魔眼
戦場を一言で言い表すなら阿鼻叫喚。音速で飛んできたドラゴンがチャリオットとの戦闘に乱入してきたわけだが酷い状況が続いている。
ドラゴンの乱入と同時にディーガーが吹き飛ばされた。そのため、あと少しで倒せそうだったチャリオットによる角に振り回しがフルパワーで行われ、高威力の広範囲攻撃になっている。リックからの音声チャットにより、振り回しのトリガーとなる氷属性の攻撃を止めたほどだ。
有効な攻撃も出来ず、回復も間に合わず、恐竜たちの盾も崩壊気味だ。またペットのアタッカーたちもダメージを受けて疲弊している。あと少しで倒せるという状況ではあるが、上空からドラゴンの奇襲もあって戦力がかなり削られてしまった。
倒されたプレイヤーは拠点で復活するようにと情報展開されている。蘇生魔法による復活でもいいのだが、MP消費が激しく、回復行為はヘイトを稼ぐため、迂闊に使えないためだ。
今の戦術としては高速移動が得意なハイウェイスターのプレイヤーたちがチャリオットをかく乱しながら氷属性以外の効果が薄い魔法攻撃をするという形になっている。
ただ、それでもチャリオットを倒せる感じではない。上空から戦闘機のような動きで襲ってくるドラゴンがかなり邪魔だからだ。
ドラゴンだけならともかく、乗っているピエロが使う鞭が異様という動きでプレイヤーを捕らえている。そして捕らえられたプレイヤーはチャリオットの前に投げ飛ばされるというトラウマ級の攻撃をしてくるのだ。
そんな状況にやや諦めムードが漂っているが、そんな空気を読まないのがパルフェたちだ。ジャングルでも木がかなり密集している場所ににクラン「モンブラン」の全員が身を隠して狙われないようにしている。
「リック君、どうすれば勝てるかな?」
パルフェのざっくりすぎる問いにリックはやや呆れながらも「そうだな」とつぶやく。
「まずはチャリオットを倒すのが先決だろう。そのためにもあのピエロをドラゴン――ガーランドから落とすべきだろうな。俺の見立てでは、ガーランドはあくまでも移動用だ。メインの攻撃はピエロの鞭。それを封じるだけでもかなり楽になる」
現時点でドラゴンのガーランドによる攻撃はない。上空からヒットアンドアウェイを繰り返しているだけであり、移動時にダメージのない風圧などはあるがそれだけだ。火を吐いたりなどの攻撃はしていない。
「騎乗解除のスキルって誰か持ってたっけ?」
強制的に騎乗を解除するスキルがいくつか存在する。騎乗して戦うプレイヤーには不評のスキルではあるが、騎乗中の攻撃はかなり強力なので色々なバランスをとった結果らしい。いくつかのウェポンスキルや魔法にそういう状況を作り出す攻撃がある。
ただ、パルフェの剣術スキルにそういうウェポンスキルはない。狙撃のスキルにはあるかもしれないが、パルフェは知らないし使えない。
「私のバックハンドブローがあるが、どう考えても接近できんぞ。縮地という瞬間移動のスキルがあれば可能だろうが、それはまだ使えない」
「クリスちゃんの格闘スキルかー。たしかにあれに接近するのは難しいよね。縮地は格闘スキル100でつかえるんだっけ?」
「うむ。残念ながらまだ足りないな」
ガーランドは攻撃時に地面の近くまで降りてはくるが、跳び上がっても届かない絶妙な位置までしか下がってこないため、近接攻撃を当てるのは難しい。
かといって弓や魔法などの遠距離攻撃もこれまた微妙な位置なので攻撃が届かない。しかも必中のスキルや魔法を使っても、ソニックブームをまき散らす音速の移動により、攻撃範囲外にまで逃げるというプレイヤーからクレームがありそうな戦術を使っていた。
「一瞬でも攻撃を止められたらいいのですが」
ウィルネがそう言うと全員が注目する。
「止めるとどうにかなるの?」
「あのドラゴンがいる位置は絶妙ですが、場所によっては木から飛び移れそうな位置でもあります。動きを止めたら――そうですね、あのあたりの一際高い木から飛び移ることはできるかと。ピエロを叩き落とすことは難しくとも、攻撃を邪魔することはできると思いますが」
ウィルネはジャングルの中でもかなりの高さがある木の方を指した。
パルフェは確かにあの木の上の方から飛び移ることは可能だと思った。
