側近中の側近
イベントが始まって一週間ほど経ったが、平日にも関わらず、精霊の国の世界樹周辺は毎日がお祭り状態になっており、多くのプレイヤーが楽し気に参加している。
イベント自体はクラン「キス・オブ・デス」が取り仕切っており、毎日のように出し物のプログラムが公開されるのだが、その種類も多い。演奏会や対人戦、レアアイテムのオークション、変わったところでは演劇などもあり、昼夜問わず騒いでいた。
ただ、一番盛り上がっているのは創作料理の屋台だ。
少し前のアップデートで自由に作れるようになった料理は、味はいまいちでも場の雰囲気が影響して美味しいと評判になっている。また、激辛料理やロシアンルーレット的な料理など、今までにはなかった料理が精霊祭を盛り上げていた。
そして今回のイベントで解禁となった衣装の作成。
今までにない独自の衣装を着ているプレイヤーもいたが、デザインが洗練されているとは言えず、今のところ既存の装備を少しだけ変えた衣装が多い。それでもセンスが良いプレイヤーは目立っており、「それがあったか!」と真似をする人も増えていた。
パルフェはそれらを友人たちと楽しみつつ、カザトキやリオンが着るための素材を集めている。
今日も素材を集めてからお祭りに参加するかなぁとログインして皆を待っていると、拠点のドアをノックする音が聞こえた。
カザトキやリオン、もしくはシンシアが遊びにきたのかとパルフェは外を確認することなくドアを開ける。
そこには濃い緑色のポンチョコートを着ている人が軽く右手を上げて「や」と言っただけの挨拶をした。
襟が立っていて口元は見えず、ゴーグルをつけているので目元も見えない。そしてコートのフードを被っているのでどんな髪型なのかも見えず、誰なのか分からなかった。ただ、声は女性でどこかで聞いたことがあるように思えた。
「えっと、どちら様でしょうか……?」
「え? あ、ごめん、これじゃ分からないよね」
女性はそう言ってかぶっていたフードから顔を出して、ゴーグルを外す。そして襟を少し下げて口元を見せた。
「ゼノビアさん!?」
「パルフェちゃん、元気?」
「げ、元気ですけど、びっくりしました。こっちで会うのは初めてですよね?」
「そうだね。月一でログインはしてるんだけど、なかなか遊ぶ時間がなくて。入ってもいいかな?」
「もちろんですよ。どうぞどうぞ」
パルフェはそう言ってゼノビアを拠点へ招く。そしてゼノビアをテーブルに案内すると、すぐにチーズケーキと紅茶を用意した。
ゼノビアは座ったまま周囲をきょろきょろと見ており、パルフェが用意したスイーツとお茶を見てにっこりと笑う。
「素敵な拠点だね。それにお菓子や紅茶のお皿とかもすごく凝ってる」
「ゼノビアさんにそう言われると嬉しいです。どうぞ、召し上がってください」
ゼノビアは出されたチーズケーキをフォークで少しだけ切り取り口に入れる。それを味わったあと、紅茶を飲んだ。
「これって既存の料理じゃなくて、自分で作ったオリジナルのケーキだよね?」
「分かります? まだ練習中なんですけど」
「そうなんだ? 星五くらい美味しいと思うよ」
パルフェは左手で右の二の腕を叩きつつ、右腕を上げてガッツポーズをとる。乙女らしからぬ喜び方だが、それを咎める人はここにはいない。
そんな喜びもあったが、なぜゼノビアがここへ来たのだろうという疑問の方が大きくなる。
ゼノビアは財団を統括しているルナリアの側近中の側近で護衛でもある。「ルナリアちゃんに護衛なんかいらないんだけどね」とのことだが、常にルナリアのそばに控えていた。
ただ、完全に影に徹しており、たまにルナリアがニュースで扱われても一切姿を見せない徹底ぶりだ。それでも常にそばにいるらしく、あらゆるカメラから自分の姿が映らないように行動しているという。本人曰く、「ステルスゲームみたいなもの」とのことだ。
そのゼノビアが仮想現実とはいえ、ルナリアのそばを離れてここにいるという事実がパルフェには信じられない。
「あの、ゼノビアさん、来てくれたのは嬉しいのですが、なぜここに?」
「リック君に聞きたいことがあってね。今日は来るよね?」
