NPC同士の関係
「……できた」
ハヤトはメイドのエシャが欲しがる料理を三つ、すべて最高品質の星五で作り上げた。ただし、全ての材料を使い切った上での結果だ。高額の材料は一切残っていないし、これまでに作り貯めしておいた材料もすべてなくなった。
運が良いのか悪いのか、そもそもエシャを仲間にすることが正しいのかを自問自答しながら作った結果ではあるが、ハヤトとしては満足のいく結果と言っても間違いではないであろう。
エシャから貰ったレシピの料理は星三の品質でも破格の性能だったためだ。
マンガ肉は、効果時間はドラゴンステーキに劣るものの、攻撃力の増加は遥かに凌駕する。ドラゴンステーキが攻撃力50%増に対して、マンガ肉は75%。さらにはSTRが30上がるという代物だ。
バケツプリンはスイーツ系の料理なので徐々にHP、MPを回復させるが、その秒間隔における回復量はすべてのスイーツの効果を上回っている。3秒ごとにどちらも5回復させるが、それが三十分続く。
そして超エクレア。スイーツ系の料理であるにも関わらず、HP、MPを回復させる効果はない。だが、状態異常無効というあり得ない効果が付いていた。
(こんなものを店で売ったら百万Gでも速攻でなくなるぞ。でも、これを売るってことは敵になるかもしれないクランへ貢献するってことでもある。クラン戦争があるかぎり、売りたくても売れないよなぁ。それにどうやって手に入れたのかをめちゃくちゃ聞かれそうだ)
効果は破格。だが、自分で使うならともかく、敵が使ったら阿鼻叫喚になりそうなほどならそれを売りに出すのは危険な行為。少なくとも普通に流通するまでは売ることができないとハヤトは考えた。
(ほかにも作れる人はいるんだろう。だが、こんなものを売りに出せる訳がない。俺がこの料理を今の今まで知らなかったのも当然だな。とはいえ、クラン戦争に参加していないプレイヤーもいるはず。そういう人達なら自慢するように売り出すと思うんだが……やはり、このレシピのシステムも結構レアな感じなんだろうな)
ハヤトは料理用の装備を自室のクローゼットにしまい、作った料理をエシャに渡そうと部屋を出た。
一階ではエシャがカウンターの中に立ち、ちゃんと店番をしていた様子だった。そのエシャがハヤトを期待した目で見ている。そして涎を垂らした。
「お疲れ様です、ご主人様。して、首尾はいかがでしょうか?」
言葉遣いは丁寧だが、主従が逆になっているような思いをしつつも、ハヤトは出来上がった三つの料理をカウンターに置いた。
「お望みのものだよ。これでクラン戦争に参加してくれるんだね?」
エシャの目が大きく開かれる。眼光だけでダメージを与えられそうな視線を料理に向けた。そして震える手で料理を取ろうとする。
だが、ハヤトはすぐにその料理を自分のアイテムバッグにしまった。
「ああ!」
「エシャ、これは言葉だけの約束でしかないけれど、きちんと君の口から聞いておきたい。本当にクラン戦争に参加してくれるんだよね? 当日に参加しなかったり、参加しても手を抜くような真似をしたりするなら本気で怒るつもりなんだけど」
「ご主人様、このエシャ・クラウン、料理が絡んだ約束を破ったことは生まれてこのかた一度もありません。その料理を頂けるのなら、必ずクラン戦争で活躍して見せましょう」
(嘘くさい。AIが人を騙す、そんなことはないと思いつつも、エシャの行動を見てるとちょっと――いや、かなり不安だ。もし嘘だったら運営に言えば何とかなるんだろうか……? とはいえ、今は信じるしかないよな)
「分かった。信じる。それじゃ好きに食べて」
ハヤトはカウンターに三つの料理を置いた。
するとエシャは目にもとまらぬ速さでその料理を取り、自身のアイテムバッグへしまった。
「焦らしプレイをするとはなかなかのご主人振り。ご安心ください。必ずやクラン戦争でお役に立ちましょう。ですが、お願いを聞いて頂けますか? クラン戦争が始まる前までに用意してほしい物があるのですが」
「まだあるの? お金がかかるのは困るよ?」
