有名人
カラーテという謎な格闘技を使うカザトキとアズマ流剣術のパルフェはお互いに一歩も引かない攻防を続けている。
緩急をつけた突撃と手数の多さでパルフェを翻弄するカザトキ。パルフェもそれに対して同じくらいの速度で防御と回避を続けているが、カウンターを取れないほどの手数に防御一辺倒だ。
ボクシングを主体としているクリスとは違って蹴り技も織り交ぜてくるカザトキの攻撃にパルフェは神経をすり減らしているが、少しは慣れてきたのか他のことを考える余裕もできた。
(下手に抜刀するとまずいかな? 一発当てても二発当てられそう)
先に十回攻撃を当てれば勝利できるルールなので、一撃の攻撃力は関係がない。それを考えれば手数の多いカザトキの戦い方が有利だ。それを考えた上でカウンターはせずに防御に徹している。
それにカザトキの方は動画配信をしているのに女の子がしてはいけないような笑み――恋人と二人きりのような表情で攻撃を繰り出している。しかも掛け声が「だっしゃらぁ!」とか「どっせい!」など、奇声に近くなってきた。反撃するのはちょっと怖い。
(戦いでハイになっちゃう感じかー。というか、最初の気弱な感じが微塵もなくなってるんだけど……)
戦う前はおどおどした感じだったカザトキは今や頬を紅潮させながら笑みを浮かべている。しかも、パルフェが攻撃を防ぐたびに笑顔になる。心の声を読めるわけではないが「これも通用しないんだ!?」と言いたげな顔だ。
ただ、パルフェは攻撃を受けるたびに違和感があった。カザトキの攻撃は手数が多い連続攻撃が主体なのだが、その攻撃がなんとなく読める。
(足を払うようなローキック、そのままの勢いで回転しながら逆足で水平蹴り、それを飛んで躱したところへハイキック……予想通りの攻撃だ。どこかで見た連続攻撃だけど、どこでだっけ?)
カザトキの連続攻撃を全て防御、もしくは回避できるのは、パルフェがその攻撃を知っているからとも言える。
「ちぃぇい!」
余計なことを考えていたところに、カザトキが地面スレスレの前傾姿勢で突撃してきた。反応が遅れたため、地面スレスレから繰り出された右拳のアッパーを、パルフェは鞘に入ったままのベルゼーブで受ける。
ダメージはないが威力が高いため、パルフェは攻撃を受けきることができず、両手が上がり、腹部ががら空きになった。
(やば――あ、思い出した。これってゼノビアさんの技だ……!)
そう思った直後、カザトキの左拳による正拳突きがパルフェの腹部を襲い、防御の体勢を崩していたパルフェは吹き飛ばされた。
そこへカザトキがパルフェに接近しようとしたが、すぐにピタリと止まる。吹き飛ばされたパルフェが目を細めてカザトキを睨んだからだ。
(あぶな。ベニー師匠やシモン先生に視線は大事って教わっておいてよかった。今攻め込まれたらやばかったよ……)
強者にしか通用しないという視線による牽制。カザトキになら通用するだろうとパルフェは反撃の意思を見せる視線を向けたが、それが功を奏した。
パルフェは反撃どころかとくに何かできる状況ではなかったのだが、ありがたいことにカザトキは追撃を止めた。そしてパルフェは気が抜けた顔で「危なかったぁ」と大きく息を吐きだす。
その言葉でカザトキは自分の失敗に気付いたのか、ちょっとだけ悔しそうな顔をした後に、ハッとしてから目を輝かせる。
「まさか視線だけで攻撃を止められるとは思いませんでした! すごい!」
カザトキはそう言って大喜びだ。それと正拳突きの威力によりお互いの距離が空いたことで、少しだけ戦いの手が止まった。
パルフェはすぐにゼノビアの動画を思い出す。
財団統括であるルナリアの護衛兼参謀、そして親友であるゼノビア。男性恐怖症で話をするには知り合いの男性でもかなりの距離が必要なのだが、なぜかパルフェの父親であるハヤトとは普通に話せるという人物。
そのゼノビアだが、AFO内では相当な実力者であり、パルフェが聞いた話では一対一の接近戦なら誰にも負けないという。少なくともシモンは負けたことがあり、ベニツルは戦ったことがないが「AFO内なら勝てないと思う」と言うほどだ。
一瞬でも隙を見せたらそこに正確無比な攻撃を叩き込まれ、一度攻撃を受けると終わることのない連続攻撃が倒れるまで続く。パルフェはゼノビアと戦ったことはないが、その動画は見たことがあった。
カザトキの戦い方はその時に見た動画の連続攻撃にそっくりだった。さすがに終わることがない連続攻撃をウェポンスキルがないリアルの戦闘でやるのは難しいようだが、それでもいくつかの攻撃はかなり続く。
(ゼノビアさんの強さは異常な分析力と正確無比な攻撃ってシモン先生は言ってたっけ? カザトキさんはそこまでじゃないよね?)
