知人とお願い
微妙な夕食になってしまった日の翌日、学校が終わったパルフェは拠点でウィルネを待っていた。
今日、学校で「知り合いを連れて行く」とウィルネに言われたためだ。ウィルネはパルフェがログインする前からAFOに入っていたらしく、今はどこか別の場所にいるようだった。知り合いを迎えに行ったのだろうと思い、パルフェは迎える準備を開始した。
準備をしながらパルフェは色々と考える。
ウィルネは財団ジェミニの次期当主として知られているため、学校でもかなり浮いている。パルフェたち以外と話をしないなんてことはなく、誰とでも普通に話をするし笑顔にもなるが、基本的にウィルネも相手もお互いに一線を引いた付き合いだ。
パルフェたちは慣れているとはいえ、今でも財団は世が世なら王族と言われてもおかしくはない。それだけの力を持つ組織なので、おいそれと話ができる状況ではないのだ。学校でもパルフェたちはウィルネと話しているので、多少は話しやすいものの、それでも二人きりで話すということはない。いつもパルフェたちの誰かを交えての会話だ。
そんな状況なので、ウィルネから知り合いを連れていくという言葉は、まさに青天の霹靂だった。しかも同年代らしいが、学校の知り合いではないという。もしかしたら財団ジェミニの関係者かともパルフェはその考えを否定した。前々からウィルネは友達がいたことないアピールをしている。そのせいか、パルフェたちが遊びに誘うとかなり斜め上の準備をしていつも驚かせるくらいなのだ。
(友達なら友達って言うだろうし、最近知り合った人なのかも。同年代の知り合いってどんな人なんだろ?)
全く想像ができないパルフェだが、誰がいつ来てもいいようにおもてなしの準備を進める。今日はどんなケーキを用意するか悩んでいると、その場にディーテがやってきた。
「やあ、パルフェ君、ここで会うのは久しぶりだね」
「ディーテお姉ちゃん、珍しいね、何かあった?」
「何かあったと言うか、これからあるんだが、ちょっとお願いをしてもいいだろうか」
「ディーテお姉ちゃんからお願いなんて本当に珍しいね……修道服はこのままだから心配しなくて大丈夫だよ」
「うん、それは今後もお願いしたいが、それとは別のお願いなんだ」
装備品の見た目を変更するシステムが実装されたとき、服を変えないで欲しいとディーテから頼まれたことがあるパルフェだが、特に変えるつもりもないのでそのままだ。
それとは別のお願いというのも珍しいので、ウィルネの件といい、今日は色々あるなぁとパルフェは思いながら、ディーテに座るよう促す。
コーヒーを出した後、パルフェはディーテに「それでお願いって?」と尋ねた。
「これからウィルネ君が知り合いを連れてくると思うのだが、できるだけお願いを聞いてあげてくれないかな」
「……ディーテお姉ちゃんはウィルネちゃんの知り合いを知っているの?」
「向こうは私を知らないだろうが知ってはいるよ。ロニオス君に大体のことを任せたのだが、変な条件を付きつけられてしまってね。いや、どちらかといえば、向こうの提案を面白がって受けたね。本当に困った子だよ」
「ああ、ロニオスさん……」
AFOどころか世界のトラブルメーカーとして名高い、財団ジェミニの現当主ロニオス。ウィルネの伯母にあたる女性だが、その行動力と面白いことが好きという性格が災いして、最近ではウィルネからの評価も微妙になっているほどだ。放っておくと何をしでかすのか分からないので適当な仕事を与えているとのことだが、何をさせても面倒事にする能力は健在のようだとパルフェは呆れる。
「どうだろうか、嫌なら断ってくれてもいいが」
「いいよ、お願いを聞いてあげればいいんでしょ。ディーテお姉ちゃんにはいつもお世話になっているからそれくらいはね。あ、でも、できないこととか絶対に嫌なことは断るけど」
「それで構わないよ。ないとは思うが絶対に嫌なことを頼んできたら……まあ、大変な目に遭わせてやるつもりだよ」
「怖いってば。でも、誰のことなの?」
「それも本人から聞いた方がいいだろう。向こうは向こうでパルフェ君に会えるのを楽しみにしているようだからね」
「……私に? なんで?」
「その理由も本人から語られると思うよ。さて、それじゃ私はもう行くよ。コーヒーごちそう様」
「あ、もう行っちゃうんだ?」
「また今度ゆっくりお邪魔するよ。それじゃ」
「うん、それじゃ」
ディーテは笑顔で手を振ると光るエフェクトの後にその場から消えた。
(なんだか慌ただしいね。でも、ディーテお姉ちゃんも知っている人? 一体誰?)
期待よりも不安の方が大きくなってきたパルフェだが、それでもおもてなしには手を抜くわけにはいかないと、改めて準備を進めるのだった。
それから三十分後、拠点の扉をノックする音がパルフェの耳に届いた。そしてすぐに「ウィルネです」との声も届く。
パルフェはすぐに扉を開けて「おかえり」と伝えると、ウィルネの隣にいる女性に気付いた。
黒髪のストレートロングに黒目、西部劇に出てくるような賞金稼ぎの恰好をしており、白いシャツに茶色のベストとズボン、そしてロングコートを肩にかけている。つばの広い帽子をかぶっていて、腰には大きめのバックルのついたガンベルトを斜めにかけており、黄金に輝くリボルバー式の銃がぶら下がっていた。
(西部劇といえばパットさんだけど、それを参考にしたと言ってもおかしくないほどのガンマンだね。というか、ショルダーホルスターとレッグホルスターもつけてる? 全部で五丁の銃を装備してるよ……セシルさんかな?)