「ご主人様でしたら大してお金はかからないと思います。ジュース類の料理を大量に作って頂きたいのです。私の場合、MPが切れると何も出来ないので、MPを瞬時に回復できる飲み物が欲しいのです。ちなみにメロンジュースを希望しております」
「ああ、そういう。それは責任をもってそろえるよ。戦いが始まる前に準備するのは得意な方だからね。でも、メロンは高いからオレンジね。オレンジなら庭で栽培してるし、大量にあるから」
「……メロンジュースでお願いします」
「……味が違うだけで効果は同じだから」
「その味が大事だと思います」
「お金も大事なんだってば」
そんな殺伐としたやり取りがすこし続いた後、ログハウスのチャイムが鳴った。
『アッシュだ。ハヤトはいるか?』
ハヤトはエシャとのやり取りを打ち切り、入口の扉を開けた。そこには傭兵のアッシュが立っている。ハヤトを見ると笑顔になった。
「よお、さっそく材料を持ってきた。でも、ここが拠点なのか? あんな装備を持っているんだし、ハヤトが所属しているクランならもっとデカい拠点を建てていてもおかしくないと思うんだが」
「まあ、色々あってね。遠慮せずに入ってくれ」
「それじゃお邪魔するよ」
アッシュが家に足を踏み入れると、エシャがお辞儀をした。
「いらっしゃいませ、お客様」
「ああ、どうも、お邪魔します」
イケメンと美女。ハヤトは絵になるなと思いつつも、なにかこうモヤッとした。現実では見たくない組み合わせだ。
「エシャ・クラウンと申します。以後、お見知りおきを」
「俺はアッシュ・ブランドルだ、こちらこそよろしく――エシャ・クラウン!?」
アッシュは驚きに目を開いた。そしてまじまじとエシャを見る。
ハヤトは黙ってエシャを見つめるアッシュに声をかけた。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、本物か?」
「本物?」
「どうやらアッシュ様は私を知っているご様子。少々有名な名前なので驚かれたのでしょう」
「アンタの名前が少々か? いや、それよりもなんでここに。そもそも何をやってるんだ?」
「メイドをやっておりますが何か?」
「……メイド? 面白いことしてるんだな」
「そちらこそ、ここで何を? お名前から察するに有名なブランドル兄妹のお兄様とお見受けしましたが」
「俺達のことを知ってるのか」
「ええ、妹様がドラゴンの呪いで引退しそう、と言うことは知っております」
「詳しいな。その通りだ。それを回避するためにハヤトに最高品質のエリクサーを作ってもらう予定なんだよ。代わりと言っては何だが、クラン戦争に参加するのを条件としてな」
「なるほど、そういうつながりがあったのですね。では、私と同じクランに所属すると言うことで、これからよろしくお願いします」
「……マジかよ。アンタと一緒か」
NPC同士で盛り上がっているが、ハヤトは話について行けず蚊帳の外だ。そもそもハヤトはこのゲームのメインストーリーを良く知らない。勇者や魔王がいるという話は知っているが、世界がどういうふうに成り立ち、どんな状況なのかも知らないのだ。
(もしかしたら、二人ともストーリー上、重要なキャラなのか? 仲間にしてもいいんだよな? クランに入れたらメインストーリーが進行不能になるとかないよな?)
「えっと、二人とも知り合いなのか?」
「いえ、ですが名前だけは存じております」
「俺も名前だけは」
「同じクランでも別にいいんだよな? 今更、コイツと一緒は嫌だとか言われたら困るんだけど」
「ご安心ください。そんなことはございません――でも、メロンジュースは譲れないとだけ言っておきます」
「俺の方も安心していいぜ……メロンジュース?」
(何となく不穏な感じだけど大丈夫か……? 生産ばっかりやってないでメインストーリーもやっておくべきだったな……まあいい、まずはクラン戦争で勝つことが目標だ。でも、まだ二人だけ。もっと仲間を増やさないとな)
「ところで聞きたいんだが、他のクランメンバーはいないのか? この三人だけってわけじゃないんだろ? 紹介してほしいんだが」
「そういや言ってなかったか……そうだな、言っておくべきだな」
ハヤトは言う必要はないと思いつつも、仲間だからということで事情を説明することにした。