仲間
拠点であるログハウスの一階、店舗部分でハヤト、エシャ、アッシュは椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
座っている椅子も、囲んでいるテーブルも、ハヤトが木工スキルで作り出した家具だ。品質によって見た目が変わったりしないのだが、そこはこだわりの生産職。すべて最高品質の星五でそろえている。
そんな最高品質家具に囲まれた場所でハヤトは二人に事情を話した。
とはいえ、AI保護のセキュリティがある以上、NPCを雇った話や、クラン戦争に勝ちたいのは賞金のためという話はしていない。単純に、生産職で戦闘力がないからクランを抜けたという話と、生産職がいても一緒に戦ってくれる人を探しているという話だけだ。
そして現在はエシャとアッシュ、そしてハヤトの三人だけであることも説明する。
「なるほどな、さっき見せてもらった装備の材料から考えて、相当強いメンバーをそろえたクランだと思ったんだが、追い出されていたのか」
「追い出されたって言うか、円満に抜けたんだよ」
「そうか? 確かにお金やアイテムを渡された事を考えるとそうかもしれないが、はたから見たら追い出されたと言っても同じだぞ?」
「僭越ながら私もそう思いますね。いらないから捨てられたんですよ」
「もっと言い方を考えて。傷つくから。でも、前のクランリーダーから言われた通り、俺には戦闘力がまったくない。クランのお荷物だったんだから、追い出されたというのは間違いじゃないな」
エシャとアッシュは、ほぼ同時にため息を吐いた。
ハヤトを嘲るという訳ではない。どちらかといえば、「何言ってんだお前」みたいな顔をしている。
「確かにハヤトには戦闘力がないのかもしれない。でも、お荷物って評価は間違ってるぞ。はっきり言ってハヤトを追い出すなんて、そのクランはもうダメだと思う」
「なにがダメなんだ?」
「そのクランは上位を目指してるんだろう? ハヤトを追い出して戦力になる奴を入れる? 傭兵団の団長をやっている立場からすれば、そんなのは悪手中の悪手だ」
アッシュの説明では、急にメンバーを変えて連携が上手く行くわけがない、ということと、急に迎え入れた相手が信頼できるのか、という点でダメということだった。
クラン戦争は十対十によるチーム戦。一人のウェイトがそれなりを占める戦いだ。常に一対一で戦う訳ではなく、作戦を駆使して常に有利な状態を作って戦うのが基本。そんな戦いで、たとえ強くても訳の分からない奴を入れてチーム全体が強くなるわけがない、とのことだ。
「でも、さっき言ったろ? 最近の戦いで俺と敵が一対一になったんだよ。クランが勝てたのは本当にギリギリだったんだって」
「生産職のハヤトを一人にする方が悪い」
「ええ……? 俺に護衛をつけるという意味なら、それはそれで俺が足手まといになってるんじゃないのか?」
「確かにその通りだ。だが、勝敗を決めるのは、クラン戦争中の一時間だけじゃない。戦いというのはその準備から大事なんだ。聞いた話だとハヤトは戦う前から色々と準備をしていたんだろう? 薬や料理の準備、武具のメンテナンス、それに相手の調査もしていたんだよな?」
「まあ、そういうこともしてたかな。クラン戦争が始まると俺は戦力にならないから役に立たないし」
「クラン戦争で役に立つかどうかはもっと全体で考えるべきだ。それに、さっき勝てたのはギリギリと言っていたが、もともと潜入系のスキル構成をしている相手を知っていたんだろう? 最初から撃退用のアイテムを用意していたんじゃないのか?」
「よく分かるな。確かにお守り程度に用意はしてたよ。使いたくはなかったけど」
使ったアイテムは捨て身用の自爆アイテム。自分のHPをダメージとして相手に与えるアイテムだ。もちろん、相手の防御力によって軽減されるが、潜入系のプレイヤーであれば身軽さを重視して防御力はないと判断し、相打ちならやれるとハヤトが事前に準備していたものだった。
その考えは的中。ハヤトは生産職としてHPにはほとんど値を振っておらず、最低の25だ。だが、それは相手も同様。そして相手は防御力も低い装備でそろえている。相打ちという形で終わった。
ただ、自爆アイテムとはいえ、スキルに関係なくダメージを与えられるアイテムは高価であり、その材料も必然的に高価になる。ハヤトに戦力があれば使わずに済んだというのも間違いではない。
「ハヤトが抜けたクラン『黒龍』だったか? 悪いが今のランクよりも上に行くのは無理だと思うぞ。クランメンバーの視野が狭すぎる」
「ご主人様にとってはざまぁ案件ですね。ご飯三杯はいけますよ」
「……なあ、二人とも。もしかして俺を慰めているのかもしれないけど、あまり前のクランメンバーのことを悪く言わないでくれないか? 確かに追い出されたかもしれないけど、今だって仲間なんだよ」
ハヤトはテーブルの上に「アダマンタイトの包丁・極」を置いた。エシャとアッシュはそのアイテムの性能を見て驚く。
「目の前の包丁はただのデータに過ぎないが――」
「すまん、ただの、何だ? 聞き取れなかったんだが?」
(ああ、AI保護か。よく考えたらデータって言葉もダメだよな……ただのアイテムでも通じるかな?)