一番目立つのは黄金に輝く銃だが、脇と両足に二丁づつの計五丁の銃を装備しており、どんなモンスターと戦うならそんな装備になるんだとツッコミを入れたくなるほどだ。
「こちらは――」
ウィルネがその紹介しようとすると、女性はそれを片手で制した。財団ジェミニの次期当主に対して、そんな行動をとった相手にパルフェは驚くが、女性は少しだけ微笑んでから口を開いた。
「初めまして。私はルティ」
女性はそういうとパルフェに近づいて両手を掴んだ。
「前からパルフェさんとはお会いしたかった。何と言ってもハヤトさんとエシャさんの娘さんだからね」
「は、はぁ。両親をご存じで?」
「それはもちろん。このAFO内でハヤトさん達を知らないのはモグリだよ。特にハヤトさんはこの世界をより広くした立役者。空島や鬼ヶ島の酒呑童子討伐ギミックの発見は聞いただけで心が躍るよ」
初対面ではあるが、父親を褒められてパルフェとしてはかなり心を許している。立ち話もなんだと、ルティを中に招き入れると、ウィルネがパルフェに近寄った。
「この方にあまり心を許さない方がいいですよ」
「酷いじゃないか、ウィルネ。友達をそんな風に言うもんじゃないよ」
「友達じゃありません。ただの知人です。だいたい、酷いも何も昨日も大変でしたが?」
「あれは何の問題もなかったじゃないか」
「あれで何も問題なかったと言えるから警戒しているんです」
「昨日?」
昨日といえば、パルフェの両親がログインしており、その場にはウィルネがいたことだけは知っている。何時くらいのことを言っているのかは不明だが、このルティもその場にいた可能性が高い。だが、別に母親がメイド服を着ていたといういらない情報にちょっと気まずくなった程度で、特に酷いことがあったような話は聞いていない。
ウィルネはため息をつき、ルティの方を見て、「実は」と言った。
「昨日、ハヤトさんとエシャさんにAFO内で会いたいと言ったのはこのルティさんでして」
「あ、やっぱりそういうことなんだ?」
「最初は普通に話をしていただけなんですけどね、いきなりエシャさんがルティさんを撃ちまして」
「……え? どういうこと? 撃った? お母さんが?」
「あれはルティさんが悪いんです。目の前で銃に手をかけようとしたのですからね」
呆れた目をしているウィルネとは対照的にルティは満面の笑みだ。
「エシャさんは素晴らしいよ! 実力を測るためにハヤトさんへ銃を向けようとしたんだ。でもね、銃に手をかけようとした寸前でエシャさんに撃たれたんだよ! 銃をホルスターから抜くこともできないなんて驚いたね!」
なんで嬉しそうに言っているのか全く理解できていないパルフェだが、父親に対して銃を抜こうとしたという時点で敵判定に寄り始める。
「いや、本当に申し訳ない。あの後、ハヤトさんとエシャさんにしっかり頭を下げて謝ったよ。もちろんパルフェさんもご両親にいきなりそんなことをして悪かったね」
そう言ってルティはパルフェにも頭を深く下げた。
敵なのか味方なのか分からないが、まだ判断はできないとパルフェは質問しようと口を開く。
「あの、理由を聞いても?」
「いや、本当に腕試しのつもりだったんだよ。ハヤトさんやエシャさんにまつわる話は眉唾なことが多い。それに異様に強いという話も聞いている。なので、本当かどうか試したかったんだ。予想以上だったね。せめて相打ちくらいには持っていけると思ったんだけど、全然ダメだったよ!」
ルティの興奮気味な顔とは対照にパルフェはの顔は呆れている。それに気づかないのか、ルティは嬉しそうに話を続ける。
「あの後、なぜ自分が銃に手をかける前に撃ったのか聞いたんだけどね、会話の流れや身体の動き、そして一番は私の視線が理由だって言うじゃないか。普通に会話していて、次に話が途切れた瞬間を狙うつもりだったんだけど、会話中に撃たれて本当にびっくりしたよ!」
話している最中に撃たれたらそれはびっくりしただろうとしか言えないのだが、パルフェとしては「お母さんって何?」としか言えないレベルのことをしているわけで、心中は複雑だ。
確かに何かしようとするときは一瞬だけ目つきが変わると師匠であるベニーやシモンが言っている。それさえ気を付けていれば銃弾も躱せるらしいが、漫画の見過ぎではないかとしか言えないことを母親がやったことにパルフェとしてはドン引きだ。
「現実ではなく、仮想現実のAFO内という前提はあるけどね、あの思い切りの良さは見習いたいね!」
一番見習っちゃいけない部分だとは思うが、本人がそれでいいなら別にいいかとパルフェは判断した。そしてこの人はちょっと危ないと認識したので、深くかかわっちゃいけない人のリストに載せる。
「ただね、ちょっと不満もあるんだよ」
「不満……?」
「何もせずにやられたからね。敵わないってことは分かったんだけど、自分とどれくらいの差があるのかが分からないんだよね」
「はぁ……」
「そこで、だ」
ルティは笑顔になると、肩にかけていたロングコートを床に落とした。
「パルフェさん、私と戦ってくれないかな?」
パルフェはディーテが言っていた、お願いを聞いてあげて欲しいってこれかぁと、ちょっとだけ安請け合いをしたことに後悔したのだった。




