イベントの詳細
ログインした日の翌日、ハヤトは朝から改めてログインすることになった。
ハヤトは半年前と違い、今は仕事をしている。現実での対応をおろそかにした場合、大変なことになるのは誰が考えてもすぐに分かる。とはいえ、昨日、ディーテから助けて欲しいと言われたのなら助けたくなるのが心情だ。
そもそもあの仮想現実にいるNPCはNPCではない。全く知らない相手なら放っておくということもできただろうが、アッシュ達が現実だと思っている世界だ。
ディーテから詳しい話を聞いていないが、強硬派のドラゴンが勝つと問題がある。そうならないためにも、施設の復旧や、アッシュ達、傭兵団の装備強化などを依頼されている。
ハヤトは微力ながらも貢献しようと午前中は「アナザー・フロンティア・オンライン」にログインして、午後は現実の喫茶店で働くというスタイルにした。午前中に客が来ないからできる芸当だろう。
そのことに少しだけ悲しくなりつつも、ハヤトはヘッドギアを装着してゲームにログインするのだった。
ハヤトは拠点の自室で目を覚ます。
そして昨日ディーテから聞いた今回のイベントについて色々と整理する。結局、イベントの方も気になってかなり遅い時間になるまでどんな状況なのかをディーテに聞いたのだ。そのおかげで全部ではないが大体の話は聞けた。
今回のイベント「スタンピード」に関しては、貢献ポイントという値が各個人に設定されている。それを貯めると一定数ごとにアイテムやゲーム内通貨を貰えるのだが、今回は現実の世界でも賞金が出る。
今回はクラン戦争のときのように勝利したプレイヤーだけがもらえるような仕組みではなく、貢献ポイントさえ稼げば誰にでもチャンスがある。そのため、ポイント報酬による賞金自体は少ない。
ただ、イベント終了時、ポイント総数が多い十人に日本円にして一人1000万円が支払われることになっている。また、クラン単位でも同様に上位十クランに同額が支払われることになっている。
(お金をばらまきすぎだけど、そもそもディーテちゃんの目的が「この仮想現実で生きたい人を探す」だからなぁ。現実を捨ててまで仮想現実に入りたい人を探すためとはいえ、お金で釣るのはどうなんだろう? 前回のイベントで俺は釣られたんだけど、プレイヤーがランキング上位を目指すのはお金が理由であって、ゲームそのものではないんだけどな)
ディーテ曰く、ランキング上位に多額の賞金を出すことで仮想現実に入り浸る人を選出しようとしていた、とのことだ。
クラン戦争でランキング上位になるためには現実よりも仮想現実を優先しなくてはならない。
ディーテにはそういう考えがあったが、プレイヤーがクラン戦争で上位を目指す理由はお金であり、そもそも仮想現実だけで生きたいという話ではない。ハヤトもそうだ。
昨日、そのあたりの説明をディーテにしたのだが、あまりピンときていない様子だった。
ディーテの考えでは、大金を手に入れたいのは現実に不満があるからで、それなら現実を捨てて仮想現実で生きることに抵抗はないのでは、ということだ。
現実に不満がなくてもお金は欲しいよ、とハヤトが言うと、ディーテは「そうなのか」と言って少し考え込んでしまった。そして「もっと人間を勉強しないとだめだな」と真顔で言っていた。
(俺のときみたいな無理な勧誘はしないと言ってたけど、俺は止めるべきなのかね? 仮想現実だけで生きるっていうのは人道的にどうなんだろうって思うけど、本人が望んでいるなら別にいいような気がする。それにアッシュ達もそれを望んでこの世界で生きているんだから、無理に現実にひき戻すのはどうかと思うし。でも、もしネイ達、黒龍のメンバーが仮想現実だけで生きたい、とか言いだしたら俺は――)
ハヤトは色々と考えるが答えはでなかった。
起きてもいない未来のことを悩むのは意味がないと、まずはやるべきことをやろうと立ち上がる。
ハヤトは王都のメイドギルドへ行くために拠点を出た。
行く理由は簡単だ。エシャにメイドギルド本部の復興支援を頼まれているのだ。
ハヤトは王都を歩きながらディーテから聞いたことを思い出していた。
それは復興のシステムに関して。
簡単に言えば、壊れた施設の近くにいるNPCに話を聞いて、必要なアイテムを用意すればいい。ただ、その依頼は多種多様。料理の場合もあれば、家具の場合もある。そして納品という形でアイテムは相手に渡すことになるが代わりに貢献ポイントを貰えるという仕組みだ。
ハヤトであれば、どんな物にも対応できるが、ほとんどのプレイヤーは生産系スキルを一つか二つしか持っていない。そして持っているスキルはほとんどが鍛冶か料理か製薬。木工などの人気のないスキルは所持者も少ないだろう。