「いや、無理だろ。アクションスターだってあんな所から飛び移れねぇよ。アグレスさん並みの運動神経ならやれそうだけどな」
俳優志望のアベルがそう言うと、全員が少し考えたあと、パルフェの方を注目した。
「やれるか?」
リックの問いかけにパルフェは「たぶん」と答える。アベルが驚いた顔になったが、少し考えたあと「あー」と納得した声をだした。
ただ、発案者のウィルネが少し困った顔になった。
「パルフェさんならできるとは思いますが、そもそも一瞬でも動きを止めることができるのかという問題があります。攻撃するときに一瞬止まるとは思いますが、その程度ではいくらパルフェさんでも難しいかと。せめて十秒程度は止めたいところなのですが」
「あの、それなんですが」
ジニーが控えめに手を上げた。
「私なら止められるかもしれません」
「ジニーちゃん、その根拠は? 精霊魔法とかにそんな魔法あったっけ?」
「いえ、魔法ではありません。時間がないので簡単に言いますが、あのピエロさん、私の見立てではスーリャさんですよ。どんな姿でも私の目は誤魔化せません」
「え? スーリャさん?」
動物大好きマリスと友人でもありライバルでもあると明言しているスーリャ。財団サジタリウスに所属するコロニー「ズーオロジー」にある大学で生物学などを教えており、オリオンが尊敬するほどの教授だ。パルフェから見ると単なる動物好きのお姉さんだが。
「なんで分かるの?」
「皆さんには内緒にしていましたが……私には魔眼があるんです!」
ドヤ顔で親指を立てているジニーの言葉に全員の頭の上にハテナマークが浮かぶが、ナツが「なん――」と言いかけてクリスに口を塞がれた。大きな声を出して場所を特定されるのを防いだわけだが、ナツは口を塞がれながらも興奮しながら「なんだと!? 我にも欲しい!」と言っている。
「えっと、ジニーちゃん、その魔眼ってなに? 漫画の話?」
「いえいえ、リアルな話です。多くの人により適切なコスプレをしてもらいたい、そんな執念――願望が生んだ力といいますか、服の上からでも体のサイズが分かるようになりました。私はこれを魔眼と呼んでいます! ちなみに体重も分かります……ナツさん、ドーナツは控えましょう。あのコスプレができなくなる……!」
「体重のことを言うとは……我はダークサイドに堕ちてもそんなひどいことはしないぞ!」
嫌な魔眼だと思いつつも、パルフェは何とか言葉を絞り出した。
「あ、うん、そうなん、だ? それで、なんだっけ?」
「その魔眼が言っています。あれはスーリャさんだと」
「う、ううん……? あの、それを信じるとして、どうやって止めるの?」
「簡単に言えば精神攻撃ですね」
「精神攻撃?」
「人に歴史あり。そう、だれにでも黒い歴史があるのです!」
「ああ、そういう。何かを暴露して止めると。人としてどうかと思うけど、いいのかなぁ……?」
ナツが「ダークサイドも真っ青なことをするんじゃない!」と言いだしたが、またもクリスがナツの口を塞いだ。
「言ったところで私達や本人しか分からない黒歴史なので大丈夫だと思います。それにアシュレイ様も言ってます。精神攻撃は基本だと。フフフ、やはり漫画は大事なことを教えてくれる……!」
真面目な顔でそう言うジニーに対して、それはどうなのだろうとパルフェは少し心配になる。だが、そんな心配をよそにリックが「よし、やろう」と言った。
こういう時に躊躇わないのは頼りになるような怖いような微妙な気持ちになるパルフェだ。
「このままじゃやられるだけだ。ゲームとはいえ戦いは戦いだ。パルフェはすぐ木に登ってくれ。オリオンさん達には俺の方から作戦を伝えておく」
「あー、うん、それじゃそっちは任せるよ。スーリャさんの動きが止まったら飛び移ればいいのかな?」
「そうだ。ただ、パルフェはスーリャさんを叩き落とす必要はない。攻撃させないように邪魔だけしてくれればいい。その間にチャリオットの方をオリオンさん達で倒してもらう」
大体の作戦を理解したパルフェはウィルネが指定した木への方へと向かう。その根元から上を見上げ、すぐに登り始めた。
(スーリャさんにばれないようにしないとね……でも、本当にスーリャさんなのかな?)