「リック君ですか? ちょっと遅くなるかもしれないって言ってましたけど、ログインはするって言ってました」
「そうなんだ? なら、それまで待たせてもらってもいいかな?」
「もちろんです。でも、リック君にどんな用事が……?」
接点が全くないとは言わないが、ゼノビアが個人的な理由でリックに用事があるとも思えない。自分の知らないところで何かあるのかなと不思議に思っていると、ゼノビアが紅茶を飲んでから微笑んだ。
「最近、リック君がいろんな人に対人戦の動画に出て欲しいって声をかけてるのは知ってる?」
「え? あ、はい」
知っているというか、それをさせているのはパルフェと言ってもいい。自分が対人戦の動画に出ても目立たないように、さらに目立つ人達に声をかけているのだ。
「ベニーちゃんは誘われたんだけど、それをルナリアちゃんに話したんだよね、嬉しそうに。そしたら、ルナリアちゃんは自慢されたって言っててさー」
「自慢……?」
「私、まだ誘われてないって、ルナリアちゃんが拗ねちゃって」
「あぁー……」
「ソワソワしながらリック君のお誘いを待ってるんだけど、なかなか連絡がこないから私が直接聞きに来たんだよね」
ルナリアの性格からして何となく理解できる。仲間外れにされると機嫌がちょっと悪くなるのだ。そしてアピールしてくる。世界を支配していると言ってもいい財団、それを統括している立場の人を気軽には誘えないのだが、それを分かってくれない。なので、誘わないと問題があるわけだが、それが今だ。
事情は分かったが思うところがある。
「ルナリアさんとかゼノビアさんって暇なんですか……?」
「いやいや、むしろ逆だってば。忙しいのにルナリアちゃんが拗ねてるから仕事が滞っているんだよね。そもそも参加は無理なんだから誘われても断るしかないのに」
「そういうことでしたか……」
「それに最近はロニオスちゃんの財団ジェミニもお仕事が止まってるし、それに関連してネイちゃんの財団リーブラもあおりをくらってるし、本当に困るよね」
何か大変なことになっている。しかも、自分や父親のせいで。
「あ、あのですね……」
パルフェはこれまでのいきさつをゼノビアに説明する。
対人戦動画への依頼は自分が目立たないようにするためのカモフラージュであること、ブレイクの都合で財団関係者には頼れないこと、ロニオスに今度遊びに来てとハヤトが言ったこと、現在の状況が自分の家族のせいであること、それらを話した。
ゼノビアは最初は目を丸くしていたものの、最後は笑いだした。
「さすがはハヤトさんとパルフェちゃんだね。財団を振り回すなんて二人にしかできないことだよ」
「それは褒めてはいないですよね……?」
「ごめんごめん、別に嫌味で言ったわけじゃないんだよ。ハヤトさんとエシャちゃんは良くも悪くも影響力がある人だったから、パルフェちゃんにもそれが受け継がれているんだなぁって思っただけ」
この状況で影響力があるというのはいい事なのか悪いことなのか分からない。そもそも「良くも悪くも」と言われているので良い影響力だけではないということだけは分かるが。
「でも、事情は分かったよ。財団関係者に力を借りることなく動画再生数を稼ぎたい、その上でパルフェちゃんを目立たせたくないってわけだね」
「簡単に言えばそうですね」
「それだとベニーちゃんはともかくルナリアちゃんは絶対に無理だよね。だれよりも財団関係者だし」
「そもそも財団を統括している人が対人戦の動画に出ては駄目かと」
もともとルナリアがAFOで魔王をやってたというのは周知の事実だが、そんな人が新たに対人戦の動画に出たら、目立つとかそんなレベルではない。
「目立つどころか、全世界に報道されるようなニュースになるかもね」
現時点で一番影響力が大きいのがルナリアだ。なぜか自分よりも影響力が大きい人がいて安心するパルフェだが、それはそれとして事情が分かればルナリアが拗ねることはないだろうと安心する。
「でも、そっか、理由が分かったからルナリアちゃんに伝えておくよ。それなら仕方ないって思ってくれるだろうし」
「色々面倒かけてすみません」
「全然。そもそもパルフェちゃんを目立たせないようにするのは財団というか、コロニー『フロンティア』の都合だから。どちらかというとこっちの都合にパルフェちゃんたちを巻き込んでるだけだし」
