AI保護と調理準備
ハヤトはアッシュに拠点となっているログハウスの場所を教えてから別れた。
アッシュはこれから家に戻り、材料を持って拠点であるログハウスに来ることになっている。現時点でも十回は試せるだけの材料があるので、すぐに取り掛かって欲しいとのことだった。
ハヤトとしては断る理由がない。すぐに拠点へ戻り用意をしようとテレポートの出来るアイテムを使った。
本来、魔法のスキルを持っていないハヤトはテレポートの魔法は使えない。だが、そこは生産職。チャージと呼ばれる使用回数が決められているが、魔法スキルがなくても魔法を使えるアイテムを作ることが出来るのだ。
攻撃魔法が使えるアイテムも使えるのだが、ダメージが魔法スキルに依存している。ハヤトの場合はそのアイテムを使えてもダメージを与えられないので作ってはいなかった。
そのような使い捨てのアイテム「転移の指輪」を使い、拠点へ一瞬で戻ってきた。
扉を開けてログハウスに入ると、メイドのエシャが出迎える。
「おはえりなはいまへ、ごしゅひんひゃま」
「食べ終わってからでいいから……あと店の料理が全部ないんだけど、どういうことか説明してもらえる?」
エシャはモグモグとよく噛んでから喉を鳴らして食べている物を飲み込んだ。そして取り出したハンカチで口元をぬぐい、ビシッと背筋を伸ばす。さらにキリッとした顔になった
「大変美味しゅうございました。さすがご主人様と言わざるを得ません」
「よし、返品だ。別のメイドさんを雇う」
「お待ちください。短気は損気と言う言葉があります。これを聞けば、私に非がないことは明らか。まずは私の言葉に耳を傾けてください」
「……続けて」
「ご安心ください。商品に手を付けたとは言ってもきちんとお金を払ってからの行為。この店にある料理はすべて私がお金を払って購入したものでございます。売り上げにものすごく貢献したと言っても過言ではないでしょう。お得意様と言ってもいいかもしれません。お得意様割引ってないですか? もしくは店員割引」
ハヤトは店の売り上げをチェックすると確かにお金が振り込まれていた。料理関係の合計金額を把握してはいなかったが、これくらいの値段にはなるだろうと胸を撫でおろす。
だが、疑問にも思った。
(NPCって勝手に商品を買えるのか?)
NPCの店にアイテムを売ることは良くある行為だが、NPCがプレイヤーの商品を買うというのはハヤトにとって初めて知ったことだった。前のクランでやっていた店売りでも相手はプレイヤーだけでNPCが買いに来たことはない。
「えっと、NPCってプレイヤーの商品を買えるの?」
「あの、何とおっしゃいました? よく聞き取れなかったのですが……?」
(聞き取れない? AIにそんなことがあるのか……? あ、いや、AI保護のセキュリティか)
このゲームのAIは高性能であり、AIは自分のことをAIだと思っていない、と言われている。また、AIにとってはゲームの世界が全てなので、AIの自覚や自己矛盾が発生しないようにこの世界がゲームであることや、AIであると言うことは禁止事項とされているのだ。
(ゲーム開始時の規約にそんなことが書かれていたっけ。たぶん、NPCとかプレイヤーって言葉がフィルタリングされてエシャには伝わらなかったんだろう……そうだよな、これがゲームの世界だとしてもNPC達にとっては現実。それにNPCが自分の知らない行動をとったからって質問するのはおかしいだろう。そういうものだと思って受け入れよう)
「いや、何でもないよ。ただ、店の商品を買うなら俺を通してもらえる? 商品があることで客の呼び水になってくれるからね。色々なものが置いてあるとついでに買ってくれたり、リピーターも増えると思うから、一部の商品が売り切れ状態になるのは出来るだけ避けたいんだ」
「そういう理由がございましたか。分かりました。低品質の料理だけは買わないようにいたします。高品質の料理は私の物」
「何も分かってないよね?」
「ところでご主人様。そんなことよりも頼んでいた料理のほうはいかがでしょうか? 私のお腹は暴走寸前。スタンピード前日と言っても良いのですが」