そんな疑問を抱きつつも、パルフェはスルスルと木を登る。途中からは枝から枝に飛び移るように上へ上へと移動し、すぐに頂上近くまで登った。
あとはガーランドとスーリャを誘い出すのを待つだけだと、パルフェは下を見る。
リックから作戦が全体に行きわたったようで、まずはチャリオットを引き離すようにラーディアたちが誘導していた。そしてある程度開けた場所にクラン「モンブラン」のメンバーが飛び出てくる。
そしてわざとらしくジニーだけが転んだ。
(あれで囮になるかな……?)
おそらく逃げている途中に一人だけ倒れたという設定なのだろうが、なぜか露骨だ。なぜか顔を背けて見えないようにしている。
ただ、それでも効果があったようで、高速でドラゴンのガーランドが接近する。そしてスーリャと思われるピエロが鞭を振るって、ジニーを捕まえた。
その直後に背けていた顔をピエロの方へ見せると、遠くからでも分かるくらいに動揺している。
(あー、これはスーリャさんで間違いないのかな。知り合いだったからびっくりしたのかも。私達がここにきていることを知らなかったのかな?)
なぜかジニーを放りだして、逃げようとするスーリャ。
そして空中に放りだされた状態でジニーは両手を口に近づけて大きな声を出すポーズをとる。
「猫耳をつけたときに語尾がにゃんになるのは普通です!」
そんな大きな声が周囲に響き渡る。そして沈黙。周囲がチャリオットが暴れる音だけになったが、すぐにプレイヤーたちが戦う声などが聞こえた。
(あー、あれかぁ)
パルフェは過去のことを思いだしてからスーリャに同情しつつも、ドラゴンの背中に向かって跳んだ。
枝というよりも木全体のしなりを利用して、より遠くへ飛ぶ。そして固まって動かないスーリャが乗っているガーランドの背中に飛び移った。
その衝撃でようやく我に返ったのか、ピエロの仮面の下で「うわ!」とスーリャの声が聞こえた。そして背後にいるパルフェを見る。
「パ、パルフェちゃん!? ……あ!」
「やっぱりスーリャさんなんだ? すみませんけど、邪魔しますね」
ガーランドの背中は広いが、でこぼこな上に高速移動されたらすぐに振り落とされる。そう思ったパルフェはすぐさまスーリャに接近した。そして抜刀する。
だが、その攻撃をスーリャは鞭でいなした。しかも片手。もう片方の手はガーランドを操るための手綱を持っている状態だ。
これにはパルフェが驚いた。必殺とはいわなくとも自分の抜刀が受けられるとは思わなかったのだ。
「研究費がかかってるから本気でやるよ!」
単に遊びでやっているわけではないような話が聞こえたが、それはそれとしてパルフェは改めてスーリャを強敵だと認識してベルゼーブの鞘を握るのだった。
TOブックス様の公式漫画WebサイトにてAFOの41話が投稿されました。
アッシュ&レンとヴェルの戦い、そして乱入者。是非読んでください!