ゼノビアは相手の動きから癖を見抜き、詰め将棋のように相手を追い込んでいく。そして相手がまずいと気付いたときにはすでに詰んでいるという戦い方だ。
目の前にいるカザトキはさすがにそこまでではない。それならさっきの正拳突きで終わったはずだからだ。そう思っただけでパルフェは少しだけ余裕が出る。
(ベニー師匠はなんて言ってたかな……? あ、そうだ、ゼノビアさんと戦うなら先に仕掛けて反撃させないようにするしかないって言ってた)
パルフェは大きく深呼吸をする。そして少しだけ腰を落としてベルゼーブの柄に触れた。
その行動にカザトキは笑顔のままだが、警戒するように構える。
パルフェはカザトキが最初に攻撃したときのように、一歩の助走だけでカザトキの懐に高速で飛び込んだ。そして抜刀。
その奇襲にカザトキは刀の軌道をずらすように拳で弾く。カザトキならそこへ反撃もできたのだが、そのまま防御に徹した。刀を弾いた次の瞬間にパルフェが持つベルゼーブの鞘が襲ってきたためだ。
カザトキはその攻撃も拳で弾いたのだが、次の瞬間には弾いたはずの刀が襲う。抜刀ではなく、ただの斬りつけであり、現在のパルフェは刀と鞘の二刀流で攻撃している状態だ。
しかも、どちらの攻撃も弾かれた威力に逆らわず、パルフェは左右に体を回転させながら攻撃を繰り出す。今は踊っていると言ってもいいほどの緩やかさで連続攻撃を仕掛けていた。
弾いても弾いても止まらない連続攻撃にカザトキは笑顔であっても反撃ができない。それに業を煮やしたのか、正拳突きを繰り出した。
被弾覚悟で威力のある攻撃を当て距離を取る。そんな攻撃をパルフェは読んでいたのか、後方へバックステップしてかわした。
少なくとも受けると思っていた攻撃がかわされてしまってカザトキは勢い余って体勢を崩す。そこへパルフェの刀がカザトキの頭部を襲った。
カザトキは顔の前で手を交差させつつ、跳ぶようにバックステップで大きく距離を取る。
「え?」
後方へ跳んだカザトキにパルフェは鞘を投げつける。その攻撃を全く警戒していなかったのか、鞘は見事に腹部に当たった。
驚くカザトキの目がさらに見開く。腹部に突き刺さった状態の鞘に向かって、パルフェが刀で突きを放ったのだ。
腹部の鞘を後押しするような形の突きになり、甲高い音と共にカザトキは後方へ吹き飛ばされる。そして地面を転がった。
そのまま大の字で空を見ながら呆けていたカザトキだったが、すぐに慌てて立ち上がった。
「すごい! すごすぎる! まさかあんな攻撃をされるなんて――」
興奮気味で話すカザトキだが、そこでピコンピコンと何かを知らせるような音がなった。
「え? あ、配信時間! あ、あの、すみません! 戦いはここまでで!」
「あ、はい」
いきなりそう言われたパルフェは落ちている鞘を拾ってベルゼーブを鞘に納める。その間にカザトキは宙に浮いている小さなウィンドウを操作していた。
「ご、ごめんなさい、戦いに夢中になっちゃいました……今日の必殺道場はここまで――あれ? なんで画面がコメントだらけ? 壊れちゃった……?」
カザトキはそう言いながら、小さなウインドウの横をパシパシと叩く。
ずいぶんとレトロな直し方だと思いながらパルフェもそのウィンドウをのぞき込む。そこには大量のコメントが流れており、読むのが困難なほどだ。
「え? 配信されてるよね!? これが配信されてないとヤバいんですけど! もやし好きだけど、もやしだけは嫌なんですけど!」
「壊れたんじゃなくて普通にコメントが多いだけでは?」
「普通にコメントが多い……?」
「はい、だって視聴者数が――」
そう言ってパルフェはウィンドウの視聴者数を指す。そこには開始時に三人だった視聴者がすでに一万を超えていた。
「え? 視聴者数一万越え……? 本格的に壊れた……? バグ……?」
「そうじゃなくて、普通に一万人以上の人がリアルタイム配信を見てくれているんじゃないです?」
「まさかそんな……私って視聴者数一桁が常連の配信者ですよ? むしろ敗信者……」
発音が同じなので何が違うのかとパルフェは思ったが、後者はかなり自虐的な意味が込められたのだろうと予測する。それはそれとして間違いなく視聴者数は一万以上で、戦いが終わってもさらに視聴者数が増えているほどだ。
「あ、すみません、外部からの音声チャットが……え? リオンちゃん? 風邪ひいてるんだからそんな大声出しちゃ……ほら、咳が止まらなく……あ、配信見てくれたんだ……え? 戦ってくれたシスターさん? あ、うん、近くにいた人だけど……え? 有名人?」
カザトキは不思議そうな顔になり、何度も首をかしげている。
「え? ランキング100位? ログイン初日にランカーを倒した? もー、リオンちゃん、その人なら私も知ってるけど、それは抜刀術を使うシスターさんでしょ? 何度も動画で見たことがあるけど、今日助けてくれた人は――」
そこでカザトキが一瞬だけびくっと体を震わせる。そして、首がゆっくりとパルフェの方へ向いた。
「……あの、つかぬ事を伺いますが、ランキングは……?」
「100位です。不本意ながら」
「ひゃ……」
いきなりカザトキが土下座した。
「すすすす、すみません! ランカーの人だとは思いましたけど、そんな有名な方とはつゆ知らず!」
「ちょ、立ってくださいってば!」
「私みたいな敗信者と戦ってくださった恩は忘れません!」
「恩があるなら立ってくださいって!」
そんなやりとりの中、ちらっと見えた配信用のウィンドウには「完璧な土下座」や「二戦目希望」、そして「抜刀シスター」というコメントが大量に流れ、かなりカオスな状態になっていたのだった。
ニコニコ動画さんでコミカライズの最新話が投稿されました。
忘れていた過去の記憶を思い出したアッシュとレン。そして……という42話です!