「そんなこと扱いしないでくれる? それにスタンピードって大量のモンスターが町へ押し寄せてくるあれだよね? 防衛に失敗したらどうなるのか知りたくないんだけど」
「大変なことになる、とだけ言っておきます」
「本当にメイドギルドへ返品したい。一応材料は買ってきたからこれから挑戦するよ。自室で作るからこのまま店番をしててもらえる? それとお客さんが来るかもしれないからその対応もよろしくね」
「ご安心ください。このエシャ・クラウン、完璧に仕事をこなして見せましょう」
(不安しかない)
そうは思いつつも、お願いするしかないので、店はエシャに任せてハヤトは二階の自室へと移動した。
自室に戻ってから早速料理をするための準備に取り掛かる。準備とは言っても装備品を取り換えるだけだ。
基本的に生産するときの成功率はスキルの値が重要になる。ハヤトの場合はそれが100で最高だ。
だが、その状態からも色々な補正により成功率をあげることが出来る。そもそも生産するアイテムによってはスキルが100でも成功率が100%にならない場合がある。それを100に近づけるためには、補正により上げなくてならない。
まずはステータスにあるDEX。dexterityの略で器用さを表す。
料理の場合、DEXが10毎に1%の補正がつく。ステータスの最大は100。当然ハヤトはDEXに100を振っているので素で10%の補正があるのだ。
だが、ステータスはスキルとは違い100以上になる。それは装備品や料理によるステータス向上効果だ。その効果によりステータスを最大で150まで上げることが出来る。
ハヤトは装備によりDEXを合計30上昇させた。これでDEXの合計が130。
その後に料理の「サンマの塩焼き」を食べた。DEXを20上昇させる料理だ。魚系の料理はDEXを上昇させるものとして何かを作るときには必ず食べるべきと言われている生産職御用達の料理である。
これでDEXの合計は150。ステータスだけで15%の補正を受けたが、さらにハヤトは装備品を取り出す。料理の成功率だけを上げる装備がいくつかあるのだ。
まずは「シェフの帽子」。成功率が20%上昇する頭装備。
そして「パティシエのエプロン」。これも成功率が20%上昇する腰装備。
最後に「すし職人の下駄」。なぜか成功率が5%上がる足装備だ。
(たぶん、成功率上昇としてはこれが最高だろう。ランダムの効果が付くのが分かって何百と作った一品達。100%の成功率は無理と言われているドラゴンステーキですら100%になるほどのステータスと装備だ。装備を売れば一財産になるだろうけど、これだけは売れないな。それにこれらはみんなと一緒に素材を何度も取りに行った思い出のある物ばかりだ。たとえ高くても売れないよな。それにこれも――)
ハヤトは愛用の包丁を取り出して装備した。「アダマンタイトの包丁・極」だ。
この包丁には料理の成功率補正はない。だが、傭兵のアッシュに見せた水晶竜のペンダントと同様にえげつない効果がある。
その効果は「星一、星二の確率を下げ、星三に計上する」というものだ。その下げ幅まではアイテムに記載されていないが、その効果は100。
つまり、この包丁では星一、星二の料理は作れない。品質の最低が星三からなのだ。
(これを見ると自然と笑みがこぼれる。あのペンダントと同じように、持っている人が少ない激レアアイテムと言ってもいいはずだ。これもクランの皆はいまいち価値がよく分かってなかったみたいだけど。まあ、皆はモンスターとの戦いが主だったから、興味がなかったのかもしれないな。それに皆はレジェンド武器という戦闘においては無類の強さを誇る武器を持っていたから、それからすると見劣りするのかも)
ハヤトは包丁を眺めて昔のことを思い出していたが、頭を切り替えた。
(さて、それじゃエシャが希望する料理を作りますか。しかし、初めて作る料理ってワクワクするな。それに料理の効果も気になる。売れそうな効果だとありがたいんだが)
ハヤトは材料をアイテムバッグに入れて料理を開始した。