ドラゴンソウルの秘宝
エシャがやってきた翌日、喫茶店の仕事を終えたハヤトは、喫茶店の入口と窓にしっかりと鍵をかけてから電気を消した。
明かりは窓から入ってくる人工的な月の明かりだけ。その優し気な光を窓から少し見た後、ハヤトは喫茶店にある革張りの椅子に座ってからゆっくりと息を吐いた。
目の前のテーブルにはヘッドギアが置いてある。これは「アナザー・フロンティア・オンライン」へログインするためのヘッドギア。
ハヤトは半年前にゲームへログインができなくなったが、エシャのおかげで再びログインが可能になった。
すでにエシャはハヤトの自室でヘッドギアを身に着け、ログインしている状態だ。
ハヤトはヘッドギアを両手で持ち、頭に装着した。そして「アナザー・フロンティア・オンライン」を起動する。
目の前には「ログイン」の文字が表示される。
半年前は認証エラーとなってログインすることができなかった。
ハヤトは一度だけ深呼吸をしてから「ログイン」を選択する。
認証中の文字が表示され、直後に認証成功の文字が表示される。直後にハヤトは浮遊感を味わい、視界が暗くなった。
(この感覚、久しぶりだな……)
ハヤトはその感覚に身を任せたまま脱力して椅子にもたれかかった。
ハヤトは目を覚ます。
目の前には大きな満月と星空が見えた。仮想現実ではあるが、現実では見ることも難しい満天の星空。それを見てハヤトは、戻ってきた、と感じることができた。
久々のログインが夜中なのは少し残念だが、仕事をしているのだから仕方ない。こういうのも乙なものだと、少しだけ笑う。
喜んだのもつかの間、ハヤトは不思議に思う。
このゲームはログインしたとき、ログアウトした場所から再開となる。特殊な条件では牢屋に入れられるという場合もあるが、ハヤトは前回、王都の宿でログアウトした。
安全にログアウトできるのは拠点のベッドや町や村にある宿のベッドだけ。このような空が見える野外でログアウトするわけがない。
ハヤトは慌てて上半身を起こす。そして周囲を見渡した。
ハヤトはがれきの山にいた。寝ていた場所は何かの建物が壊れた跡だったのだ。
だが、そんな状況はどうでも良くなる。
夜だったので今の今まで気づかなかったが、十メートルくらいのドラゴンが五体、少しだけ離れた場所からハヤトを見ているのだ。そのドラゴン達はいわゆる汎用モンスターのドラゴンではなく、オリジナルの姿を持つ、明らかに強そうなドラゴンだ。
(え? 何?)
そのドラゴン達が近寄ってきた。
「いきなり現れたけど、なんだコイツ?」
「もしかして一人で特攻してきたってこと? もうここで暴れる必要はないんだけど倒しとく?」
「いや、待て。どこかで見た顔だな……?」
ドラゴンの一体がそう言ってハヤトをジロジロと見る。
月の明かりで照らされてはいるが、ハヤトを見ているドラゴンの体は暗黒と言っていい。今の時間帯では目を凝らさないと輪郭もおぼろげだ。
「ああ、アッシュやレンのクランにいた奴じゃないか? たしか、『ダイダロス』というクランのリーダーでハヤトとか言っていた気がする」
なぜか暗黒のドラゴンとは別のドラゴンがハヤトのことを知っていた。そしてアッシュやレンの名前も知っている。
ハヤトにはなんとなくだが予想がついた。
(この場にいるのは創世龍って呼ばれるドラゴンか? 五体いるなら強硬派ってことか……ならアッシュの親父さんがいる?)
