一進一退
ディーテに押し戻された蛮族の男は改めてアッシュと戦うことになる。相手は動揺していたようだが、すぐに持ち直した。
「あれで形勢を逆転したかったのですがダメでしたね……ご主人様、あの場所にデストロイを撃ち込むということも可能ですよ? あれだけ密集しているなら、お互いの前衛を全て倒せるかもしれません。どうしますか?」
「却下。そういう戦い方はしないよ」
「たとえ負けたとしてもですか?」
「仲間を犠牲にしておいて勝ったって言えるの? もちろん、戦いには勝ったのだろうけど、気持ち的には負けだよ」
ハヤトの回答にエシャがなぜか笑った。
「相変わらずの甘ちゃんですね。勝つためには手段を選んでいる場合じゃないんですけど」
「そういう手段を選ばなくても勝てるさ。皆は強いから負けるわけがない。エシャ、メロンジュースをいくらでも飲んでいいから、皆の援護をお願いするよ。アッシュ達がそのうち形勢を逆転するから」
「人使いの荒いご主人様ですね。祝勝会の食べ物は期待してますよ」
エシャはジュースを飲んでからベルゼーブを構えスコープを覗く。そして連射するように撃ち始めた。
「マリス! クランストーンを狙え!」
「行きます!」
アッシュからの音声チャットが届く。
(そっか、あの盾を持っている人が飛び出してきたからクランストーンが無防備だ。マリスなら先にクランストーンへ行けるか)
縮地でも空中にいる相手の正面に移動することはできない。正確にはできないわけではないが、正面に出たとしても、すぐに地上へ落ちるため、落下ダメージが発生する。それは高いほどダメージも高く、マリス達がいる場所から落ちたら大ダメージだ。
マリスがランスロットを巧みに操り、中衛の攻撃を躱しながら相手の拠点へ向かった。
盾を持った騎士風のプレイヤーが砦に戻ろうとするが、マリスには追い付けない。
(もしかしてこれで勝ちか?)
ハヤトがそう思った直後、騎士の装備が変わった。
いわゆる黒装束だ。全身が黒色の布装備を身に着けている。その装備でプレイヤーの移動速度が急激に上がった。
(嘘だろ。グリフォンよりも速いのか?)
通常の三倍ほどの移動スピードになった相手はマリス達よりも早く砦に着きそうだった。
「マリス様、その男を足止めしてください。私もすぐに行きますので。アッシュ様、レン様達をよろしくお願いします」
「分かった!」
「わ、分かりました!」
めずらしいレリックからの要望。アッシュとマリスはそれに応えた。
マリスは方向転換し、黒装束の男の方へ突撃した。素早い動きでそれを躱す男。あの移動速度でも動けるというのは相当訓練をしたことが分かる。
マリスの攻撃を躱しているが、防御一辺倒というわけではない。男はナイフのような武器でマリスに反撃してきた。
マリスは盾で受け、その後、空へ逃げる。
だが、男はクロスボウを構え、それで追撃する。風属性の衝撃波を放つクロスボウのウェポンスキル「ソニックブラスト」だ。
マリスはその攻撃を盾で受けるも、ソニックブラストは強制的に騎乗を解除する攻撃だ。
空中にいたマリスはグリフォンから落ちてそのまま地面に落下した。
「ふぎゃ!」
「マリス!」
それを見ていたハヤトはかなり大きな声を出してしまった。かなり上空から落とされた。つまり落下ダメージで相当HPが減ったはずだからだ。しかもそこに黒装束の男がかなりの速度で近寄っている。
「そこまでです」
男の前にレリックが現れる。そして「ローキック」を放った。動けなくなった男の胸元にレリックは右手の手刀を放つ。
「念のために盾を盗みました。これでこの男の盾による防御はもうないはずです。代わりの盾がなければ、ですが」
相手は装備を切り替えて多種多様な攻撃や防御をしてくる。その一つをつぶすためにレリックは盾を窃盗スキルで盗んだのだ。
「マリス様、ここは私が抑えます。ランスロットに乗ってクランストーンを」
「は、はい! 分かりました!」
マリスはポーションを飲みながら、ふらふらとランスロットの方へ向かった。
「マリス! 逃げろ!」
「へ?」
アッシュの慌てた声が聞こえた。
マリスの目の前には蛮族の男がいた。そして斧を振りかぶっている。
「クランストーンを狙って!」
もう助からないと思ったのか、マリスはランスロットに指示を出した。その後、攻撃を受ける。
マリスはHPが0になり、光の粒子になって消えてしまう――はずなのだが、なぜか光の粒子ではなく、黒い粒子になってマリスは消えてしまった。
そしてフィールドではもう一つ、普段とは違うことが起きていた。ルナリアの剣に上空から黒い粒子が落ちてきたのだ。すべての粒子が剣に落ちると、剣にはめ込まれた宝石が輝きを増す。
「許さない……!」
ルナリアがそう言いながらアロンダイトを上段に構え、振り下ろした。
ルナリアと戦っていたプレイヤーはその攻撃を剣で受け止める。が、まるで何もなかったかのようにその剣を破壊して、相手ごと斬ってしまったのだ。相手は光の粒子となって消えてしまった。
情報が多すぎてハヤトは混乱する。何が起きているのかさっぱり分からないのだ。
ハヤトはすがるような目でエシャを見た。
「ルナリア様の持つ剣、アロンダイトは味方が倒れるほど威力を増すんです。マリス様が倒れたので、剣の封印が解かれたってことですかね」
「……そんなアイテム説明は書かれていなかったんだけどね。ちなみにマリスは大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫です。魂を食われたとかではありません。黒い粒子は演出ですよ、演出――さて、今自陣にいる敵はミスト様と戦っている前衛の人だけ。今のうちにやってしまいましょうか――ちょうどいい時間ですしね」
ハヤトはいままで気づかなかったが、すでに結構な時間が経っていた。そしてフィールドが闇に包まれ、空には月と星が輝いている。
「ミスト様、目の前の敵を留めておいてください」
「あまり経験したくはありませんが、仕方ありませんね。ハヤトさん、棺桶を用意しておいてください。最悪、ルナリア様の剣の力になるので用意してなくてもいいですけど」
ハヤトはその言葉で理解する。慌てて倉庫から棺桶を取り出して屋上に置いた。
そしてミストは相手の首元に噛みつく。相手に噛みついてHPを回復させるという吸血鬼の固有スキル「ブラッディバイト」だ。
このスキルのいいところは、攻撃中、相手がその場から動けない事だろう。吸血鬼を振りほどくまで移動できないのだ。
そのミストと相手に向けてエシャはベルゼーブを構える。そしてアッシュ達はミスト達から距離を取った。
エシャがスコープを覗きながらハヤトに問いかける。
「ミスト様を犠牲にしますけど構いませんか?」
「復活するから犠牲じゃないよ」
「そういう割り切り方は嫌いじゃないですね――デストロイ」
ベルゼーブから大小十個の魔法陣がミスト達に向けて並ぶ。そして大砲のような音が聞こえ、光の弾が発射されると、全ての魔法陣を貫き、レーザーのような形になってミストとその相手を撃ち抜いた。
相手とミストが光の粒子となって消えたが、用意した棺桶に灰が出現する。
ハヤトはすぐさまトマトジュースをかけると、灰が人の形になっていき、そこにミストが現れた。
「さて、前衛二人を倒しました。ここから反撃ってことですかね?」
ミストの言葉にハヤトは頷いた。




