異世界転生系魔法少女
「……大丈夫のようですね。全教科、目標点達成です」
学校が終わった後、クラン「モンブラン」の喫茶店風拠点にて、パルフェの答案用紙を確認したウィルネがそう言った。
ドキドキしながら見守っていたパルフェは無言のまま立ち上がり、両手を上げてガッツポーズをとる。
AFOのイベント前にあるテスト、これまではナツやクリスに教わり、赤点を取らないレベルで頑張ればよかったのだが、ウィルネにも教わるようになってからはウィルネが設定した点数以上を取る必要がでた。
通称ウィルネライン。それを下回ると大変なことになるということだけは分かっている。そもそも財団の次期当主が「大変なことになる」と言うなら、それはもう大変なことになるのだろうとパルフェはちょっと怯えている。
なぜそんなことをしなくてはならないのかと言いたくはなるが、そこまで高い要求はされていない。なぜか前回よりもウィルネラインが上がっていることに恐怖を覚えるが、勉強を見てもらっている手前、強くは言えない立場だ。
それに成績が上がっているのは事実であり、全教科の合計に関して歴代最高の成績となっている。前回、父親のハヤトはナツやクリス、そしてウィルネにお礼として気合の入ったパフェを用意したほどだ。なぜか母親のエシャも一緒に食べていたが。
「パルフェさんはやればできるのですから、ちゃんとやれば大丈夫なんです。なのに、なんでテスト勉強期間中にAFOをやろうとしたり、アズマ流剣術の道場へ行くんですか」
「勉強だけって辛いんだよ……ストレスを解消するには体を動かすのが良いんだってば」
「それはそうかもしれませんが、事前に言ってくれればちゃんとその時間を取りますのに……それはともかく、目標達成おめでとうございます……」
「なんで残念そうに言うのかな?」
ウィルネはその質問には答えず微笑むだけだ。だからこそウィルネラインを越えられなかったときが怖い。
「では、目的も果たしましたし、本日はそろそろログアウトさせていただきますね」
「本当にテストの結果を確認に来ただけなんだ? というか評議会から抜け出すほどのことかな?」
「何をおっしゃいますか。財団のことよりパルフェさんのテスト結果の方が大事です!」
「あ、うん。ありがとう……?」
全財団が参加する評議会といえば国レベルではなく地球レベルの打ち合わせなのだが、それよりもパルフェのテスト結果の方が大事だという。優先順位がバグっていると思いつつも、これも友達想いなのかなとちょっとだけ嬉しくなるパルフェだ。
「それに今日はテスト前に知り合った方を拠点に招待したとか」
「そうなんだよね。カザトキさんって人なんだけど、リオンさんって人と一緒に来てもらえるんだ」
「動画配信を生業にされている方らしいですね。今日は人の集まりが悪いので、紹介はまた別の日と聞いています。その時を楽しみにしておりますね。では、すみません、ロニオス伯母様を待たせていますので」
「うん、ロニオスさんにもよろしく伝えておいて。ああ、そうだ、お父さんがウィルネちゃんのおかげで私の成績が上がったから、ロニオスさんにもお礼をしたいって。パフェとコーヒーを奢るから、また喫茶店に来てって言ってたよ。ネイさんとジョルトさんも一緒なのが条件みたいだけど」
世界を支配していると言っても過言ではないほどの人たちをそんな風に扱っていいわけがない。ただ、父親のハヤトからすれば立場などは関係なく、仮想現実で出会った友達くらいの感覚なのだろうとパルフェは考えている。それを思うと父親を誇らしく思う。
パルフェの言葉を聞いたウィルネは時が止まったように動かなくなった。