いきなりやばいところにログインしてきてしまったのだが、もうどうしようもない。倒される可能性もあるが、会話をして情報を聞き出そうとした。
「アッシュのお父さんですか?」
暗黒の体を持つドラゴンはその質問に答えないが、急に体が光りだした。そして次の瞬間には人型の男性がいた。
生地の薄いスーツをだらしなく着て、ネクタイも首にかけているだけという、社会人なら怒られそうな着方ではある。
ただ、四十代後半に見える容姿でもイケメンであり、無精ひげも男の魅力を引き出していて、ちょい悪オヤジと言ったところだ。逆にそのだらしなさがワイルドな感じで多くの女性を魅了する可能性が高いだろう。
そして最後のクラン戦争でアッシュと対峙していた男性であるとハヤトは認識した。
(なるほど、アッシュやレンちゃんの父親ってことだけはある。若いころはさぞかし浮き名を流していたんだろうな。現実にいたら舌打ちをしそうだ――いや、現実にいるのか)
このゲームのNPC達は百年前の地球の人間で、宇宙船アフロディテのコールドスリープに入り、永続的なログインをしている。人間だったころの記憶はなくなっており、このゲームの世界だけが彼らにとっては現実だ。
(でも、不思議だ。以前、どこかで会ったような気がする。あの最後のクラン戦争よりももっと前に見たことがあるような……? それよりも座ったままじゃ失礼だな)
ハヤトは立ち上がる。そしてアッシュの父親の前まで移動した。
「ハヤトと言います。アッシュのお父さんで間違いないですか?」
「ああ、そうだ。ちょうどいい、見逃してやる代わりにアッシュに伝言を頼みたいんだが」
「その前にここってどこですかね?」
「ここは王都『アンヘムダル』だ」
「へ?」
そんな馬鹿なと思いつつ、ハヤトは周囲を見渡す。がれきの山ではあるが、確かに周囲の建物には見覚えがある。
(ここって王都の宿だった場所か? 俺がログアウトしている最中に宿が壊れたからがれきの上でスタートしたのか)
「スタンピードと言えば分かるか? 俺達強硬派のドラゴンが王都を襲った。ドラゴンソウルの秘宝、そのかけらがこの王都にあったから奪ったということだ。守ろうとしていた奴らもいたが、俺達の相手じゃない」
つまり、スタンピードの防衛イベントに失敗したということだ。
いままでもモンスターが大量発生するスタンピードなどがあったが、ドラゴンが襲ってくるのは初めてだとハヤトは記憶している。ただ、それ以前に町が壊れるというイベントはハヤトの記憶では初めてだった。
ただ、よく見ると、壊れたのは民家ではなく施設の建物だ。防衛に失敗すると一部の施設に制限がかかるという設定になっているのだろうと推測した。
「それで、アッシュへの伝言なんだが、ドラゴンソウルの秘宝を求めるな、と伝えてくれ」
「それは構いませんが、理由は?」
ハヤトのその言葉にアッシュの父親は少しだけ驚く表情を見せた。そしてすぐに口角を上げる。
「なんにでも疑問に思うことはいいことだ。だが、好奇心は猫をも殺す。理由を知る必要はない。それにアッシュ達が秘宝を求めようが俺が先に手に入れる。面倒だから邪魔をするなという意味だと思ってくれていい」
「そうですか。なら言うだけは言っておきますよ。どうするかはアッシュが決めると思いますが」
「ああ、それで構わない。ところで、ハヤトはアッシュの友達なのか?」
「ええ、まあ。俺の方は親友だと思っていますが」
NPCに対してそう思うのはどうかと思うが、アッシュはAIではなく人間。たとえNPCだとしてもハヤトはその気持ちだったが、今なら大手を振ってそう言える。
「そうか。アイツにも友達がいたか。だからというわけじゃないが、名乗っておこう。俺はヴェル。ヴェル・ブランドルだ。それじゃ伝言を頼んだぞ」
「分かりました。ちなみにレンちゃんに伝言はありますか?」
「……フフ、面白いな。これだけのドラゴンの前でも普通にできるなんてなかなかの度胸だ」
(そりゃ仮想現実だし。まあ、巨大なドラゴンに噛まれそうになったら怖いけど)
「レンには、母さんに似て美人に――いや、忘れてくれ。兄妹仲良くな、とだけ伝えてくれ」
アッシュとレンの母親。ハヤトはそのことを聞いたことがない。今までも祝勝会などで色々な話を聞いたが、その話題はなかったと記憶している。
「分かりました。アッシュにもレンちゃんにも伝えておきますよ」
「ああ、頼む。これからも二人と仲良くしてやってくれ。じゃあな」
ヴェルはまた一瞬だけ光ると暗黒のドラゴンとなった。そして勢いよく翼を広げる。
他の四体のドラゴンも同様に翼を広げると、足に力を入れてから地面を蹴り、飛び立った。
それを見送った後、ハヤトは少しだけ考える。
(アッシュ達はどうして現実を捨ててまでこの仮想現実の住人になろうって思ったんだろうな。確かに資源枯渇の時代は大変だったとは聞くけど……まあ、そのおかげで出会えたというのもある。ポジティブに考えよう。よし、まずは拠点だ)
ハヤトは「転移の指輪」を取り出して、拠点へテレポートした。




