲームが本来の目的ではなく、人間が仮想現実で生活するために作られた空間ですからね。停止すること自体に問題があるという思想で作られているんですよ」
「なるほどねぇ」
ハヤトはディーテからこの仮想現実のプログラムは現代のプログラマーには直せないという話を聞いている。当時のプログラマーだったエシャなら可能だったようだが、データを直すのにもかなりの時間がかかった。
それほど難解なプログラムなのだろうかとハヤトは興味を持つ。
「ちなみになんていうプログラム言語で書かれているのかな?」
「自律拡張型プログラム言語で『インフィニティ』って呼ばれてますね」
「インフィニティ? 無限ってこと?」
「そうですね。プログラムが自分自身を無限に拡張、最適化していくというところから名付けられたとか。そうそう、ディーテも同じプログラム言語で作られていますよ。だからプログラムの自動修復機能があるのですが」
ハヤトにプログラムを傷つけられたディーテは、年月はかかるが自動的に修復されるという話をしていた。プログラムが自分自身を修復するという意味なのだろう。
(もしかして俺の生態認証データも時間さえかければ直ったのか? 二、三十年後じゃ意味はなかったかもしれないけど。となると半年ぐらいでそれを直せるエシャは結構すごいプログラマーなんだろうな)
ハヤトはふと、クランのメンバーが現実ではどんな仕事をしていたのか興味が湧いた。アッシュ達にどんな仕事が似合うかを想像してみる。
だが、その想像はすぐにやめた。エシャとの会話が途中だったためだ。
「プログラムがすごいってことは分かったよ。あ、もしかしてこのゲームにバグがないって言うのは……」
「基本的にバグはないでしょうけど、あったとしてもその場で即座に修正されますよ。それにレシピも作り出した人間の知識やネットの情報から、その場でそれっぽい素材と性能、それに味にしてくれます。作って欲しい物を紙に書くとそれらが勝手に決まる仕組みですね。マンガ肉は――まあ、肉の味でしたね。美味しかったですけど」
「現実の記憶は忘れてたのにマンガ肉のことは覚えていたんだ?」
「それは覚えてましたね。どこでどう知ったのかは覚えていませんでしたが、そういうものがある、という記憶だけはありました。いつか食べたいと記憶に残ってたんでしょうね」
「よく考えたら、システムの変更ができるほどの褒美をもらってマンガ肉のレシピを作ったの?」
「問題がありますか?」
問題はないが、すべてが問題のような気もする。とはいえ、エシャなら仕方ないかな、という気もするので、ハヤトはそれ以上、何も言わなかった。
それに何も言わないのには別の理由もある。
ルナリアがハヤトとエシャの近くにやって来たのだ。
「さっきから二人で何をひそひそと話してるの? 魔王として気になる」
「魔王とか関係なくルナリアさんが気になるだけだよね? あのセシルさんって人について色々聞いてたんだ。エシャがいたクランの副リーダーだったらしいね。それに勇者イヴァンの次に強いとか」
さすがにプログラムの話は現実の話なので、セシルの話をしていたとごまかした。
ごまかしを信じたのか、ルナリアはハヤトの言葉に頷く。
「セシルちゃんは確かに強い。直接戦ったことはないけど、前のクラン戦争でよく見てた。でも、本人はちょっと困った人だからイヴァン並みに苦手」
「苦手って言うか、そもそもルナリアさんは対人恐怖症でしょ?」
少しでも仲良くなるとぐいぐい来るが、よく知らない人にはしゃべることもままならない。なぜかエシャに対しては問題がなかったようだが。
「それもあるけど、セシルちゃんは武器のコレクター。珍しい武器を見ると譲ってくれって言ってくる。私のアロンダイトも頂戴って言ってきた。私専用装備なのに」
「ああ、そういう」
ルナリアの説明にエシャも同意する。
「私のときやイヴァンのときもそうでしたね。初対面でベルゼーブをくれって言われました。デストロイをくれてやりましたけどね。その後、なし崩し的にクランに入ってきましたよ」
「イヴァンとは別の意味で面倒そうだね」
魔王のアロンダイトや、勇者のエクスカリバー、それにエシャのベルゼーブは間違いなくこの世界に一つしかないユニークアイテム。コレクターとしては確かに欲しい一品。ハヤトはそう思い、納得した。
ハヤトはそれでこの話は終わりと思ったが、なぜかルナリアが少し不満のある顔でハヤトを見つめていた。
「モニターを見ていて気が付いたんだけど、あれはどういうこと? 納得のいく説明をして」
「あれってなんのこと?」
「なんでネイはエクスカリバーのレプリカを持っているの?」
モニターに映ったネイの装備をルナリアが見たのだろう。だが、それを怒る理由が分からない。
「なんでって言われても、俺が作ったから、としか言えないんだけど」
エクスカリバー・レプリカは、鍛冶スキルで作れる最高峰の武器。ハヤトとしてはそれに挑戦しないわけにはいかない。
ネイの誕生日にプレゼントするために、ネイ以外のメンバーと材料を集め、秘密裏に作ったのはいい思い出だ。
ルナリアはハヤトの言葉に口をとがらせる。そして紙を取り出して、何かを書き、それをハヤトに渡した。
「えっと?」
「アロンダイト・レプリカの製造方法を書いておいた。ネイに作ってあげて。エクスカリバー・レプリカよりも格好いいから」
「えぇ……? 作るのはいいけど、たぶん、装備しないと思うぞ? あの武器は誕生日プレゼントでもあるし」
「なら、セシルちゃんに期待する」
「どういうこと?」
ルナリアはその疑問に答えず、モニターの方を見た。ハヤトも釣られてモニターの方を見る。
どうやらネイとセシルが話をしているようだった。
「それってエクスカリバー・レプリカじゃん! しかも星五! やばい! 売って!」
「断る。これは大事な剣だからな」
「そこを何とか! 言い値で買うから!」
「百億G積まれたって断る」
セシルはネイに剣を売ってくれと頼んでいるようだった。その熱意を見ると、土下座しそうな勢いである。
「周囲にドラゴンがいるのに何やってんだ?」
「セシルの病気がでましたか。さっきも言いましたけど、珍しい武器を見ると譲ってくれって言いだすんですよ。私もいまだにベルゼーブを譲ってくれって言われますから会いたくないんですよね」
エシャが呆れたようにそう言った。
「セシルちゃん、ファイト。それを奪い取ればネイはアロンダイト・レプリカを装備するしかなくなる」
「ルナリアさんはたまに魔王並みに悪い奴になるよね?」
「照れる」
「褒めてない」
ハヤトは溜息をつく。武器はどうでもいいから、まずはスタンピードを何とかしてくれと思いながらモニターを見た。




