神装備
ハヤトは男に促されて傭兵ギルドの食堂にあるテーブルについた。
察するに男は最高品質のエリクサーを求めている傭兵。用意できるかどうかはともかくとして、話を聞いてみようかと思ったからだ。最高品質を持っていなくとも星三のエリクサーなら十分ある。交渉次第では雇えるのではないかという打算もあった。
男はハヤトの正面に座り、笑顔になる。二十歳前後のイケメンだ。
現実にこんな男から笑顔を向けられたら、大概の女性は頬を赤らめるかもしれない。ハヤトはゲームで良かったと感謝した。現実にいたら不幸を願うしかないからだ。
「俺の名はアッシュ・ブランドルだ。アッシュと呼んでくれ」
「俺はハヤトだ。そっちもハヤトと呼んでくれていいよ」
「そうさせてもらうよ。それでさっそく仕事の話なんだが、もしかして最高品質のエリクサーを用意できるのか?」
アッシュは笑顔から一転、真剣な顔でハヤトのほうへググっと顔を寄せた。間にテーブルがなければ、かなり近寄られただろう。
「いきなりだな。悪いけど持ってないよ。星三ならいくつかあるけど」
「……そうか。いや、星三じゃダメなんだ。最高品質の星五じゃないとな」
「理由を聞いても?」
プレイヤーからすれば、エリクサーの品質などクールタイムの減少でしかない。星三なら三十分。クラン戦争が一時間の戦いなので、星三でもタイミングによっては二回使える。それに二回目はもっと低い品質のエリクサーでも構わない。なので低い品質でもそれなりの需要があるわけだが、NPCは違うのだろうかと思いハヤトは確認をした。
「妹が病気でね、いや、呪いと言えばいいかな」
アッシュはハヤトに事情を話した。
アッシュは「三日月の獣」という傭兵団の団長をやっている。
主にモンスターを狩ることで生計を立てている傭兵団だが、一年ほど前にその傭兵団はドラゴンを退治した。その時のドラゴンが放った呪詛と呼ばれる攻撃により、同じ傭兵団にいた妹が呪われてしまう。
その呪いは弱体。自分はもとより、周囲にもその影響を与える物だった。ステータスを半分にするという強力な呪いで、傭兵団としては一緒に行動することができず、遠く離れた家に一人でいるとのことだった。
「もともと妹は呪術師でな、呪いには詳しいんだ。妹が自分で色々調べてみた結果、最高品質のエリクサーであればその呪いを解くことが出来ると言うことが分かった。欲しい理由はそれだな」
「なるほど」
(エリクサーは低品質でも状態回復はするんだけど、NPCはちょっと違うのかもしれないな。それともそういうクエストなのか?)
ハヤトがそう考えたところで、アッシュは溜息をついた。
「命に別状がある呪いじゃない。だが、あのままじゃ妹はずっと独りだ。それが不憫で仕方ないんだよ。妹は笑って『呪術師が呪われるなんて面白くない?』とか言ってるけどな」
アッシュは笑いながらそう言ったが、どう見ても自虐的な笑いだった。
(事情を鵜呑みにするのはどうかと思うが、本当なら大変だな。ゲームだからそこまで感情移入するわけじゃないんだが、事情が事情だけに何とかしてやりたいとは思う。それに兄妹って言うのは一人っ子の俺にはなんとなくまぶしく見える。妹を思う兄……何とかしてやりたいな。でも材料費がなぁ)
「ハヤト、君は見た感じ生産職だろう? 最高品質のエリクサーを作ることは出来るのか?」
「何を見て生産職だと思ったのかは知らないけど、その通りだよ。一応、製薬スキルを持ってるからエリクサーも作れる」
「本当か!? スキルはいくつだ? どれくらいの確率で最高品質のエリクサーが作れる!?」
「近い近い。すこし顔を離してくれ。製薬のスキルは100だよ。最高品質なら2%ってところだね」
「2%……?」
アッシュはハヤトの言葉を聞き、眉間にしわを寄せる。そして明らかに落胆した顔でハヤトを見た。
「本当に製薬スキルが100あるのか?」
「もちろん。でも、なんでそんな落胆してるんだ?」
「ハヤト、スキル100なんて嘘を吐くな。製薬スキルが100なら知ってるはずだ。エリクサーの最高品質はスキル100でも1%以下。色々な補正を付けても0.1~1.0%の間だろう。2%もあるはずがない」
(ああ、そういうことか。確かにそうかもしれないな。普通にやれば最大でも1%だろう。でも、俺は違う。クランの皆と作ったこれがある。持ってるのはこのゲームでも数人だけだと自負している神装備……ここで見せるのは危ないけど自慢しよう)