「喫茶店に端末があるからでしたっけ?」
「そうそう。別の場所に移すって話も出たことはあるんだけど、ディーテちゃんが嫌がってね」
パルフェからすれば「現実でディーテと話ができる端末」なのだが、「現実でディーテと交渉できる端末」という意味もある。
パルフェやハヤトが攫われたりして人質になった場合、ディーテは命令に従う可能性が高い。そして、ディーテに命令できるというのは全世界のあらゆるセキュリティを完全に無効化できると同じであり、それは世界を支配できるという意味にもなる。
当然、ディーテという存在と、ディーテが何をできるのかという情報を持っていないと意味のない端末になるのだが、情報はどこから漏れるのか分からないので色々と対策をしている状態だ。
「パルフェちゃんの家の周りには護衛をつけているから大丈夫だとは思うけど、目を付けられないというのも大事だからね」
「あー、なんかいたみたいですね」
「ごめんね、護衛なんて聞くと物騒だと思うけど、私生活に影響が出ない感じでやってるから」
「いえ、教わるまで全然分からなかったので問題ないですよ」
そもそもコロニー「フロンティア」は、移住どころか入るだけでもかなりのチェックを受ける。そのチェックをしているのがディーテということもあって、怪しい人間はほぼ入れない。
とはいえ、ディーテも人の交友関係を完全に把握することはできず、これまでも問題が少なからずあったらしい。なので、パルフェの進学を契機にさらに護衛を増やしたとのことだ。
この辺りの話をゼノビアから聞けたのは新鮮で、もっと色々聞こうかと思ったが、ゼノビアが「さてと」と言って椅子から立ち上がった。
「それじゃ事情も分かったし、ルナリアちゃんに教えてくるよ。仕事が止まっちゃってるし」
「もう帰っちゃうんですか……」
「バールとかグラントに仕事を任せて来てるからね……ああ、二人に会ったことないと思うけど、私と同じでルナリアちゃんの側近のことね」
「魔人さん達ですか」
ルナリアの側近は魔人と言われている。その側近は全部で八人いて、ルナリア直属のチーム『魔王軍』と呼ばれていた。昔は、なぜ、という疑問しか浮かんでいなかったが、AFOでの立場が現実での呼び名になっていると聞いて脱力したことを覚えている。
「少しは休めって言ってくれるんだけど、私より仕事をしている人たちに言われてもねぇ。まあ、そんなわけだから、またね。今度ルナリアちゃんと一緒に喫茶店へ行くから」
「はい、いつでも来てくださいね」
ゼノビアは笑顔になると転移の指輪を使ってどこかへと転移した。
ルナリアは子供っぽいところがある。それは知り合いが全員知っていることなのだが、それをフォローしなくてはならないゼノビアさんたちが大変だなぁとパルフェはしみじみそう思った。
翌日、なぜかゼノビアがまたやってきた。
「ゼノビアさん、またなにかありました?」
「それがさ、ルナリアちゃんが自分の代わりに対人戦の動画に出て来てって言われてね……しばらくここに拠点にさせてもらおうかと思って」
「財団関係者は向こうのクランの都合で駄目って言いましたよね……?」
代わりも何もそもそもリックはルナリアを誘っていない。
「まあ、そうなんだけど、ルナリアちゃんにそういう話は通じないから。それに私はルナリアちゃんの側近だけど表舞台にはまったく出てないから大丈夫だろうって言われた」
「ああ、なるほど」
「それに皆から休暇だと思えって言われてね、むしろそっちが本命だと思う。だからお言葉に甘えて、久しぶりに遊び倒すつもり。迷惑をかけちゃうけど、しばらく一緒にいさせてね」
「迷惑だなんてそんな。大歓迎ですよ!」
ゼノビアは「ありがとう」と言って微笑む。
これは対人戦動画も盛り上がるかなと思いつつ、まずはリック君に連絡だとパルフェは音声チャットを送るのだった。
ニコニコ動画のサイトにてAFOのコミカライズ最新話が投稿されました。
暴走する呪龍レン、ヒュプノスを倒すためにアッシュとヴェルが共闘、そして……という43話ですので、ぜひ読んでみてください!




