戦いの準備
ハヤトがエシャとアッシュを仲間にしてから二週間が経った。
クランに所属できるメンバーは十人。ハヤトは残りの七名を揃えようとしたが、残念ながら失敗に終わる。傭兵はお金が高すぎるし、強そうなNPCと交渉しても仲間に出来なかったからだ。
だが、その問題は解決した。
アッシュの傭兵団から団員を七名、クラン戦争に参加させることになったからだ。ハヤトの事情を知ったアッシュが、ハヤトが足手まといではないことを証明してやりたいとの理由だった。
ハヤトとしては、自分が足手まといかどうかどうでもいいことだったが、その提案に乗った。クラン戦争のメンバーに関しては、戦いの一週間前に決定していなければいけないからだ。それを過ぎるとクランに誰かを入れてもクラン戦争には参加できない。そしてクランを抜けることも出来ず、そのメンバーで戦うことになる。
対戦相手が決まった後は残りの一週間で対策を考えなくてはいけない。戦闘を主とするプレイヤーならメンバーとの連携や作戦などを考える時期だが、ハヤトは生産職。クラン戦争が始まる前にアイテムの準備をするのが主な仕事だ。
まずは料理。基本的にプレイヤーのステータスやスキルは最適解を出していることが多い。差が出るのはプレイヤー本人の身体能力、装備、そして能力を向上させる料理だ。
戦士系が食べる料理の定番はドラゴンステーキ。三十分間、攻撃力を50%上昇させる効果だ。上位クランなら間違いなくこれを用意している。ハヤトはさらに攻撃力を上げるマンガ肉を作ることが出来るし、現在も三つは持っている。だが、今回はそれを使わないことにした。
ハヤトが新しく作ったクランは当然作ったばかりなので、そのランクは最低のFランク。マッチング形式はいくつかあるが、今回はランダムマッチを選択しているので相手も同じFランクだ。
これから相手を確認する予定ではあるが、そもそもFランクがドラゴンステーキを用意できるわけがないとハヤトは考えている。
なので、料理はお金のかからない材料で出来る「ロック鳥の串焼き」を用意することにした。
ロック鳥とは巨大な鳥のモンスターで倒すのは困難なのだが、材料となる「ロック鳥の肉」が大量にドロップするため、安く手に入れることが可能なのだ。倒したプレイヤーのアイテムバッグや拠点の倉庫を圧迫するという理由で投げ売りされることもある。
30分間、攻撃力を20%上昇させるという効果だが、今回はこれで十分だろうとハヤトは考えたのだ。
そしてメイドのエシャが希望しているメロンジュース。MPを瞬時に回復させるジュース系の料理だが、材料となるメロンが高い。オレンジジュースでも効果は同じなのだが、どうしてもとエシャが頼むのでハヤトは泣く泣く材料をそろえた。
とはいえ、ハヤトはそこまで嫌がっているわけじゃない。レシピによる料理の追加、さらにはそれが高性能な料理ということが判明したので、そのお礼という意味があるからだ。だが、次はオレンジジュースにするとハヤトは心に誓っている。
次に準備するのは装備。とはいっても、装備品に関してはエシャもアッシュも、それに参加する傭兵団のメンバーも独自の物を持っている。
ハヤトは、装備を新しく用意する必要はないが、耐久は大丈夫だろうかと考えた。
このゲームの装備は基本的に耐久という値を持っている。戦うたびにそれが減り、0になればどんな装備も壊れてしまう仕様だ。たとえそれが高性能の激レア装備だったとしても同様。壊れたときに多少の素材は残るが、残った素材だけでは再生できない。なので、壊れる前に耐久を回復させる修理が必要だ。
料理の準備が終わったハヤトは、ログハウスの一階へと移動した。アッシュがエリクサーの材料を持って来ている時間だったからだ。
「よかった、ちょうどアッシュも来てたか。エシャもアッシュも直してほしい装備があったら渡してくれないか。俺がやっておくから」
「なるほど。服を脱げと。セクハラですね」
「いや、そういう反応は本気で困るんだけど。装備の修理が目的だから本当にやめて」
(ハラスメント行為でアカウント停止とかになったらどうする。いや、俺がセクハラされてるのか? どっちだ?)