「えっと、この包丁はただのアイテムだ。確かに信じられないような性能を持っているが、十億G積まれても売る気はない。性能以外にもこれには思い出があるからね」
この包丁を作るにはレアなアイテムが必要となる。
希少価値の高い鉱石であるアダマンタイト、レアなモンスターからしかとることの出来ないベヒーモスの角やクラーケンの墨、そしてエルフのクエストを何度もこなして初めて手に入れられる世界樹の枝。売りに出されることがほとんどなく、素材を集めるだけでも相当時間のかかる物ばかりだ。
「この包丁につく効果が知りたくて何度も作ったんだが、その材料を集められたのは前のクランメンバーのおかげなんだよ。価値も分かってないのに、俺のために一緒に頑張ってくれてね。レアモンスターを発見するときなんて、何時間も出現場所で張り込んだよ。それに他にも狙っている人達がいて、取り合いになったこともあったね」
今考えるとなんであんなに辛いことをしたんだろうと思うことはあるが、ハヤトにとっては楽しい思い出だ。確かにクランからは追い出された。だからと言ってあの頃の思い出が薄れる訳じゃない。
「袂を分かつことにはなったけど今だって仲間だと思ってる。だから、あまり悪く言わないで欲しい。もちろん、気を使ってくれるのは嬉しいけど」
ハヤトはそこまで言って、ふと思う。
(俺、NPC相手に何を言ってるんだろう? なんか語っちゃったみたいになってないか? まあ、むしろNPCだから言えたって理由もあるが……すごく照れ臭くなってきた)
ハヤトがこの間をどうしようかと思っていたら、アッシュが立ち上がって頭を下げた。
「すまなかった。仲間のことを悪く言われていい気分はしないよな。謝罪する。この通りだ、許してほしい」
「いやいやいや、そこまでしなくていいから! 頭を上げてくれ! 許す、許すから!」
そんな形で謝罪されるとは思わなかったハヤトは慌てた。
そしてアッシュはその言葉を聞き、頭を上げる。
「確かに傭兵団でも似たようなことがある。傭兵団から抜けたらもう仲間じゃないなんてことはない。お互いに命を預けた仲間だ。それを貶されたら嫌だよな」
「まあ、そんな感じ。だからもう謝らなくていいからな」
「分かった。それじゃこれからは俺も仲間としてよろしく頼む。頑張らせてもらおう」
アッシュは笑顔でそう言うと、椅子に座り直した。
(なんかピュアな感じだ。そして青春っぽい)
そんなことを考えているハヤトをエシャが見つめる。
「ご主人様の懐の深さ、そして器の大きさに、このエシャ・クラウン、感服です。さすが、私のご主人様」
「ご主人様になった覚えはないけど、そう思ってくれるなら嬉しいよ」
「はい。それにアッシュ様との男の友情的な何か――何を隠そう大好物です」
「そういうの隠したままにして。あと、親指を立てないでくれる? まあ、そういう訳でこれからよろしく頼むよ」
エシャ、アッシュ、ともに頷く。
ハヤトはなかなかいいNPCを仲間に出来たと喜んだ。だが、まだ二人。これからも強そうなNPCを仲間にする必要があると決意を新たにした。