ディーテからはそのような人気のないスキルのアイテムをできるだけ対応してほしいと言われている。
メイドギルドから何を頼まれるのかは不明だが、まずはそこからだと気合を入れる。
今日は夜にクランのメンバーが拠点に集まることになっている。その準備もしておきたい。以前と違って時間に余裕がないので、効率的に進めようと決意した。
ハヤトはさらに進むと、道の先でエシャが手を振っているのが見えた。その隣にはメイド長がいる。エシャやディーテ以外の懐かしい知り合いに会えて、ハヤトは少しだけ嬉しくなる。
その直後、ハヤトの目の前にメイド長が現れたので驚いた。格闘スキルの縮地だ。
「お久しぶりです、ハヤト様」
「え、ええ、お久しぶりです。なんで胸ぐらをつかんでいるんですかね? HPがちょっと減っているんですけど」
懐かしい対応ではあるが、メイド長の迫力に少しだけ恐怖を感じた。はっきり言って昨日ドラゴンに絡まれた時よりも怖い。
「挨拶もそこそこで申し訳ないのですが、ハヤト様は私に借りがあるはず。それはいつ返してくれるのでしょうか?」
ハヤトはメイド長の言っていることがよく分からなかったが、すぐに思い出した。それはメイドギルド主催のイベントをやってもらうために取引した内容だ。
メイド長は素敵な男性との食事をしたいと言っていた。そしてハヤトはレリックを差し出したと言ってもいい。
当時、切羽詰まっていたとはいえ、本人の承諾なしで頷いてしまった。それがどうなったかハヤトは知らない。ハヤトはそのままログアウトしてレリックには話をしていないし、ディーテとのメールで話したこともなかった。
ハヤトは仮想現実なのに背筋に冷たいものが流れた感触を味わう。
「レリックさんとは食事をしていないということですよね?」
「ええ、ハヤト様からのレリック様への紹介があると思っていたのですが、エシャの話ではイベント終了直後から旅に出てしまったとか。お帰りを一日千秋の思いで待っておりました。なにか言うことはありませんか? その内容によっては、拠点で復活する形になると思いますが」
「あの、本当にすみません。実は今日、夜に皆が集まる予定なんです。俺の帰りを祝ってくれるとかで。レリックさんも来るのですが、メイド長さんもどうでしょうか? そのとき、レリックさんへ改めて食事の件を伝えますので」
メイド長から殺気が消え、目が優し気になる。
「完璧な回答でございます。さすがは救世主様と言ったところでしょう」
「それを本当にやめて欲しいんですけど」
「しかし、エシャを雇えるのはハヤト様だけです。それにエシャが無事なのはハヤト様が戻ってきたおかげとも言えます。私達やエシャから見たらハヤト様は救世主と言っても間違いないですね。もう少しハヤト様のお帰りが遅かったらエシャがどうなっていたか……大変なことになっていたということしか言えませんが」
(エシャはそれが嫌で俺の生体認証のデータを直したとかじゃないよな?)
エシャは記憶を取り戻していたのでログアウトすれば逃げられるわけだが、仮想現実に戻るたびにメイド長に襲われたら確かに嫌だろう。エシャが迎えに来たメインの理由がそれでないことをハヤトは祈った。
「メイド長、何をしてるんですか。それにご主人様にダメージを与えるなんて、そのままだったらデストロイしてますよ」
エシャがベルゼーブを構えて近くまでやってきた。
「ハヤト様を見て嬉しさのあまり縮地を使ってしまいました。恥ずかしいですね。さて、ハヤト様、エシャから聞いています。施設の復興を手伝ってくださるとか」
「ええ、何でも言ってください。材料集めに時間がかかるかもしれませんけど」
「頼もしい限りです。では、メイド服とホワイトブリムとメイドエプロンを五十着ずつ、それにメイドブーツも五十足。あと刀を十本、モーニングスターを十個でお願いします」
一部のラインナップがおかしい。
「あの、前半はいいんですけど、後半二つはなんでしょうか?」
「武器ですね。刀は斬ることに特化した剣と言えばいいでしょうか。モーニングスターはトゲトゲの鉄球に鎖がついていて、振り回せる武器としか言いようがないのですが」
そんなことを聞いているのではなく、必要な理由を知りたい。そう思っていたらエシャが口を開いた。
「武闘派のメイド達もスタンピードでドラゴンに立ち向かったんですが、武器が壊れたようなんですよ。それを用意してほしいってことです」
「武闘派のメイド……」
ハヤトは「メイドって何でもありだな」と思いつつ、口には出さない。思っていた復興用のアイテムとはちょっと違うなと思いつつも、それらを用意しようと準備を始めるのだった。