神装備。装備性能がえげつない物のことを指す言葉として使われている。
このゲームでは同じ名前のアイテムでもその性能は異なる。武具などは一定の範囲内で性能がランダムなのだ。基本的に武具は高品質のものほど強いとされているが、そのランダムの要素により、星四でも星五の性能に勝てる場合がある。
ハヤトはテーブルの上に水晶で出来たペンダントを取り出した。
「これは水晶竜のペンダントだ。ええと、アイテムの情報は見られるか?」
「水晶竜……? アイテムの情報は見られるが、これがどうかしたのか?」
「ちょっと見てくれ。でも、他言無用だぞ」
アッシュはそのペンダントを凝視する。そして次の瞬間には目を見開いた。
「製薬の最高品質確率が倍!? ――ムグ」
「ちょ! 声がでかい!」
ハヤトはアッシュの口を手で押さえた。そして周囲を見る。誰もこちらを見ていないところを見ると、聞かれなかったようだ。ハヤトはそう思って安堵した。
神装備は売ってくれと言われることが多いし、このゲームは窃盗というスキルがある。色々と条件はあるが、他人からアイテムを盗むことも可能なのだ。もちろんハヤトはその対策もしているが、完全に防げるかどうかは分からないため、警戒しているのだ。
二人とも落ち着いてから、ハヤトはアッシュの口から手を離した。
「す、すまない。あまりにも信じられない効果だったので驚いてしまった」
「気持ちは分かる。俺もこれを作った時、驚きすぎて叫んだ。クランメンバーの目が痛かったよ……なぜかこれの価値についてはよく分からなかったみたいだけど」
作った装備には性能のランダム要素以外に、特別な効果が付く場合がある。アンデッドに強い剣とか、炎のダメージを数%カットする鎧と言った具合だ。
ハヤトの持つ水晶竜のペンダントは稀に作成成功率上昇の効果がつく。何度も作った結果、このような効果を持つペンダントが出来たのだ。
倍とは言ってもエリクサーに限って言えば、たかが1%の上昇。その上昇にどれほどの価値があるのかは微妙なところだ。だが、製薬の最高品質を作るという意味では異常に上昇していると言ってもいい。
エリクサー以外でも製薬スキルで作る薬は最高品質になるほどクールタイムが少ない。HP回復量の少ないポーションという薬があるが、最高品質になればクールタイムは0。連続で飲めるなら、回復量の高い薬よりもはるかに価値がある。
そのポーションですら最高品質の成功率は5%。だが、それが倍の10%になるなら、神装備と言っても間違いではないだろう。
「まあ、そんなわけでね、エリクサーの最高品質なら2%で作れるよ。とはいっても低確率だし誤差の範疇だろう。運のいい人には負けるだろうね」
「そんな装備を作り出しておいて運が悪いとか思っているのか?」
「どうだろうね、これを作れた時点で運を使い切ったともいえるかな?」
それにクランも追い出されたしな、とハヤトは自嘲気味に笑った。
だが、そんなハヤトをアッシュは真面目な顔で見つめる。
「なあ、ハヤト、エリクサーを作ってくれないか? 俺としてはハヤトに頼みたいんだが」
「気持ち的には作ってあげたいんだけどね、狙って作れるような確率でもないだろう?」
「狙って作れるような確率でないのは誰でも同じだ。でも、そんな装備を持っているハヤトに賭けたいと思ってる」
「でも、材料をそろえるだけの資金がない。確率的に言えば五十回作成しても、出来る確率なんて60%かそこらだ。オークションに出品されるのを待った方が安く済む」
「材料に関しては心配しなくていい。それは俺が揃える。いまでもいくつかは用意してあるから、ハヤトは作ってくれるだけでいいんだ。出来なくても文句は言わない。それならどうだ?」
「まあ、それなら……でも、百回やっても出来ない可能性だってあるぞ?」
「構わない。出来た低品質のエリクサーだって結構売れるからな」
そういうことなら引き受けよう、と思った矢先、ここへ来た理由をハヤトは思い出した。
「今の時点では最高品質のエリクサーは渡せない。絶対に作れるとも言えないんだが、アッシュ、クラン戦争に参加してくれないか? いま、メンバーがいなくて困ってるんだ」
「俺を雇おうとしてたのはそれが理由か。もちろん構わない。なら契約成立か?」
「ああ、契約成立だ」
ハヤトは立ち上がり、右手を出した。アッシュも立ち上がり、笑顔でその右手を握る。
こうしてハヤトは一人目のメンバーを迎えることが出来たのだった。