「おい、ハヤトを困らせるな。分かっててからかっているんだろう?」
「ご主人様は反応がいいのでついからかってしまうんですよね。さすが私のご主人様と言わざるを得ません」
「全く嬉しくないのはなんでだろう? で、セクハラじゃないけどどうする? 裁縫スキルも鍛冶スキルもMAXの100だから、服だろうと鎧だろうと完璧に直せるけど」
「ご安心ください、ご主人様。私のメイド服は自己修復が備わっていますので一日経てば新品同様です。このホワイトブリムもメイドエプロンも同様。匠の一品です」
「匠の無駄遣いと言ってもいいような気がする。自己修復ってものすごくレアな効果なんだけど、メイド服についちゃったか。というか誰が作った?」
アイテム作成時にランダムでつくと言われる自己修復の効果。その可能性は1%以下と言われている。自己修復の効果があっても一日で耐久を0まで減らせば壊れてしまうが、壊れる前に装備を外してしまえば耐久は落ちないので重宝される効果だ。
「俺の装備も特に修理は必要ないな。特別な効果があるから、耐久はほとんど減らないんだ」
「そういやそうだったな」
(ドラゴンイーターと死龍の鎧一式か。確かにあれなら耐久は減らないな)
ハヤトは数日前にアッシュのステータスを見せてもらった。その時に装備も一通り見せてもらったのだ。
アッシュはエシャとは違い、普通のスキル構成だった。通常のプレイヤーと同じ構成でしかない。だが、装備品は違う。明らかに高性能を誇るレジェンド武具よりも優れているのだ。
ドラゴンイーターと呼ばれる大剣はドラゴンに対して五倍のダメージを与えるという効果を持つが、それ以外にもブラッドウェポンという効果があり、与えたダメージの一部を吸収してHPを回復させるという効果がある。また、HPだけでなく、装備品の耐久も回復させるというチート武器だった。ハヤトはその効果を何度も目をこすりながら見たくらいだ。
そして死龍の鎧。アッシュは上半身、下半身、腕、足、この四か所に死龍の名のついた防具を着けていた。それぞれの性能は高性能な鎧と言ったところだが、その四つを全て装備することでさらにセットボーナスが付与される。
セットボーナスとは関連のある武具を装備することで、隠れた効果を引き出せる仕組みだ。
死龍の鎧シリーズで得られるセットボーナスは物理無効。任意で一分間、物理攻撃を一切受け付けないという効果だ。物理攻撃ではない炎の攻撃などにはダメージを受けるが、相手によっては一分間無敵になれるという、これまたチート装備だった。
(ダメージを受けなければ耐久も減らない。クールタイムが十分あるとはいえ、あり得ない効果だよな。でも、これは奥の手といえるだろう。今回のクラン戦争では使わないでもらうか。使うのは上位のクランと戦う時だ)
「でも、ハヤト、俺の装備のメンテナンスはいらないが、それとは別にお願いがあるんだが」
「お願い?」
「参加する傭兵団のメンバーの装備を一式揃えてもらえないだろうか。アイツら、自前の装備は持っているのだが、メンテナンスが下手で結構ボロボロなんだ。もちろん材料はこっちで用意する」
「なんだ、そんなことか。もちろん構わない。材料を渡してくれればすぐに取り掛かるから」
「ありがたい。すぐに持ってこさせる」
装備に関しては材料が届き次第ということになったので、アッシュからエリクサーの材料だけ受け取り、ハヤトはまた自室に戻った。
今度は薬品の準備をするためだ。
アッシュの妹を助けるために作っているエリクサーは、先ほどアッシュから材料を受け取ったことでも分かるように、まだ最高品質で作れていない。だが、ほとんどが星三で作成できるため、それを渡すだけでもアッシュは喜んでいる。
そのエリクサーだが、クラン戦争で用意できるのはドラゴンステーキと同じように上位クランに多い。だが、ハヤトは前のクランでも最高品質のポーションを用意することが多かった。
それはクールタイムが0になる上に、確率でいえば10%で作れるからだ。連続で飲めるポーションを大量生産。ハヤトは戦闘をすることはないが、間違いなく強いと考えている。その証拠に前のクランメンバーからも評判は良かった。
(あっちのクランは大丈夫かな? 最高品質のポーションを大量生産するにはこのペンダントが必要なんだが。ちゃんと説明しておけば良かったかもしれないな。まあ、作り置きは残してきたし、今回のクラン戦争くらいは大丈夫か)
ハヤトはやや不安を覚えつつも、ポーションの大量生産に入るのだった。