「ウィルネちゃん? 動いてないけど大丈夫?」
「……評議会が中止になるかもしれませんね。もしかしたら今日の夜に行くかもしれません……」
「評議会って地球のセントラルでやってるんでしょ? 今から来るにしてもさすがに無理があるんじゃ?」
「ロニオス伯母様ならプライベートのシャトルがありますので。評議会中なのでネイ様やジョルト様が近くにいますし、今からなら無理ではないかと」
「……伝えるのは評議会が終わってからにしてもらえるかな」
そもそも財団当主が動くとなれば護衛などで大規模な人の移動が発生する。それは前回で経験済みだ。無料のコーヒーとパフェのために一回の渡航でいくらかかるか分からないお金を使わせるわけにはいかない。
「そ、そうですね。すぐに伝えたらそれこそ評議会が前代未聞の理由で中断されるかもしれません。とりあえずお話は分かりました。色々と手続きをした上で合法的にうかがいます。では、素敵なご提案をありがとうございます!」
そう言うとウィルネは笑顔でログアウトした。
合法的にうかがうとはどういう意味だろうと思いつつも、財団当主が動くとなれば色々な手続きが必要なんだろうなと勝手に解釈して納得した。
(それじゃカザトキさんたちをもてなす準備をしようかな)
パルフェは椅子から立ち上がり、今日のための料理を作り始める。ゲーム的にバフ効果が乗る料理ではなく、以前のイベントからできるようになったオリジナルの料理だ。
(とりあえずたくさん用意した方がカザトキさん的には嬉しいよね。いろんなジャンルの料理を作ってみよう)
リアルタイムの動画配信が終わった後、パルフェはカザトキにこれでもかとお礼を言われたが、そこで色々な事情も聞いた。
カザトキは家が空手道場をやっているが、門下生が少ない。そのため、料理の質が著しく低くなることがある。カザトキはそんな食料事情を解決するため、お腹は膨れないが味だけは豊富にあるAFOを始めた。
AFOで味のあるものを大量に食べたあとに現実で大量のもやしを食べるというエコな感じの食事。そんな生活を続け、もやしが好きになり始めたころ、動画配信によってリアルマネーを稼ぐことができるという話を聞いた。
住んでいるコロニーでは高校生向けのアルバイトが無いことや、道場の宣伝になるかもしれないと、なんとか戦闘系動画配信クラン「ふぁいと☆くらぶ」に所属できることになったという。
とはいえ、数多くいる動画配信者の中から見つけてもらうのは容易ではない。配信を始めてまだ半年ほどだが、なかなか視聴者数も動画再生数も増えなかった。
そんな状況ではあったのだが、パルフェとの戦闘動画はカザトキにとって歴代最高の視聴者数と再生数を叩き出した。
最近は下火だったが、パルフェはいまだに人気がある人物。動画数も初めてログインしたときのランキング戦があるだけ。カザトキと戦った時は久しぶりということで、最初から視聴していた三人がパルフェを見て挨拶も返さずに拡散した。それがあの結果だ。
カザトキはお礼をしたいと言ったが、その直後からパルフェはテスト期間に入った。ならば、テストが終わった後にお礼をさせてほしいとお願いされていた。
そして今日、ログインしたことを伝えるとこちらへ向かうとの返事をもらった。
(でも、なんでリオンさんって方からもお礼をしたいって言われているんだろう?)
カザトキとの会話で名前だけは知っているリオン。当時は風邪を引いていたようだが、今ではすっかり良くなっているようで、カザトキと共にお礼をしたいと、これからやってくることになっている。
(何を用意すればいいのか分からないけど、女の子といえば甘い物だよね。まあ、私が食べたいってのもあるんだけど!)
パルフェはそんなセルフツッコミをしながら大量の料理とスイーツを用意する。
それから三十分ほど経つと、拠点のドアをノックする音が聞こえた。
「カザトキです。パルフェさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「はーい、開いてますからどうぞー」
「お邪魔します……」
なぜかそっとドアを開けて覗き込むように入ってくるカザトキ。そしてパルフェを見ると笑顔になった。
「いらっしゃい、カザトキさん。リオンさんもいるのかな? 遠慮せずに中に入ってくださいね」
そう言って中へ促すと、カザトキは笑顔のまま中へと入ってきた。そしてカザトキに続くようにもう一人の女性が「お邪魔します」と入ってくる。
パルフェがその女性を見て思ったのは魔法少女。
ピンク色の髪を低い位置で結んだツインテールにしており、髪と同じピンク色が主体で白色のフリルが多い服を着ている。ステッキを持っており、その先にはハート型の宝石と天使の羽のようなものがついていて、どこからどう見ても魔法少女と言う感じの恰好だった。
仮想現実ならそんな格好でも問題はない。ティラノサウルスの着ぐるみを着て動き回るナイスミドルもいるんだと思いつつ、自己紹介しようとしたら、先に女性の方が動いた。
リオンと思わしき魔法少女は舌を出してウインクするいわゆるテヘペロ顔になり、右手のピースサインを横にした状態で目の近くへと移動させた。そして右足の膝だけを曲げるようにして上げてからステッキをかざし、可愛らしいポーズをとる。
「貴方のハートにマジカルキッス! 異世界転生系魔法少女リオンちゃんデス! 応援しないと爆破しちゃうゾ!」
そう言ってパルフェに向かって投げキッスを放つ。
時が止まるとはこういうことか。一瞬何がおきたのか分からない状態のパルフェは口を開いて止まってしまった。
パルフェは十秒ほど何も言えずに黙っていると、リオンからふっと笑顔が消える。そして背中を向けてふらふらと壁際に移動すると、壁にもたれかかるようにしてからずるずると下がり始め、床に座ってしまった。
背中を向けて両足を抱え込むようにして床に座り、壁に寄り掛かるリオン。
「……コロ……シテ……」
「リ、リオンちゃん! 大丈夫! 大丈夫だから! 可愛いから! そんなホラー映画でしか聞かないようなセリフをリアルで言わないで!」
カザトキが慌てた様子でリオンに近寄り、背中をさする。
何が起きたのか微妙に分からないが、まずは椅子に座るように促すパルフェ。カザトキが肩を貸すようにリオンを移動させ、なんとか椅子に座らせた。
いま出すべき飲み物は何がいいのか分からなかったので、とりあえずホットココアを用意して二人に勧める。
カザトキとリオンはそれを飲んで落ち着いたのか、ようやく話ができる感じになった。
「あの、えっと、私はパルフェです。リオンさんでいいんですよね……?」
「はい、リオンです。いきなり驚かせてすみません。所属事務所というかクランからそういう設定でキャラづくりを依頼されてまして……すごく不本意なんですが……最初に自分はこんな奴だと紹介しておきたくて……ダメージは最小限に……なるかと……思ったんですが……」
徐々に声が小さくなり、すでに致命傷のダメージを受けているように見えるリオン。見た目がパルフェと同年代で、魔法少女の恰好に抵抗があるのか、恥ずかしそうにしている。というよりも哀愁が漂っている。
「あの、普通の恰好に着替えてくださてっても大丈夫ですよ……?」
「いえ、これしか装備がないので。クランからお借りしているレジェンド級の装備でもありますし、動画配信者としてはいつ誰に見られているかもしれませんから」
プロだと思いつつもかなり無理をしている感じではある。本当に大丈夫なのかと心配しているとその心配に気付いたのかカザトキが口を開いた。
「大丈夫ですよ。リオンちゃんは『クランから無理を言われて魔法少女をしている動画配信者』という形で人気がありますので」
「本人だけが大丈夫じゃない感じだけど、そんな形で人気があるんだ? というか無理を言われていることがばれてるの……?」
「初回のリアルタイム配信時に配信切り忘れて素のリオンちゃんがそのまま配信されまして。そこからクランからの要請で嫌々魔法少女をやっている配信者という形で広まってしまいました」
「ああ、そういう……」
「今では魔法少女をしながら学費を稼ぐ健気で不憫な子って感じになってます。設定というかリオンちゃんの境遇そのままなんですが」
「……大変ですね」
そう言ってパルフェは同情の視線を向けるが、リオンは首を横に振った。
「精神を削ってお金を稼ぐバイトだと思えば……でも、たまに、シンドイ……」
「あ、あの! たくさん料理とスイーツを用意しましたので! 装備はともかく、ここでは普通にしてもらって大丈夫ですから!」
とりあえず美味しい物を食べれば何とかなるという思考のもと、パルフェは二人に作った料理を振舞うのだった。




